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トンチンカン、再び

 ジーニアス魔法学園の人気スポットの一つ。

 お坊ちゃんお嬢ちゃんが気品を摂取できる場所こそ、カフェテラス。

 食堂の機能性重視と異なり、優雅なひと時を過ごせる造り。


 緑とアートが織りなすロケーションを眺め、爽やかな春の息吹を感じながら、テーブルにはパラソルの花が咲いていた。革張りのソファが豪奢な空間を演出する。

 優雅な放課後ティータイムに気後れしちゃう!

 スタバのフラペチーノだって簡単に手が出ないあたしはすこぶる庶民だなあ。


 休日ブランチタイム。

 ちらほらと利用する生徒たちの姿あり。各々が読書やお茶会を楽しんでいる。

 日曜日といえば、半数以上の在校生が街へ繰り出すらしい。学園に引きこもるより、よっぽど娯楽と刺激に飢えているんだね。これが、若さか。


 部活で青春しなって。学校で何かできるの、今だけよ!

 心中、そんな呟きが漏れた。これが、老いか。


 ジェントレス家の所用を済ませ、ルミナと約束した屋外スペースまで足を運べば。


「ちょっと、平民がどうしているのよ!?」

「ここは由緒正しき貴族のみが使うことを許されたカフェテラスなの」

「伝統と誇りを汚すなんて無礼が過ぎますわ!」


 このピーピー声……なんか聞いたことあるぞ。

 咄嗟にウッドデッキの段差へ滑り込んだ、わたくし。はしたなくってよ。


「わたしはただ、アンジェリカ様のお供を……」

「まあ、アンジェリカ様を言い訳に使いましたの?」

「公爵家令嬢の名を利用するなんて、不届き者じゃありません?」


 既視感。かっこよく言うと、デジャブ。

 あっ、トンチンカン! プロローグで登場した厄介クレーマーの小娘たち。

 あいつら、またルミナにちょっかいかけてるん? 一周回ってもう好きでしょ。少女マンガなら、マジで恋する5秒前じゃん……


「そもそも、あなた。高貴なお方に取り入るなんて、図々しさ甚だしいじゃない。平民に節度と礼節なんて期待していないけれど」

「これだから平民はッ」

「アンジェリカ様の寛大なお心を土足で踏みにじる行為、マナー違反でなくって?」


 いや別に、マナー違反じゃないよ? 普通に友達です。

 でも何だろう……傍から聞くと、マナー違反って叫ぶ奴恥ずかしいね。

 階級社会ゆえ、わたくしは公爵家の権力パワーで誤魔化せますけど。

 人は肩書に影響されてしまう生物。カリスママナー講師が重宝されるわけだ。


「いい加減、アンジェリカ様に付きまとうのはやめてちょうだい」

「本当は腰巾着が不快だと思われているに違いないわ!」

「公爵家ご令嬢の責任感で我慢なさっているのよ。せめて、あなたから身を引きなさいな」


 そう言って、3バカの一人が小包をテーブルへ置いた。

 チャリンと袋の口が開き、金色の硬貨が輝いた。


「これくらいあれば、庶民なら一年遊んで暮らせるでしょう? アンジェリカ様にはこちらから言っておきます」


 ……あのさ、それはやっちゃいかんでしょ。あたしなら速攻でグーが出るぞ。

 面倒な貴族をかわす手段を身に付けてほしかったものの、完全にライン越え。

 悪役令嬢、動きます。今度の謎マナーは痛ぇですわよ? 歯を噛みしめまして!

