表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/29

謎マナーVSタイダルウェーブ

 異変が起きたらしい。

 周囲を見渡せば、慌てふためき、騒動の中心から逃げ惑う生徒たち。


「何があったんですか?」


 ルミナは、息を切って倒れ込んだ男子に声をかけた。


「Aクラスのエリートさん、かっこつけて上級魔法ぶっ放しやがった!」

「じょ、上級魔法なんて一年生が使えるはずないですよ」

「あんた、知らねぇのか? 名門貴族様は特別な血筋とか、一族の至宝とやらのおかげでスゲースキルたくさん持ってんだよ!」


 ネームドキャラは特別扱い。破格の待遇、仕方ないね。あたしは?


「ガルバインさまぁ~。大丈夫ですかぁ~?」


 取り巻きの女子たちが心配そうに声をかけていた。

 上級魔法で全ての人形をなぎ倒し、高威力の魔力でAクラスの面子を昏倒させた犯人こそ、ガルバイン――ファミリーネーム何だっけ? まあ、チャラ男でいいや。


「最初は派手で盛り上がったんだけどよお。二発目はコントロールできなくてもう! ひっちゃっかめっちゃかだいっ」


 的当て会場で一人、ふらふらと佇んだ青ロン毛の姿あり。

 彼を中心に大きな水たまりが広がっていた。見た目通り、水属性らしい。


「様子がおかしいですわね。おそらく、MPオーバー。魔力酔いでしょう」


 徐にアンジェリカが呟いた。自問自答って恥ずかしいじゃん。


「大変じゃないですか! すぐに先生に止めてもらいましょう」

「シュバルツ先生は二発目直撃して、あそこで白目むいてっぞ」


 ガルバインの足元に濡れネズミが転がっている。頼りにならない大人だなあ。

 目立つためなら、最初の実習で上級魔法ブッパ。モテたいヤングの原動力、怖いよね。


「ひとまず、助けた方が良いんじゃないでしょうか」


 オロオロとこちらの顔色を窺った、ルミナ。

 チャラ男は好みじゃないけど、彼女の攻略対象である。保健室まで手を貸そう。

 あたしが一歩前に出たタイミング。


「……天使、ちゃ~ん……俺の魔法……マジパないっしょ……っ!」


 目を回しながら薄い笑みを張り付けた、ガルバイン。


「……運命のキミにはとっておき……見せてあげよう、じゃん……」


 ガルバインは震える腕をゆっくり持ち上げるや、カードの周りに渦巻のエフェクトが弾けた。その頭上、水の流れが全てを飲み込むかのごとく螺旋を描いていく。

 刹那、相手が繰り出した魔法を看破する。


「――ッ! タイダルウェーブが来ますわ! 全員、構えなさいっ」


 水属性の上級魔法<タイダルウェーブ>。

 ゲームにおいて、高コスト高火力な全体攻撃。序盤で使えるなら、無双確定カード。


 それ転生者特典じゃないの!? 強くてニューゲームあたしもやらせてよ!

 自前のセーブデータがあれば、全カードコンプリート済みだって本当だぞぅ!


「逃げろぉ~っ!」

「これ、ヤバいやつ?」

「校庭を海にする気かっての!」


 せいぜい、プールでしょ。水着持ってくればよかったなあと現実逃避すれば。


「アンジェリカ様! わたしたちも逃げましょう! 走れば、まだっ」

「判断が遅いですの。走ったところでもう間に合いません」

「ですがっ」

「令嬢よ、高貴たれ。何時如何なる時も平然たる態度で臨むべし」


 諦めようのかっこつけ版。

 悪役令嬢が無様に逃げ惑う姿を、アンジェリカの肉体が拒否していた。


「ルミナさんは避難して、よくってよ。さあ、お行きなさい」

「い、嫌です! 狙いは多分、わたしですよね? わたしが囮になれば、アンジェリカ様は無事に――」

「そのような規模で収まらないようでしてよ」


 チャラ男の様子を窺うと、準備万端のご様子。


「ふ、ふふふ、水も滴るいい男とは俺のこと」


 見上げれば、高波を引き起こせるほど水圧のエネルギーが膨れ上がっていた。


「グラウンド、ずいぶん乾いちゃってる感じ? 乾燥は美容の大敵っしょ」


 バサッとロン毛を払い、キラキラ光る水滴を飛ばした。


「俺の肌のように潤いを! 髪のように艶を与えようじゃないか!」


 うへー、ナルシスト気持ち悪い! こいつ、今すぐ黙らせたいッ。

 そんな純粋な願いが、あたしをひどく高揚させていく。

 あたし――いえ、わたくしはブランクカードを強く握りしめた。

 風魔法で対抗? 無理だ。レベル1のそよ風なんて、激流に押し流されておしまい。


 しかし、手札はある。手順も考えた。最後に手法を押し通せ。

 あたしは白紙に魔力を込め、ウインドブレスを発動――ではなくて、まっすぐ投げた。チャラ男の胸にそれがぶつかり、小さな光を瞬かせた。


「アンジェリカ様、一体何を?」


 隣で驚いているルミナ。


「ガルバインさん、今のあなたはまるで美しくなくってよ」

「俺が、美しくない……? は、はは、アハハハハ! 公爵家の令嬢は冗談が下手……それともランチ後でまどろんじゃったかい? 顔洗いなって、目覚めにはちょうどいいっしょ」


