謎マナーとポットは使いよう
ふと先ほどのシーンを振り返れば、ルミナとレオンの個別シーンだった気がする。
貴族のボンボンたちが遊びほうける中、休日でも一人勉強を欠かさない主人公。気分転換にカフェテラスで光魔法について調べていると……そこに現れるは、悪役令嬢アンジェリカ。伝統と気品がドウタラーと難癖をつけ、お茶会のしきたりも知らない平民だとノーブルハラスメント。おビンタ炸裂寸前、華麗にピンチを救った者こそレオン。
踏み台令嬢を蹴散らしてもらい、安堵した瞬間思わず泣いてしまう主人公。
ヒロインのセンチメンタルを目撃するや、王子もまた今まで感じたことのない感情が胸奥へ芽生えるのであった。
――二人の機微の変化が、ほんとガチで胸キュンなんだってば!
などと、凛子が力説していたね。
あたしは、恒例の倍速&スキップ勢だからさ。ちっとも覚えがないのよ、これが。
アハハ、すまんっ。
あの時の友人氏ぃ……ブチギレだったじゃん。バックログは確認します、と約束を交わしたのに果たせなくてごめん。あたしは今、現地にいます……
「何か憂い事があるようだね。私でよければ相談に乗ろう」
「やぶ蛇ですわ。女性の秘め事ほど毒が強いというもの。気持ちだけ頂戴いたします」
「精神的な強靭さが実に君の魅力らしい」
「誉め言葉として受け取っておきますの」
アンジェリカが淑女らしくほほ笑み、レオンは紳士らしく頷いた。
優雅なお茶会には、相応の礼節が求められるらしい。ソファで寝そべりながら、まんじゅう食べたいだけなのに。いや、こわいっ。ティーはティーでも、熱々な緑茶がこわいっ。
「これが、やんごとなき会話……っ! 勉強になります」
隣で真面目な表情で聞いていた、平民少女。
頼むから、あたしに影響されないで。責任取れないぞ。
悪役令嬢の魔の手から、乙女ゲーブランドを守ってくれ! 主人公!
さて、ブランチタイムの軽食としゃれ込もう。
白名井真奈のオサレレベルは、スタバのマンゴーソースキャラメルアーモンドチョコチップエクストラホイップバニラクリームフラペチーノ級。
ねぇ、足りる? 代官山の古民家カフェとか未経験で、中世ヨーロッパ風のお茶会なんぞ乗り越えられるん? 悪役顔は立派な面構えだけど、膝がガクブルだぜっ。
テーブルに運ばれてきたのは、バラのレリーフが付いたスタンド。アンティークガラスが三段重ねられ、上からケーキ、スコーン、サンドイッチの順で盛り付けられている。
高級ホテルのビュッフェで見かけるやつ! 行ったことないけど!
あたしがお呼ばれする女子会じゃあ、せいぜいチョコファウンテンがやっと。90分、2980円コース舐めんなっ。
「うわぁ、このお皿のデザイン素敵ですね」
ルミナは興味津々なご様子。ガラス工芸に興味がある感じ?
「いいじゃない、随分と凝ったアフターヌーンティースタンドですこと」
嘘である。
ショートケーキのイチゴしか眼中になかった。よそゆきアンジェリカがあたしの欲望をしっかりガード。ある意味、ベストパートナーかもしれない。
真の相棒へ至るか、破滅を辿るか。運命共同体……あ、この大粒あまおうじゃん。
「外国から取り寄せた調度品と聞いているよ。鮮やかな色彩を添えているね」
レオンがガラスや陶磁器のうんちくを傾け、あたしの首もどんどん傾いていく。
やめて。芸術トークに花を咲かせないで。団子派よっ。
「大変興味深いお話でしたわ。生徒会長の教養の広さには驚かれましたの」
「チューターから聞きかじっただけだよ。ルミナ君、退屈させてすまない。遠慮せず好きな物を取ってれたまえ」
「……っ!? す、すいません! ケーキが美味しそうだったので、つい」
「ハハ、正直でいてくれて構わないさ」
ルミナがカァーと赤面し、相好を崩したレオン。
公爵家令嬢は食欲などに負けませんわ! 絶対に揺るがないったら!
