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サモン・スピリッツ

《3章》

 学園生活も一カ月も過ぎれば、新鮮味が薄れてくる。

 入学した頃は、魔法! ダンジョン! デッキ構築! 期待で胸を膨らませていたっけ。早々にしぼんじゃったけど、乙女ゲーの空気を吸いたい勢は楽しめるはず。


 そんでもって、悪役令嬢ライフは案外悪くない。

 普通に接しただけなのに、公爵家令嬢SUGEEと評価されるのだ。


 元のアンジェリカが控えめに言って、権力プレッシャーを振りまく学園の災厄扱いだったからさ。あたしの庶民精神を以って、彼女の高慢ちきをマイルド調整できたみたい。


「まっ、それでも全くクラスで友達できないんだけどね!」


 どうも、教室ぼっち令嬢です。

 Cクラスのみんなぁ……もう怖がってない気配ビンビンよ? 話しかけた途端、逃げちゃうのなんでなん? まかさっ、シンプルに嫌われている……? ぐすん。


 ちょっと性格がマシになったところで、過去の言動は消えたりしない。真理でしょ。

 平民風情と軽んじられたルミナだが、一応上手くやっているらしい。攻略対象やらメインキャラはほぼAクラス在籍だし、彼女の努力が徐々に周囲へ認められていい傾向だ。


 トンチンカンとの和解、結構効いているじゃん。あいつらはFクラスで、普段一緒に行動できなくて惜しいね。


「おい、アンジェリカ様が退屈そうだぜ。得意の一発芸やってこいよ」

「バッカ、お前。あの表情が退屈そうとか、冗談は顔だけにしろって」

「アンジェリカさまは今、あたくしたちの現状を嘆いておられるのよ」

「先週の魔法演習、ふがいなかったっす」


 思い返せ、仲良くなる努力をしたのか? 自分から歩み寄ったかい?

近づいた! でも、避けられてもういいやが発動する!

 大人になっちゃうとね、友人の作り方が分からなくなってしまうんだ……


「このままじゃ、凡人たちの平均レベル向上計画が破綻確定ってこと?」

「公爵家令嬢の顔に泥を塗り、あまつさえ責任を押し付けようとは」

「Cクラスに期待とチャンスをくれたお方に報いてみせようじゃないか」

「今回の演習こそ、我らが主に名誉を捧げよッ」


 悶々と授業をやり過ごし、学校生活の楽しみ・ランチタイムでさえたっぷりボンゴレスープパスタしか喉を通らない始末。あたし、アンニュイだぜぇ。

 気づけば、午後の魔法演習が始まろうとしていた。


「え~、皆さん。ブランクカードの扱いは慣れてきましたか? 中には、二年後期課程でマスターしてほしい技術を既に習得してしまった方もいて、今年はハイレベルと言わざるを得ません。しかし、それぞれのペースで焦らず魔法を磨いていきましょう。ジーニアス魔法学園の生徒は才能の原石なのですから」


