エレガント・マナー妖精
「マナー妖精ってあの伝説の幻想種!?」
「人類に文化と礼節を指導したというマナーの先駆者?」
「一説によれば、初代国王や光の聖女と共に混沌なる闇の脅威を打ち払ったとかどうとか!」
「マナーを愛し、マナーに選ばれた真の礼儀へ至った存在だけがその名に冠した――エレガントマナー妖精だとぉぉおおおーー!?」
おい、Cクラスメンバーズ。流石に詳しすぎでしょ、解説役かよ。
自分のサモン・スピリッツそっちのけで、あたしとマナー妖精の邂逅を見届けていた。
「アナタ、お名前は?」
「わたくしは、アンジェリカ・ジェントレス。以後お見知りおきを」
偉そうな使い魔だが、挨拶は大事なのでお辞儀する。
「ジェントレス? さしずめ、あのじゃじゃ馬の子孫――なるほど、生意気そうな目つきが瓜二つザマスね」
「わたくしの先祖がどうかしまして?」
「過去なんてどうでもいいザマス! アンジェリカ。その姿勢、一体何の真似ザマス?」
怪訝な表情のミヤビ。どこからともなく魔法の杖もとい竹刀のような棒を取り出すや。
「姿勢が悪いっ、背筋を伸ばすザマス! 心が美しくなければ、立ち姿は汚いザマス!」
文字通り一瞬であたしの背後を取り、バシンっと一喝された。
「痛ぁ~っ!」
「品のない声ザマス! マナーは一に根性っ、二に根性っ、三四にようやく心構え! まずは腑抜けた精神を鍛え直すザマス!」
バチンッ! バチンッ! シンプルに背中を叩かれた。
こいつ、体育会系マナー講師か! くだんのカリスママナー講師はパワハラ系でも直接手を出すまでは至らなかったぞ! その分、ネチネチと精神攻撃多めだけど。
「ミヤビ・ハンバヤシさん。あなたの振る舞い、美しくなくってよ」
やられたらやり返す、百倍返しですわ。それが悪役令嬢の座右の銘。
「自らの主張を契約者へ強要するために、身体的苦痛を与えるのはナンセンス。旧態依然のまま思考のアップデートを放棄した姿は老害の権化でなくて? あなた、マナー違反ですの!」
「甘いっ、マナー妖精の名刺とは剣であり花束ザマス! 頂戴した以上! 無礼者には斬撃を、礼儀者には祝福を与えるべし。是、建国より王が調印した条約なり。マナー史を紐解けば基本中の基本! 礼儀作法の末席を汚そうにも、アナタ、マナー違反ザマス!」
「……っ!?」
電気ショックを受けたような、強い衝撃が全身を駆け巡る。
さりとて、あたしはマナー講師に対する反骨精神で耐え抜いた。
「すげぇーっ、あのアンジェリカ様が劣勢だぜっ」
「流石、エレガント級は伊達じゃないっすね。見事なマナー返しっす」
「公爵家ご令嬢がマナーバトルで負けたとこ、初めて見ました」
……マナーバトルって何だよ。初めて聞きました。
「実に他愛ない生娘ザマスね」
「クッ……」
「とは言え、このエレガントマナー妖精に臆せず立ち向かった胆力は及第点ザマスよ」
竹刀をしまい、あたしの肩に乗っかったミヤビ。なんだこのミニオバサン。
使い魔ぁ、フェンリルやらキュウビが良かったよん。モフモフよこせ。
「そもそも、ワタクシにマナー魔法は効かないザマス。アナタがそれを使える理由こそ、マナー妖精を召喚できる資質があったから。その中でワタクシを指名するなんて、なかなかどうして審美眼ザマス」
いや、お前が勝手に来ただけじゃん。
頼む、召喚の儀もう一回! お願い、泣きのサモン・スピリッツ! 前例がないなら、わたくしが前例をぶっ壊す!
ジェントレス家の献金・権力・圧力フル活用で、わがまま推して参ると企てたところ。
「――全員、無事サモン・スピリッツが完了しましたね。いやぁ~、今年は幻想種や神獣、伝説級まで姿を現すなんて黄金世代と言っても過言じゃありません。とくに先生、文献以外でマナー妖精を初めて目撃しました。学会に報告したら、大騒ぎになりそうかな?」
シュバルツ先生、ニコニコ笑顔をあたしに向けた。
どうぞ研究施設にでもぶち込んでやってくれ。
気づけば、自称エレガントなミヤビ・ハンバヤシがどこかへ消えていた。
しかし、右手の甲に羽のような痣が刻まれている。残念ながら契約の証なり。
「本日の実習ここまで。来月末には実技テストがありますので、予習復習を欠かさずに。以上、解散ッ」
あたしが呆然としているうちに、カーンカーンと鐘が鳴り始めた。
何の因果か、カリスママナー講師とそっくりなエレガントマナー妖精をサモンしちゃった。
召喚に関しては完全にこちらの不手際。先方に謝罪する所存。
でも、勝手に契約完了すな。クーリングオフを制度せよ。
中世ヨーロッパ風貴族社会における法の不備、極めて遺憾なことか。
やっぱり、庶民は現代で身の丈に合った生活に甘んじるべきだと思いました。