それにしても、膝に置くナプキン邪魔だなあ。別にいらないよね、これ。
サンドイッチに手を伸ばした、レオン。
自分が先に取らなければ遠慮されるという王子の気配りだろう。
BLTサンドを一口。
「うん、下味がしっかりしているね」
異世界にサンドイッチ伯爵なんていないのに、サンドイッチがあるのはおかしい!
世の中には、そんな考証警察がいるらしい。じゃあ、サンドウィッチで。
ルミナがどうぞと促された後、自分のお皿へザッハトルテを――
あたしも狙ってたやつ! ふと、目が合った。
「……っ!?」
「如何なさって?」
ケーキ一つ取られたくらいで怒らんぞ、あたしは。
そこまで沸点低そうかな? 我慢の原因は全て排除する悪役令嬢ならワンチャン。
「わたし、とんだマナー違反を。ティースタンドの食事は下から順番に食べる。お茶会の基本でした。アンジェリカ様から日々、貴族の礼儀についてご教授いただいているのに……まるで成長していない自分が情けないです」
「聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥と言います。あなたはしかと前進中でしてよ」
「はい……」
しゅんとしちゃった、光のヒロイン。
主人公ちゃんの勤勉さは美徳だけど、ちょっと過剰気味かも。
正直に告白しよう。
アフターヌーンティースタンドの食べ方マナー。
不肖・白名井真奈、完全に失念していました! だって一般人だし、マナー研修でマナーを教わる機会なかったし(おい)。まとめ、いと鬼ババア悪し。
彼女の視点では、アンジェリカが礼儀作法に秀でたレディに見えるらしい。ほんと、階級社会における公爵家バイアスってすごい。貴族が青と言えば、イチゴは青。は、許さんっ。
どうにか元気づけらないものか。
あたしが唯一得意なもの、業腹だけど謎マナー。
ケーキが別腹なのは乙女の嗜み……
わたくし――いや、あたしは女子会ルールでお茶会マナーへ挑むのだ。
乙女ゲーの神、ついでに女子会幹事の凛子……っ! 我に叡智を授けたもう!
刹那、ほんとに天啓下された。
「ミヤゲッ」
わたくしはパチンと指を鳴らした。
「ハッ、お嬢様。ここに」
うちのメイドが、アンジェリカの横でしゅたっと膝をついた。忍者か、お前は。
「以前、披露したアレをやりますわ。例のブツを持ってきてちょうだい」
「最近のお嬢様の変人もとい酔狂ぶりは考慮しております。カフェテラスへ行くと聞いた瞬間、出番があると確信していました」
美しい信頼関係かなあ。せめて型破り令嬢と言って。あたしが非常識みたいじゃん。
「ルミナさん、紅茶はご所望かしら? そこにカップを置いてくださる?」
「紅茶だったら、わたしが入れます! アンジェリカ様のお手を煩わせるわけにはっ」
あたしは手を前に出して、頭を振った。
「何か催しかな? 君が率先するとは珍しい」
レオンは両手を組んだまま、爽やかスマイルで見守っていた。
「お嬢様、準備できました」
ミヤゲに渡されたのは、紅茶が波々と入った透明なティーポッド。
公爵家御用達の高級品である。否、注目する部分はそこじゃない。
「それは一体?」
「ほう?」
その特徴は、象の鼻よろしく注ぎ口がとても長いシルエット。
わたくしはロングポットを携え、一礼。アクロバットに舞い、軽やかに踊り、風魔法を織り交ぜたパフォーマンスを披露した。
「東の国ではお茶会の席にて、茶芸として広く親しまれているそうですわ」
掃除の時、指先でモップを支えるやつ一番上手かったんだよね。伝統芸と一緒にすな。
「真の上流階級は、紅茶を上から流れるように注ぐべし」
背中と脇で構えたロングポットの先端から、滝のようにドボドボと紅茶が注がれていく。
「あなた、アフターヌーンティースタンドの使い方を気にしていましたが――否っ! ヌン活とは、和気あいあいと楽しくおしゃべりするのがマナーでしてよ!」
「……ヌン、活っ!?」
ルミナは呆気に取られたものの、見る見るうちにおかしそうに笑った。
炸裂、ポジティブな肯定の謎マナー。
「パンがあっても、ケーキを食べればいいじゃない。ヌン活は心を解き放つお茶会! アンジェリカ・ジェントレスが認めて差し上げますわ」
アントワネットだったら処刑されちゃうじゃん。あたしはアンジェリカだから追放でセーフだもん。全然セーフじゃないぞ?