 シュバルツ先生が台上から声を張った。

 本日はA・Bクラス、C~Fクラス別で授業が行われる。


「入学から大変長らくお待たせしました。楽しみだった生徒さんらも多いかな? 今回の実習はなんと――サモン・スピリッツです!」


 講師の大げさな発表に、あたしがピンと来たタイミング。


「うおぉぉおおおっ! ついに来たか!」

「待ってたぜぇ、この刻をよぉオッ!」

「ふふふ、ついにぼくの伝説始まっちゃいますか……」

「私、絶対かわいい子使い魔にするんだぁ~」


 周囲の子たちの午睡が吹き飛び、一気にテンション爆上がり。

 あーだこーだとご歓談が加速していく。こーゆー学生のノリ、結構好き。


「アンジェリカ様」

「浅学で申し訳ございません」

「サモン・スピリッツを教えてくださいまし」


 乱れた列の合間を縫って、トンチンカンがやって来た。

 赤いリボンのアカリ、青いメガネのアオネ、黄色カチューシャのキーシャ。お前ら、覚えやすい名前でありがとう。大人になるとさ、人の名前覚えるの大変なんよ。


 先週の日曜。

 一緒に街へ繰り出し、クレープを食べ、洋服を買ったらもう友達。と、あたしは勝手に思っている。


「あなたたち、ガイダンスを受けたのではなくて?」

「「「全然聞いてませんでした!」」」


 そして、ドヤ顔である。

 ダメだ、こいつら……でもその気持ち、分かるなあ。

 なんせ、あたしもチュートリアル飛ばすし要らない専門用語すぐ忘れちゃうから。


 否、<サモン・スピリッツ>に関してはローグライク方面でも重要な要素。この辺りの説明はちゃんと読んだので、ばっちりインプット済み。


「サモン・スピリッツとは、いわゆる使い魔召喚の儀。魔法学園の新入生はスピリッツと契約し、共に成長を助力するパートナーとして過ごすのが習わし。特にシーカーを目指す場合、ダンジョン内ではスピリッツの固有スキルに助けられる場面が多いですわ。わたくしたちの魔法の弱点を補ってくれたり、長所を伸ばす頼れる相棒と言ったところかしら」


 ぶっちゃけ、お助けアイテムみたいなもん。

 スピリッツなくして、ルミナ単騎縛りは完遂できなかったしね。

 単騎縛りってやる意味何? 実績解除して何が楽しいの? うるせーっ!


「流石です、アンジェリカ様」

「あたいの疑問、全部解決しちゃった」

「あーし、どんなスピリッツがいるか知りたいし」

「すぐに把握できますわ。各々、運命の出会いにお覚悟よろしくて?」


 いつの間にやら、クラスメイツの視線が集まっていた。

 普段喋らない奴が突然じょう舌になって、驚くパターン? やだ、恥ずかしっ。


「いやぁ~、全部説明されちゃいました。講師の仕事取らないでくださいよ? まだ馬車のローン三年残ってるんですから」


 おどけてみせた、シュバルツ先生。


「先生、貧乏かよ」

「お小遣い制ってやつ? っぱ、結婚は人生の墓場なんだ」


 HAHAHAと沸いた、学生諸君。

 はー、これだから貴族のボンボンはッ。

 普通、ナウでヤングに車なんて一括現金払いできんぞ。


 あたしは免許証すらローンだかんね。新社会人の一人暮らしに月一万円の徴収、負担重たきことか。確かまだ、六回分残ってたはず……

 ふ、ふふふ、わたくしはアンジェリカ・ジェントレス! 過去を振り返らず、未来へ大手を振ってまかり通る公爵家令嬢っ! 悪道の覇者に、過去など不要なり!


 現世へ帰還できたとしても、面倒な手続きを想像するだけですこぶる辟易しちゃう。やはり、上級おニート五穀潰し生活しかあるまい。


「確認事項です。サモン・スピリッツは大事な儀式であり、準備費用もバカになりません。皆さんの魔力に紐付けて契約するため、やり直しも原則不可。たとえ望んだ使い魔でなくとも、彼らとしっかり向き合ってください。ペット気分で捨てるような態度が見られた場合、厳重な処分が下されます。いいですね」


