好感度フラグ
ジーニアス魔法学園一学年前期実技試験一週間前。
初動で躓いたり想定外が起きたものの、原作と異なる学園生活を満喫してきた。
あいかわらず教室で孤高を気取ったフレンドゼロだけど、ぼっち令嬢は元気です。
あたしの近況はどうでもいい。所詮、メインキャラのすみっこ暮らしみたいなもん。この世界の主役は光魔法の乙女なのだから――
「そろそろ、だよね」
テスト一週間前は、乙女ゲー<マジカル・オブリュージュ>にて重要な期日。
曰く、最初の好感度チェック。
ヒロインを取り巻く相関図。その中で最も好感度の高い攻略対象が、中級ダンジョン攻略にペアを組もうと誘ってくるイベントが発生するのだ。
最終的に、後期試験でペアを組んだ相手ルートへ突入だが、普通にプレイしてたら今回選ばれた攻略対象と結ばれるパティーンだと思う。
白名井真奈はいつも倍速&スキップ勢だったので、正直誰でもよかった。ルートによって使用できるカードやボスが異なるので、その辺は注視したけどさ。
「問題は、ルート確定後におけるその処遇……」
深いため息をついた。
うろ覚えだけど、ルミナの隣にどのイケメンが来ようともアンジェリカは基本追放か断罪。
今まで破滅フラグを回避するために先んじて立ち回って来た次第。
「イジメダメ絶対の精神で綺麗な悪役令嬢だったわけだし、原作ブレイカー成功でしょ」
凛子からガチギレのグーが飛んでくるけど、あたしの生死がかかっとる。すまねー。
実はここ、乙女ゲーに似た異世界。類似ワールド。信じろ、信じ込めっ。
全ては杞憂なり。パーフェクト取り越し苦労。
しかし、拭っても拭いきれない焦燥感が心の底でささくれ立っていた。
「悩んでもしょうがないよね。直接聞いた方がスッキリするじゃん」
命短し恋せよ悪役令嬢のテンションで、あたしは生徒会室を目指した。
違うっけ? まあ、恋愛はご遠慮します。首を突っ込んだ末路が破滅ゆえ。
バタンッ! とドアを開け放った。
「君がノックせずに入ってくるとは驚いた。よほどの件かな?」
いつもの胡散臭い笑みを携えたレオンだが、机にペンを落としていた。
「わたくし、どうしてもお伺いしたいことがありますわ。あなたたち、よろしくて?」
会議室の方で書類仕事をしていた、アシュフォードとガルバイン。チャラ男が真面目に働いているのは正直意外だ。そういえば、アンジェリカも生徒会メンバーなのにここで事務作業した覚えがない。ワードとエクセルはちょっとだけ使えるよ? パソコン、ないです。
後で聞いた話だが――どうやらルミナが仕事を肩代わりしていたらしい。普段お世話になってるから、放課後の貴重な時間を奪わないでほしいと。ええ子すぎて、素敵やん。
「フン、義姉さんが僕に関心事とはどんな気まぐれですか?」
メガネをくいっと、嫌味を添えて。
「ろんもち~。美人にお願いされちゃったら、ガチで断れねーっしょ」
ロン毛はあいかわらず、チャラチャラしてるぜ。
「来週の試験、誰とペアを組むかもうお決めになっていますの?」
レオンは二年生だけど、ゲームでは普通に参加していた。平民と誰もコンビになってくれないからお助け展開ってやつ。
「そんなことですか。僕はもちろん、すでに決まっています」
アシュフォードがやれやれと溜息を漏らした。マナー魔法ブッパすっぞ?
まかさ、ルミナのハートを射止めたのはあなた?
原作同様、義姉弟の絡みは全然なかったけどさ。晴れてペア結成ならば、応援しよう。
「教室で隣席のリューガ氏です。まあ、僕の足を引っ張らない程度の実力がありますから。効率、合理性の点から判断しました」
……ズコーッ!?
悪役令嬢、心の中で新喜劇。誰だよ、リューガ氏。今更新キャラ出さないでってば。
「アッシュちゃ~ん、男同士でつるむとかむさくるしいじゃん」
「放っておいてください。僕はあなたのようなフラフラした軟派者が嫌いです」
「ナンパは素敵な出会いを引き寄せる逢瀬っしょ。おかげで、退屈なダンジョンでも天使ちゃんという花を愛でられるんじゃないか」
お、それってつまり、ルミナのハートを射止めたのはあなた?
チャラ男はあたしの趣味じゃないけどさ。彼女が望んだなら、応援しよう。
「マイハニー・オトヒメは星空に憧れるメルヘンチックな乙女さ」
……ズコーッ!?
悪役令嬢、心の中で天丼。誰だよ、オトヒメ。今更新キャラ出さないでってば。
「お、お二人に素晴らしいペアがいて羨ましいですわ。ちなみに、ルミナさんとは如何ほどだったのかしら?」
「別に。イノセンスは成績優秀。Aクラスの誰かと組めば、試験突破など容易のはず」
そうじゃねえだろ、メガネ! メガネ、かち割るぞ!
「あっちの天使ちゃんには断られたじゃん。そのおかげで新しい運命に出会えたっしょ」
そうじゃねえだろ、チャラ男! ロン毛、引き裂くぞ!
愕然とした、あたし。
ダメだ、こいつら……自分が攻略対象という意識が欠けている。
救いを求めるかのように、現状最も頼りになりそうな王子に視線を送ると。
「そういえば、去年。あぶれた子がいて、上級生がサポート役に入っていたよ。同じ状況が起きた場合、私が交ざるとしよう」
「生徒会長では過剰戦力です。公平な試験結果が出ず、僕なら抗議しますね」
「フッ、手厳しい」
レオンは肩をすくめるばかり。
……どういうことだ? 誰もルミナのパートナーにあらず? おいおい、その余裕シャクシャクな態度は何でなん? 目下、諸君らの存在意義が危ぶまれておる問題ぞ?
ちょっと待って。
三人のルートに分岐しないとはつまり、わたくしが追放か断罪される未来が訪れない。
破滅フラグ回避成功。やったー。これからは贅沢ライフを満喫じゃん。
「失礼しますわ」
――なんて、ご都合主義を期待したかったんだけどね。
あたしはくるりと身を翻すや、ドアを勢いよく開け放った。
「今日のアンジェリカはおてばんみたいだね。何か良いことでもあったのかい?」
「フン、手の付けられない暴れ馬の間違えでは?」
呑気な感想を漏らした攻略対象たちを置き去りに、進路は気持ちの赴くままに。
まったく、頼りにならない野郎共め。
イケメンだろうがハンサムだろうが、こちらがいつまでも待たされてやるかっての。
今どき女性を後ろに一歩下がらせるなんて、マナー違反でしてよ!
品格を前にお出しする姿こそ、レイギファーストですもの。