……あのご婦人、本当は言ってない? 民衆にとって、悪役令嬢が性悪こそ真実だよ。
「これが公爵家令嬢のおもてなし。わたしなんかのために、披露してくださった?」
「ルミナさんのため、ですもの。お友達には笑っていてほしいじゃない」
「……っ! ありがとうございますっ」
そうそう、光のヒロインには輝く笑顔が似合っているのだ。
暗黒微笑は悪役令嬢が務めましてよ。おほほほ!
「素晴らしいじゃないか、アンジェリカ」
ご満悦に手を叩いた、レオン。
「エンターテインメントに秀でていたとは知らなかった。君は昔、運動するくらいならスポーツ禁止令を出すと豪語していたのが懐かしい」
「嫌ですわ、王子。半年前の冗談を持ち出されてしまうと、うかつに発言できません」
結構、最近じゃん! 本気だったぞ、わたくし。有力貴族への圧力だけは上手だし。
「予想を上回った柔軟性。規格外の行動力。私の想定を超えたパフォーマンス力……フ、見事だよ。アンジェリカを変えた要因には、感謝せねばなるまい」
レオンが横目を向けた先、ルミナはきょとんとしていた。
主人公の存在が我がままお嬢様を良い方向へ導いた。そんな解釈をしているかも。
あのぅ~、すいません。単純に、中の人が入れ替わっただけです……はい。
さりとて、これでルミナの評価が上がるなら別にいっか。レオンは観察眼に優れたキャラゆえ、間違いを指摘するのは間違いだろう。看破されたと、驚いとこ。
主人公がどの攻略対象を選ぶか分からないけど、好感度稼ぎに協力させていただく所存。アンジェリカは恩赦してもらうぞ、将来の上級おニート五穀潰し生活のために!
「いいものを見せてもらった。次の公演もぜひ呼んでくれたまえ」
金髪の貴公子が立ち上がるや、秘書たちがしゅたっと現れた。忍者か、お前ら。
ではまたと、風になびかれながらイケメンは席を外すのであった。
「あいかわらず、忙しいお方ですわ」
生徒会の仕事と王子の公務。どちらも手を抜かず、やり切れてしまう能力がある。
――言われる前にやれ、自分で考えろ!
――勝手なことするな、言われたことだけやれ!
マナー研修は言わずもがなだが、新人講習もひどかったなあ。爆ぜろッ。
矛盾のマルチタスクを思い出し、イライラを紅茶で飲み干せば。
「決めました。わたしも覚えますね、茶芸を!」
「やめとけ。笑われちゃうでしょ、平民の茶番って」
思わず、白名井真奈がポロリした。しまっとけ。
「本来、わたしがアンジェリカ様に楽しんでもらわなければならない立場。ヌン活だからこそ、もっと! こう! 気分転換してほしいですっ」
身振り手振りで気持ちが先行していた、ルミナ。
うんうん、それもまたヌン活だね。
「あなたのおもてなしがどれほどのものか。アンジェリカ・ジェントレスが見定めて差し上げますわ。もし、つまらないものが露呈した場合――お覚悟、よろしくて?」
「期待に応えられるよう、頑張ります!」
なぜか、師弟関係よろしく試練を課した流れに。
ヌン活って、優雅を気取っただけの女子会なんだけどなあ。
サンドウィッチやスコーンを置いたまま、口へ運んだザッハトルテ。
パリパリの触感、あんずジャムの酸味、ふわふわのクリーム。
う~ん、甘いものはやっぱり別腹。三個はかたいね!
実はあたし、紅茶よりコーヒー好きなんだよね……
ちょっとだけ、お口直しが惜しいと思いました。