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新人マナー講師、悪役令嬢に転生する

《1章》

 世の中には、謎マナーがあふれていた。


『出された茶菓子に手を付けるのは失礼!』

『三回座ってくださいと言われるまで座るな!』

『軽装で来てはスーツ着用!』

『メールを送ったら電話で確認せよ!』

『ハンコは左に傾け、上司にお辞儀するように押印しろ!』


 新入社員研修とビジネスマナー講習で言われた謎マナーの数々。

 枚挙に暇がなくこの辺で割愛するけど、そりゃもう頭がパンク寸前だった。


 あたしが一番どんくさかったので、カリスママナー講師と呼ばれるおばさん、いやっ。屁理屈鬼ババアのしごきがきつかった。あまり人の話を聞かない性格じゃなかったら、泣きながら退職代行会社へ依頼しただろう。

 事実、一週間のオリエンテーションで同期10人中5人が姿を消した。モームリ、か。


「そもそもさ。皆の前で怒鳴り散らすのって、マナー違反じゃないの?」


 おかげさまで、マナーに敏感な体質になっちゃった。

 自分と相手の一挙手一投足にマナー違反が隠れていないか、ビクッと反応してしまう。

 ――マナーに縛られて生きるのって、なんか変。


 新人研修の全課程がようやく終了。鬼マナー講師め、最後まであたしを目の敵にして許せねー。ちゃんと録音してるからね、カレーライスの食べ方までケチ言うんだから! 重箱の隅もといお皿の端に付けるのは福神漬けだけにして!


 帰路。重たい足枷を引きずるような足取りで。


「――ッ!」


 刹那。飛び込んできた光景を前に全身が沸騰したかのように熱くなった。

 横断歩道。赤信号。黄色い帽子を被った少年。迫るトラック。

 ぶぉぉおおオオオンンンン――ッッ!


 クラクションを合図に、あたしは飛び出していた。

 間に合ぇええーーっっ!

 必死に手を伸ばし、少年を無理やり安全地帯へ突き飛ばした。


「歩きスマホはマナー違反、でしょ?」


 少年はあんぐりと口を開き、ずっと呆気に取られていた。

 そして、衝突。

 あたし、白名井真奈の生涯も呆気なく幕を閉じていく。

 ――小学生を突き飛ばすなら、ランドセルにお辞儀させなさい。

 最悪だ、今わの際に鬼マナー講師の幻聴が脳裏を過るのであった。


 …………

 ……

 という前世の嫌なラストエピソードを、たった今思い出した。


「アンジェリカお嬢様、ご無事ですか!?」


 メイドのミヤゲが心配そうにこちらの様子をうかがっていた。


「ええ、平気よ」


 ここは誰? あたしはどこ?

 あたしの名前は、白名井真奈。どこにでもいるようなごくごく普通な新社会人。礼儀作法を教えるマナーインストラクター派遣会社のマナー講師見習いである。

 いや、違う。それはあくまで前世のプロフィール。


 あたし――わたくしは、アンジェリカ・ジェントレス。

 蝶よ花よと愛でられた温室育ちな公爵家令嬢。他人に厳しく、わがままの限りを尽くし、気に入らないものはすぐに権力で排除したがる稀代のスーパーお嬢様っ!


 中庭でティータイムを嗜んだ後、草むらから急に飛び出たリスに驚き転倒。階段を踏み外すや、後頭部へ強烈な一撃を貰った次第。


「まさか、異世界転生していましたの……?」


 中学ではゲームやマンガ、高校ではネット小説にハマった口だしね。

 この手の展開、何百回も見覚えが。実家の味。親の顔より見た導入と言っても過言にあらず! ごめん、嘘ついた! 俺TUEEEとかザマァ、無自覚系? そっち、あんま知らない。


「頭を強く打ってしまったのですね。すぐにお医者様をお呼びしますっ」


 アンジェリカとあたしの記憶が突然グチャグチャにかき混ぜられた。

 まだ状況の整理が追い付かない。思い出せ、ゆっくりと深呼吸していく。

 医者の診察にあーだこーだと答え、気づけば自室で安静に。

 レースの天蓋付きベッドが鎮座した広い部屋に、アンティーク調の家具が並んでいる。


 あたし、お嬢様かっ。

 わたくし、公爵令嬢でしたわ。

 ノリおツッコミは控えめに、改めて自分の置かれた状況を考える。

 ピカピカに磨かれたスタンドミラーに映るは、アンジェリカ。

 黒レースと白フリルのゴシックロリータみたいなドレス、おいくら万円?


「うわー、美人だけどちょっと目つきがなあ。お高くとまった女子アナみたい。一緒にランチに行きたい? 最低ライン2000円ね!」


 美貌、財力、権力が揃えば、そりゃ自尊心も強くなるかぁ~。

 人を作るのは環境とよく言ったもの。まるで、まさに。


「悪役令嬢面って感じ……ハッ」


 悪役令嬢。

 その言葉を呟いた瞬間、あたしは自室から飛び出していた。

 急いで確認せねば。後頭部のたんこぶを気にしてる場合じゃないぞ。


「アンジェリカ! アンジェリカ・ジェントレス!」


 それはもういい。なぁ~んか知ってる名前っぽくて、既視感を覚えてたんだよね。

 屋敷のメイドにあれこれ尋ね、屋敷外を探索。街の方へ足を延ばしたかったものの、爺やから重要な証言が手に入った。


 アンジェリカは来週、ジーニアス魔法学園へ入学が決まっている。

 貴族が魔法を使える設定でしょ、知ってる知ってる。

 ジーニアス魔法学園はダンジョンの探索者を育成するんでしょ、知ってる知ってる。

 あたしの予想が正しければ、この世界は――


「乙女ゲーム<マジカル・オブリュージュ>! 評価が賛否両論なやつ!」


 ついでに加えれば。


「わたくしの目つきがすこぶる悪い? そんなの、当たり前でしてよ! なんせ、ヒロインを心底イジメて! 最後は破滅予定の悪役令嬢ですもの!?」


 異世界転生は異世界転生でも。

 ジャンルは、悪役令嬢ものであった。


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