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白名井真奈の憂うつ

 30分後。


「……はぁぁあああ~~~~」


 まかり通ったのは、クソデカため息。

 リストラされたサラリーマンよろしく、あたしはベンチで俯いていた。

 奇しくもそこは、光のヒロインがプロローグで挫折感を味わうはずだった場所。

 ひどく悲しくても泣きません。わたくしは誇り高きジェントレス家のっ、ぐすん。


 なぜか異世界転生しちゃった白名井真奈。唯一のモチベーション、それがデッキ構築型ローグライクの実体験。くだんのゲーム、もしくは極めて類似世界で真のやり込みへしゃれ込む予定だったが……


「――なんか――思ってたのと違う」


 一言でまとめれば、こんな感じ。

 初級修練場を完走した感想ですが、はい全くの別物でしたね。


 当然と言っちゃあ当然だけどさ、あたしが好きでハマってたのはカードバトル。ダンジョンに潜ってどんなモンスターと遭遇しようが、先方はこちらが手札を切るまで一歩も動かずターン終了まで一切攻撃してこない。当たり前じゃん、そういうジャンルでしょ。


 ファーストコンタクトのハリボテゴーレム、あたしを視認した矢先にストーンシュートしやがった。おいおいおい、違うだろぉぉおおおオオオ――っ!


 敵マスに止まったら、戦闘シーン突入でしょうが! 初期のシーカーは行動力3だから、弱いアタックカード三枚使ってそちらの番。最低限のルールを守れ、悪役令嬢でさえ従うぞ。


 あと、いちいちダンジョン内が薄暗くてストレス。宝箱を探すのが苦行。それはイベントマスで開けるかどうか選択させて。モニターの明度上げろ、モニターねぇ! 俯瞰視点でマップを確認できず、三叉路に進んで袋小路だったらもう大変。通路が狭くモンスターに塞がるばかり。逃げるコマンド実装されてないけど、運動神経さえあれば隙間から離脱可能。パルクールやりに来たんじゃないよ。どのルート選んだところで、ボスフロアに到着するのがデッキ構築型ローグライクじゃん。基本はどうなってんだ基本はッ。


 いやまあね、そちらの言い分も理解できるよ? プレイヤーが主人公を画面越しに操作するのと、本人自らバトルさせるのはかなり整合性を弄らなきゃってのはさ!

 ところで、そちらってどちら様?


 小学生の時遊んだ名作RPGが、大人になった頃完全フルリメイク作品が発売される!

 童心に帰って有休取っちゃったりして、発売日の朝ゲームショップで購入して、準備万端さあやるぞ! って起動した30分後――


 高画質自慢な極上ムービー垂れ流し&特定アクション強要の作業ゲーに改悪され、ディレクターに原作なんか知らんソシャゲしかやらねーとSNSで言い訳されたくらい!

 あたしは今、怒りを置き去りに猛烈な虚無感に苛まれている!


「あは、あはは……あたしの目的終了のお知らせ? ごめん、やっぱ辛いわ」


 真っ白に、燃え尽きたぜぇ~。

 え、出鼻挫かれたよね。これ、シーカー目指す意味ないよ。帰省? わたくし屋敷に帰らせていただきます? 不幸中の幸いか、実家が極太につき。


 セルフ追放キメて、贅沢の限りを尽くす生活するしかあるまい。何がマナーだふざけやがって、ジェントレス家の財産食い潰す生活大変だなぁ~。


 乙女ゲーのメインストーリーからフェイドアウトさせられても、はっきり申し上げて差し支えございません。主人公に関わらず破滅フラグ回避が当初の予定だったじゃん。


 ルミナの行末はちょっと心配だけど、悪役令嬢とつるむ方が問題あるしね。

 上級おニート五穀潰し生活を想像するや、傷心が癒えたような増えたようなタイミング。


「うわっ!」


 ドスンッ!

 突如、空から男子が降ってきた。

 しかし、そんなお騒がせなどにかまけていられない。こちとら、人生の岐路である。


「痛ぅ~。あー、しくじった! 絶好の昼寝スポットだと思ったんだけどなあ」


 さて、異世界転生したけど早々に目的がポシャった場合どうすればいいのかな?