 わたくしが無駄に肩を回し始めるや。


「率直に――彼女は金銭の目途が付いたので二度と視界に映らないと誓いましたと」

「……っ!」


 俯いていたルミナがハッと顔を上げた。


「……さい」

「はい?」

「ふざけないでください!」


 初めて凶暴なものをむき出すかのごとく。


「わたしのことはバカにして構いません。珍しい魔法が使えるだけ、身分違いのくせに入学した平民風情……けれど、あの方は笑わなかったんですっ。アンジェリカ様は……アンジェリカ様は期待してくれました! 目をかけてくれました! わたしが頑張ることを否定せず――目指すべき標として勿体ないほど導きを与えてくれます! その信頼に報いることが唯一の恩返しだと思います。アンジェリカ様への感謝をお金に換えるなんてとんでもないですっ!」


「~~っっ! 言わせておけば生意気ね。せっかくの親切を貶めて、よくも戯言をッ!」


 貴族子女のおビンタ炸裂。

 寸前、そっと肩を叩いた。


「――そこまでになさい」


 悪役令嬢、風雅に登場。

 風魔法も嗜んでおりますの。音を立てず、素早く移動<クイックムーブ>でしてよ。


「あ」

「「アンジェリカ様!?」」


 癖なのか、扇子を開くや口元を隠した。


「わたくしの名前を持ち出して、随分とご歓談なされたみたいじゃない」

「いえっ、あたしたちは違うんです」

「ただ注意したかったと申しますかっ」

「序列を蔑ろにされては、貴族の沽券に関わる問題ですので!」


 アンジェリカの鋭い視線に、身振り手振りを交えて釈明したトンチンカン。


「うちらだって、アンジェリカ様にお目通りしたかったのに! なのに、突然庶民が出しゃばって! チヤホヤされて生徒会にまで入って! こんなの、こんな展開認められませんって」


 三バカの一人が観念したかのように不満をぶちまけていく。

 あぁ……悔しかったのか。

 彼女の必死な叫びに、あたしはストンと腑に落ちた。


 ルミナ・イノセンスは乙女ゲーの主人公であり、世界のヒロイン。

 本物で、特別の、無垢な女子。

 どれだけ冷遇されようとも、輝かしく、華々しい。一等星はそう映ってしまう。


 本来、そんなスターを打ち落とそうと企てた者こそアンジェリカ・ジェントレス。

 しかし、その中身が白名井真奈に入れ替わって脅威があっさり消滅。


 物語の都合上、お邪魔なヘイト役は必要。

 畢竟、三バカは犠牲になったのだ。ジェネリック・悪役令嬢として。

 意図せず、あたしが主人公をイジメるキャラを押し付けていたらしい。結果、この事態。このザマである。


「あなたたち!」

「「「はいっ、申し訳――」」」

「今度の休日は空いていて?」

「……え?」


 あたしは――いえ、わたくしはニコリとほほ笑んで。


「街の散策に付き合ってもらえるかしら? わたくし、不勉強で流行に疎いものですから。女子に人気なスイーツやファッションを教えてくださる?」


 一瞬の静寂。

 トンチンカンはお互いの顔を見合った後。


「「「はいっ、もちろん」」」

「では、楽しみにしておりますわ」

「あたしらにお任せくださいませ!」


 三バカが嬉しそうで良かったよ。

 先ほどまで、こやつらを懲らしめることばかり考えていた。自分のルールで相手を縛れば、さぞや気持ち良くなれただろう。否、それじゃあゲームに登場した公爵家令嬢と同じだよね。


「ルミナさんに何か言わなければならないでしょう? 貴族の沽券に関わりますもの」

「うぅ……はい」


 怯んだ表情を作ったトンチンカンだが、意を決して。


「ルミナ……さん。この度は突然の無礼な振る舞い」

「不躾に、不快な思いをさせて」

「ご、」

「「「ごめんなさい」」」


 プライドの高い貴族子女たちが、平民の子へちゃんと頭を下げた。


「わたしも謝らなければなりません。アンジェリカ様にご贔屓してもらい、特別なんだと調子に乗っている部分がありました。皆さんだって、素敵なお方に認められたいですよね。公爵家令嬢の威を借りる田舎娘。これ以上増長する前に気付かされて、ありがとうございます」


 ルミナは初めて、貴族の子と対等な関係を築くのであった。

 どうにか丸く収まったなあ。ランチはがっつり食べたいなあと油断していたところ。


「アンジェリカ様は、いつも成長の機会を与えてくれます。だから、未熟なわたしでも頑張ろうって気持ちが沸くんです」

「ジェントレスの家名を背負う者の責務ですの。淑女よ、大志を抱くべし。あなたの純粋な向上心に、わたくしも日々学びを得ていましてよ」

「そんな、わたしが教えられるのはパンの作り方くらいですけど……」


 今すぐ教えてよ。ご趣味は? 酵母菌を少々嗜んでおります。

 追放されたら、発酵令嬢として学食のパンのお姉さんになろうかな。お姉さんに!