 先生が、舐め切ったガキンチョ共をピシャリと締める。


「それでは、クラス別に一人ずつ魔法陣の前まで進んでください」


 召喚に必要らしい大掛かりな装置が運ばれてきた。

 魔法陣を地面に描けばオッケーにあらず。ちゃんとしてるじゃん。


「あたいたちは戻りますんで」

「後であーしのスピリッツを見てください」

「お互いの出会いに、幸運がありますように」


 トンチンカンがFクラスの列に戻り、あたしも自分の順番を待つ。

 ところで、マジオブ経験者。わたくしのスピリッツって――倍速&スキップ。ですよね~。ルミナの使い魔がユニコーンだったのは間違いない。当然でしょ。


「出でよ、スピリッツ! 我が呼びかけに応え、その姿を現わせ! サモン!」


 Cクラスの一番手がさっそく召喚の儀を執行。

 魔法陣から光放たれ、煙が立ち込めていく。

 その中からパートナーとなる存在が第一声を上げた。


「きゅ~」

「お、サラマンダーかっ。俺の火属性と相性バッチリだぜ」


 男子生徒が小型の赤いトカゲに手を差し出すや、においを嗅ぐような仕草。

 サラマンダーがぺろりと舐めたと思えば、線香花火のような火種を吐き出した。


「熱っ。お前、俺に火耐性がなきゃ火傷してたぞ。ったく、ご主人様にそんな態度じゃ飯抜きにしてや」

「きゅ~」

「ちょ、待っ。連続で火の粉飛ばすな。髪が焦げる! 分かった、分かったからっ。高級ソーセージで手を打とうじゃないか相棒ゥッ!」

「早速息の合ったコンビが誕生しましたね」


 Cクラスの面々が、次々とスピリッツを召喚していく。

 シーホース、コカトリス、オウル、スライム、ノーム、シルフ、アルミラージ……

 使い魔の種類多岐に渡り、RPGで見たことあるモンスター集合って感じ。


 なんかテンション上がっちゃうよね。まるで、異世界に来たみたいだなあ。

 乙女ゲーこそ最たるファンタジーだろ、とそんなツッコミをスルーしたタイミング。


「次、ジェントレスさん」


 あたしは内心ワクワクしながら前へ出た。

 幾何学的な模様で彩られた台座には、黄金の杯と漆黒のグリモアが捧げられている。


 わたくしは悪役でも名門貴族! たとえ魔法の才能が乏しく、修練さえ怠っていたとしても、特別なスピリッツを召喚できなきゃ。ほら、主人公の敵役だし多少は色を付けてくれないとね? ヒロインイジメ頑張るから、ソロ向けの能力ちょうだい(ローグライク脳)っ!


「アンジェリカさまの出番よ!」

「一体どんなスピリッツが飛び出してくるか、興味が尽きませんわ」

「きっと、幻想種とか天使ねっ。エンシェントドラゴンやサタンかしら?」

「サタンはガチ悪魔やないかい」


 えぇ、ジェントレス家の名は伊達ではござません! 来たれ、ネームドパワーッ!


「サモン!」


 あたしは渾身の貧弱な魔力を魔法陣へ注いだ。

 矛盾に満ちた世界と同期するかのごとく、ただありのままを受け止めていく――

 魔法陣に波紋が起こる。虚空の先から縁の輝きがあふれ出した。


「――エレガントッ!」


 煌びやかなエフェクトをまき散らし、あたしのスピリッツが出現する。


「ワタクシ、マナー妖精のミヤビ・ハンバヤシでザマス! アナタが次の指導対象ザマスね? これからビシビシ鍛えて立派な淑女に教育していくザマスよ!」


 刹那、時が止まった。

 何か、変なの出たぁ~っ!?

 黒髪をオールバックで固め、眉根を釣り上げた偏屈顔。白いレディススーツを着込み、羽の生えた小人――その正体、如何に?


「これからよろしくお願いするでザマス」

「頂戴しますわ」


 差し出されたのはキラッキラのゴールド名刺。

 ――エレガントマナー妖精、ミヤビ・ハンバヤシ。


「申し訳ございませんが、名刺を切らしおりまして」


 あたしは、げんなりとため息を押し殺した。

 まさか、この世界で名刺交換する場面が訪れようとは。想定外じゃん。

 名刺入れの用意がないわたくし、苦肉の策でハンカチーフで包むや。


「名刺とは社交において正装と同義。ドレスコードを羽織らぬ者、マナー違反ザマス!」

「……っ!?」


 マナー妖精、その正体見たりマナー講師。

 ……既視感があるはずだ。

 マナー講師でも更なる上位種・カリスマの方。

 白名井真奈のにっくき怨敵、鬼ババアにそっくりな容姿と重なった。


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