せい獣
「人生上手くいかないなぁ~。目的を失った今、自堕落に暮らしたいだけなのに」
本来、ヒロインが落ち込むシーン専用ベンチにて。
アンジェリカ、呆然と雲を眺めつつたそがれてしまう。
せめて可愛いペットに癒されたい……あたしの使い魔? 変なオバサン!
やっぱ、つれぇわ。マジオブってこんなハードな乙女ゲーだったの?
世界が悪役令嬢に冷たい! じゃあ、主人公に厳しく当たっても許されましょう。
わたくしが闇落ち令嬢を発現しかけたタイミング。
「アンジェリカ様っ」
「ごきげんよう、ルミナさん。息の乱れは、品の安売り。光魔法の価値、大暴落でしてよ」
酔っ払いよろしくもたれていたのがあら不思議。両膝を合わせて胸を張っていた。
「はぁ、はぁ……アンジェリカ様に、わたしのスピリッツを見てほしくてつい」
ルミナは頬を赤く染めるも、真っ直ぐな視線を飛ばしてくる。
「あなたのスピリッツ? ゆ、ユニークな子でしょうね、あなたに似て」
ユニコーンでしょ。思わず、そう言いかけた。
発表の機会を奪ってやるな、意地悪したいお年頃かよ。現役悪役令嬢です。
「似ているかどうか分かりませんが、確認してくれたら嬉しいです。サモン!」
ルミナの右手の甲に刻まれた角みたいな痣が光る。
スキル『召喚魔法』が発動した。
彼女の両手の中に現れたのは、白銀の角と紫のたてがみが生えた真っ白い馬の幼体――
「ユニコーンのユニちゃんです」
「ひひーん」
「あら、お可愛いこと」
わたくしは目をパチクリさせ、素朴な感想を漏らした。
やべ、もっとリアクションするべきだった。ユニコーンは激レア聖獣ゆえ、すげぇよ流石は主人公選ばれし存在だぜポイント。
「ユニちゃん、こちらがアンジェリカ様ですよ。とても偉大なお方なので、挨拶して」
ユニちゃんと目が合った。
うるうるとつぶらな瞳。庇護欲そそるチワワのごとし。これぞまさしく、癒し系――
「ペッ」
……気のせいかしら? 今、唾をお吐きになって?
「カァーッ、ペッ」
「あん?」
「ユニちゃん!?」
完全に挑発されました。そのケンカ買った! あたし、男女平等動植物平等の精神ぞ?
「どうしたの? ねえ、どうしちゃったの!?」
光の少女がグルグルと目を回していく。
ふと、原作知識を思い出した。
ユニコーンとは、清らかな乙女しか認めない神獣。他の人間眼中になし。攻略対象のイケメンすら最後まで懐かなかったはず。
は? あたしが清純お清楚ガールじゃないって? いいさ、それは認めざるを得ない。タコパでストゼロロング缶キメちゃうお年頃だもん。
手始めに、そのご立派へし折ってやるッ。覚悟しろ、一角獣ッ。
あたしの平手が漆黒に燃える! 悪運たれ、悪辣たれ、悪逆たれ。必殺の、
「――エレガントッ!」
どこからともなくミヤビが、悪役令嬢ビンタに割り込んできた。
「ユニコーンの召喚者とは予想外ザマスね。救国の聖女の再来、か……」
「あ、あの、こちらの人……? どなたでしょうか?」
「ワタクシ、エレガントマナー妖精ッ! ミヤビ・ハンバヤシでザマス!」
圧が強いよ。顔面ハラスメントやめなさい。
「ご丁寧にありがとうございます。ルミナ・イノセンスと申します」
恐る恐る名刺を受け取った、主人公。
あたしの方を向かれちゃ困る。あたしが一番困ってる。
「今日からアンジェリカの家庭教師を務めるザマス。何か粗相をしでかしたら、ワタクシに伝えくださいまし」
「そんな、いつもお世話になりっぱなしで感謝しかありませんっ」
「お世辞が上手ザマスね」
あらやだと、仕草が完全にオバサンのそれである。
ミヤビがバージン至上主義の淫獣に手を差し出せば、ほんっっっとうに嫌そうな表情で前足を置いた。妖精の方が力関係上なん? このエロ馬、一応聖獣でしょ。
「ワタクシ、エレガントッ! なのザマス」
答え、解なし。数学でそんな問題あった気がする。
「……本で読んだことがあります。マナー妖精とは、世界に道徳と良識という名の秩序を広めた一族。中でもエレガントマナー妖精は真に選ばれた倫理だと!」
「なるほど、分からん」
「光の小娘の方が見どころあるザマスね」
え、じゃあルミナを鍛えなって。契約破棄だね。よっしゃ――残念だけど、こっちの実力不足だ諦め――よっしゃ。
「伝説のスピリッツとパートナーシップを結べるなんて、流石は公爵家ご令嬢です」
あたしが次の使い魔を考えていると、ルミナはなぜか感心していた。ま、いつものことだ。
「アンジェリカ様。来月の実技試験でお聞きしたいことが」
「その件はアドバイスできませんわ。むしろ、わたくしが教えてもらう立場ですもの」
自分、Cクラス(実力はFクラス)です。エリートAクラス、恐れ多いじゃん。
「内容に関しては大丈夫ですけど……もしよければテストを一緒に――」
「お嬢様っ。ご実家の方から連絡が。別宅の件について詳細が欲しいと」
ミヤゲがしゅたっと参上した。メイド忍者キャラ、定着したね。
「すぐに返事をしましょう。ルミナさん、お話は手短にお願いできまして?」
「いえ、大したことじゃないのでお気になさらず」
はははと笑って誤魔化した、ルミナ。
「それでは失礼しますわ」
少し気になったものの、さらに気になる事柄へ関心が移った。
別宅とは、上級おニート五穀潰し生活の拠点。
夢破れた転生者最後のサンクチュアリ。内装の要望たくさん出さなきゃね。
「ワタクシはオリエンタルなブルックリンスタイルのインテリアを所望ザマス」
ワルツのステップで小走りに興じるも、看過できぬ疑問が生じてしまった。
「さも当然のように喋ってるな。あんた、ガチですごい系?」
「――笑止。他種族と会話できなくてはマナーを布教できないザマスね。ワタクシ、言葉のキャッチボールで100マイルなど肩慣らし」
「オオタニサーンが腰を抜かすレベルじゃん」
むしろ、あたしが腰を抜かすところだった。
「口調のブレは人間として軸がぶれている証。今のアナタはアンジェリカ。前世があろうと転生しようが、きちんと役目を全うなさい」
「……っ!」
ミヤビが竹刀であたしの頬をペチペチ叩いた。体罰やめろ。ぶつよ!
てか、あたしの正体が白名井真奈って看破した? 召喚後、僅かな期間で。
「マナー妖精、案外面白い奴を引き当てたかもしれないなあ」
見た目、オバサンだけど。
「エレガントッ! ワタクシの手を煩わせるほどの大器か――じっくり鑑定するでザマスよ」
嫌味ったらしくほくそ笑んだミヤビ。
脳裏にカリスママナー講師の影がチラついて極めてノイズである。
せっかく転生したのに、マナー講習の延長戦やだー。
否、わたくしはアンジェリカ・ジェントレス。
やりたくないことはやらないに全ツッパ。
左うちわで公爵家の権力が握り潰しますのよ! おほほほ!