「マナーとは相手を不快にさせず、気持ちよく接するための作法。こんな単純な動機を失念しておりました」


 渋面を扇子で隠した、わたくし。

 残念ながら、白名井真奈が厳しい指導で強いられたのは謎マナー。

 相手を慮るとは正反対。どれだけ口八丁で打ち負かせるか、独善的な心得。


 論破すれば勝ちっすよね――でもそれ、あなたの考えでしょ。会話とはダンス。互いの呼吸を交わしてリズムを刻まず、相手を転ばすなんてマナー違反じゃん。

 頭の中に出現したロンパマンを謎マナーで撃退するや。


「やあ、騒がしいようだけど何か揉め事かい?」


 金髪のイケメンが何食わぬ顔でやって来た。

 ルミナの光魔法とは別の意味で、全身からキラキラオーラが溢れている。


「れ、レオン王子!?」

「本物? 本物の高貴なお方!?」


 あたしゃ、偽物か? ほんとは庶民だね!

 おほほ、自己解決しちゃったぜ。


「サインくださいませっ」

「はは、ここでは生徒会長で頼むよ。サインは遠慮させてもらおう。私も君たちと同じ生徒の立場で過ごさせてほしい」


 トンチンカンの興味関心が一瞬であちらへ移っていた。

 ハンサム王子にときめいちゃうのは仕方なし、年頃の乙女だもん。

 その人、主人公の攻略対象だからお触り禁止ね。


 ……アンジェリカの婚約者だっけ? 来年破棄される予定なので気になりませんわよ~。

 レオンがあたしをチラリと見た。


「察するところ、アンジェリカが仲裁してくれたようだね。学園内の諍いを解決した手腕……やはり生徒会へ招いて正解だったようだ」

「いえ、わたくしは別に」

「アンジェリカ様に誤解を解いていただきました! 自ら至らぬ点に気づかせてもらえた配慮……これ以上尊敬する方法が分かりません」

「フッ、本当に以前とは別人のような様変わりというわけか」


 満足そうに頷いた、レオン。

 同調するかのように、ルミナも首を縦に振る。

 ダメだ、こいつら……まるで話聞かない時あるよねー。


 この辺り、もう諦めた。知らん、知らんもん。

 メインキャラの耳に念仏とはよく言ったものである。違うか。


「午前中の仕事が思ったより早く片付いてね。軽食を取ろうとこちらに寄った次第さ。君たちも一緒にどうかな?」


 イケメンのお誘いに、トンチンカンは花も恥じらう様相で。


「……っ!? アンジェリカ様の憩いの場を乱すわけにはッ」

「あたしたちは、ご、ごごご」

「ご遠慮させていただきたくっ!」


 彼女らは何度も頭を下げ、慌てふためきながら走り去るのであった。


「王子……色づき始めた蕾を弄ぶのは感心できませんの。火遊びをご所望ならまず、わたくしを通してくださいませ。もちろん、あなたに火傷の跡など残させませんわ」

「それは後が怖い。手袋着用を心がけておこう」


 原作だと、この段階じゃ他人に興味がない設定の人物。

 はたして、彼の言動はどこまで本気か注視しておこう。


「これが、大人の会話……っ! 勉強になります」


 ラブコメ主人公みたいな鈍感言いやがって。

 それでも、乙女ゲーのヒロインには腹芸を覚えないでほしいと思いました。

 永遠に純粋たれ!

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