 別に魔王倒したくないし、スローライフ用のチート能力ないし、イケメンと恋愛に興じたいとも思わない。強いて願望をひねり出そう。残業なしのホワイト企業で帰ったらゲームとようつべ、土日は友達と外食、祝日はちょっと遠出する気ままな一人暮らしができたらサイコー。


 あれ、あれれれ? 分かっちゃったかもしれない。

 あたしの目的――現代転生……ってコト?


「そこのレディ。目の前で悶絶した男子がいるのに、全く無反応なレディ」


 あたしはフッと一笑に付した。


 白名井真奈の人生に戻りたいかと問われれば、即答できなかった。

 うっかり入社しちゃったマナーインストラクター派遣会社、控えめに言って合わなかったよ。安月給で激務、もちろん見なし残業。求人票は嘘つかず、本当じゃない辺り悪質。


 前世に大した未練がないからこそ、ちゃっかり異世界転生しちゃったはず。

 あたしがアンジェリカをやっている意義は分からない。その理由を探す旅にでも――


「レディ! す、すまないが腰を強くやっちゃってさ。手を貸してく」

「淑女がため息をついた時、微かに漏れた魔力の気流を読むべし!」


 異世界版・空気読め。


「女性のため息とは、沈黙による問いかけ。たとえどんな状況に置かれていても、その乱れた風向きを変えましょうか? と配慮するのが一流の紳士――あなた、マナー違反でしてよ!」

「し、失礼しましたぁ~!?」


 ノータイム・デュエル。

 高等テクだっけ? 二度目にして完璧マスター。

 ブランクカードで威力を上げた結果、知らない男子がばたりと息を引き取った。


「結局、誰なん?」


 あたしが首を傾げていると、死体(死んでない)のポケットがごそごそ動いている。

 丸い尻尾がキュートなリスがひょっこりはん。あちらも首を傾げた。


「かわいいじゃない」


 リスとかハムスター、小動物の類いいよね。

 小学生の頃、アニメの影響で飼いたかったけどお母さんがアレルギーで無事却下。


「縞模様だし、シマリスかな?」


 乙女ゲーにシマリス? いるもん。可愛いからいるもん!

 シラコバトがオッケーなら、許可申請通るに決まってるでしょ。

 シマリスがちょこちょこ歩き、あたしの足元までやって来た。


 よじ登ろうとする姿に日々の心労が癒されていく。これが、萌えか。

 ……え、萌えって死語? あたし片足突っ込んじゃった!? おばさんの――領域ッ!

「愛らしい姿で油断を誘うとは、実に小賢しいですわね。憎さ余って可愛さ100倍とはよく言ったもの」


 あれ、逆だっけ?

 国語のテスト、現文漢字文法読解作者の気持ちを述べよ、苦手なんだよね。全部じゃん。


「ですが、生存戦力に長けた慧眼こそ見事と称賛致しましょう」


 シマリス相手に手を叩いた、悪役令嬢。

 褒めるべき行為あれば、小動物相手でも礼儀を尽くす。それがアンジェリカの流儀。


「あなたが欲しいものはコレでして?」


 自分のポケットから包みを取り出した、あたし。

 ハトサブレ。先ほど初級ダンジョンを踏破したご褒美に貰ったやつ。初見最速クリアで驚かれた。そりゃ、あまりのコレジャナイ感ゆえ楽しめなかったもん。


 右手にシマリスを乗せるや、砕いたハトサブレを与えた途端。

 ガリガリガリ! 顔の部分を容赦なくさらにかみ砕いていった、げっ歯類。


「そういえば、一人暮らし始めてペットが欲しかったんだ」


 白名井真奈のペット歴は金魚のみ。週一でペットショップへ通い、必ずやボーナスで家族を増やそうと並々ならぬ決意を抱いていた。地獄の研修続きで健康を害し、ささやかな願いにときめく希望的観測は儚く散ったが。


「お前は悩みがなさそうですわね。わたくし、これからどんなモチベーションで悪役令嬢を続けるべきですの?」


 ハトサブレを頬袋にため込んだシマリスさんへ、うっかり人生相談しかけたタイミング。


「アンジェリカ様! こちらでしたか、アンジェリカ様っ」

「はしゃがずとも聞こえていましてよ、ルミナさん」


 乙女ゲーの主人公が視界に入れば、背筋がピンと伸びる公爵家令嬢です。

 ルミナはあたしの前に立ち、肩で息をしていた。


「火急の件ですの?」

「違います。わたし、せっかくの休日なのに予定がなくて……だから、何かアンジェリカ様のお役に立てませんか? 日頃お世話になっている分、お礼がしたくて」


 そして、純粋である。

 眩しぃ~っ! これは光のヒロインですわ。悪役令嬢に効果は抜群だ!

 いい加減、浄化されそう。もし、サングラスございません? ございません。


「掃除なら! 雑巾で部屋の隅々まで磨くの得意です。あっ、メイドさんいますよね……」

「掃除ならもう済ませましてよ」

「公爵家令嬢が自分で!?」

「公爵家令嬢が自分で」


 摩擦熱が起きそうなほどまたたていた、ルミナ。

 わたくし、最も家事をやらなそうなランキング一位だろうしね。


「洗濯ならっ。洗濯魔道具だと傷んでしまうシルクや皮革製品をクリーニングさせ」

「もう済ませましてよ」

「公爵家令嬢自ら!?」

「公爵家令嬢自ら」


 ルミナがひどく狼狽え、一歩後ずさった。


「で、ではっ! 料理! わたしの実家はパン屋! ここだけは必ず死守し」


 ――以下略。

 乙女ゲーの主人公、ついに膝を折ってしまう。

 土下座を回避したその膝を汚すんじゃない。ここ、絶望シーンじゃないぞ。


「アンジェリカ様は一体どこまで……どこまで模範となられる貴族なのですか」

「わたくしは心の赴くまま、わたくしが信ずる道を闊歩したに過ぎませんわ」

「その結果、淑女が嗜むべき礼節へ繋がるんですね。勉強になりますっ」


 この子、簡単に詐欺に引っかかりそうだなと思いました。

 純情乙女じゃなきゃ、この手の主役は務まらんのか。


「暇を持て余してるなら、生徒会メンバーと交流を深めなさい。仲間を増やし、居場所を作る。いつまでも平民を盾に謙遜するのは美しくないわね」

「はい……かしこまりました……」


 ルミナがしゅんと凹んじゃった。

 けれど、アンジェリカは悪びれない。

 なんせ、最もヒロインをイジメるべき存在なのだから。


 でも、お詫びにシマリス貸すよ? 動物に好かれそうなランキング一位でしょ。

 ちょうどシマリスが、悪役令嬢より清純派ヒロインへ乗り換えようとしたところ。


「はぁ~、なんかひどい目にあった気がするなあ」


 先ほどマナーバトルで倒した変な男子がむくりと起き上がった。


「うわっ、どなたですか?」

「おいおい、ひでぇ言い草だ。人の相棒にちょっかいかけてそりゃないぜ」


 シマリス、周囲の人間を見渡すやルミナの肩へぴょんとジャンプ。


「リスさん、ふふ、ごきげんよう」

「っておいぃいいい、アンソニー!? テメーを育ててやった恩を感じやがれッ。このタリウス・ブルさまに少しは報いたいとか思わんのか!?」


 謎男子のオーバーリアクションではなく、その名にピンときた。

 タリウス・ブル。スポーツマンのような精悍な顔つきながら、愉快な表情をした男爵子息。


 そして、この場面は微かに見覚えが。思い出せ、確か……

 ――慣れない学園生活に疲れ、いつものベンチで俯き加減なヒロイン。突然、頭上から悩みがあるなら吐き出せと謎の声。その正体、木の上で昼寝していたお調子者。


 なるほど、四番目の攻略対象か! 今日がルミナとの初顔合わせだったらしい。

 なんか、いろいろ邪魔しちゃってごめん。ファーストインプレッションが台無しじゃん。

 メインストーリーを妨害しちゃった件に関しては、ちゃんと謝れる悪役令嬢であった。

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