 意識があやふやだけど、己の自尊心は揺るがないのは流石だよ。


「激流よ、全てを押し流せ!」


 ついぞ、上級魔法が解放される。


「授業中、校庭にばしゃばしゃと過度な水まき。それは学友との人間関係を洗い流すと同義! あなた――マナー違反ですわ!」

「――ッ!?」


 直前、胸元を強打したかのように息を引っ込めたガルバイン。

 ここですわ! 続けて畳みかけましてよ!


「そして、あなたの水魔法で濡れたのは地面ではありません。楽しみにしていた実習を台無しにされたわたくしの心、ですの。沈痛な気持ちの淑女を前にハンカチを差し出さないのは、どれほど容姿が優れていようとも、貴公子として――マナー違反でしてよっ!」


「~~っ!? れれれれでぃふぁぁああすとぉぉおおおオオオ――っ!?」


 軟派者でも一応、女性を丁重に扱う気概を持ち合わせていた。

 ゆえに、思い当たる節があれば謎マナーが突き刺さる。

 さらなる強い衝撃を食らい、攻略対象の一人は仰向けに倒れるのであった。


 土も被るチャラ男とはこのことか。違うね。

 術者が気絶し、魔法はキャンセル。タイダルウェーブは水蒸気となって雲散霧消する。免れたぜ、大洪水。


 やりましたの!? それを言っちゃあフラグである。黙っとこ。

 残念ハンサムの間抜け面を見下ろした、あたし。


「青春に暴走はつきものですが、節度を守ってこその学園生活。あなたの魔法の才能は本物なのですから、自惚れずに励みなさい」


 用件は済んだとばかりに、あたしは踵を返した。

 すると、先ほどまで傍で伸びていた人物と目が合った。


「まさか……義姉さんがフォルテの暴走を止めた、だとっ!? 僕にはできなかったのに、こんな、あり得ない! 認められるかっ」


 全身濡れネズミのアシュフォードがメガネをガタガタと震わせている。

 フォルテって誰よ。あっ、ガルバイン・フォルテ! 名前思い出せてすっきり。


「あまつさえ、今のは<デュエル>に間違いない」


 何それ。


「ブランクカードに保存した魔法をただ解放するのではなく、直接相手にぶつけることで魔力のパスを繋げ――技の効果を拡大させる高等テクニックッ! 上級生でも使いこなせるのは少数だと聞き及んでいる! それが、それを義姉さんがいとも容易く実践したなんて! しかも難解な魔法まで習得していた!? レベル1の風魔法しか持ってないはずでは? こんな想定外、こんなの僕の辞書に書かれていないぞぉ~っ!」


 ひどく狼狽しながら叫んでいた、義弟くん。

 とりあえず、解説ありがとう。

 デュエルかー。原作にそのシステム? テクニック? スキル? ないよ、全然。 

 まあ、地味な魔法を派手に演出する配慮なのかも。マナー魔法とか特にそれ。


「すげぇよ、Aクラスの上級魔法使いを軽くあしらいやがった!」

「流石、アンジェリカ様。真の実力者ですわぁ~」

「ジェントレス家の名は伊達じゃないってか」

「あれ、でもあの人なんでCクラスだ? おかしくね?」


 そうだね、ほんとはFクラスです。コネとか少々……


「バッカ、おめー。分かんねーかな? 崇高なる使命があるに決まってるだろ、公爵家令嬢だぞ」

「た、確かに、公爵家令嬢なら……っ!」


 公爵家令嬢なるワード万能すぎでしょ。それでこそ、悪役令嬢の横暴が成立する。


「あたしたちが詮索したらきっと迷惑ね。これ以上は――一学年のタブーにしましょ」

「アンジェリカさまのファンになりましたの。親衛隊を結成いたしますっ!」


 噂話で盛り上がっていた、遠巻きたち。

 変な方向へ加速していくものの、疲労感が押し寄せてそれどころじゃない。


「ルミナさん。彼の介抱を頼んでもよろしくて?」


 アレ、あなたの攻略対象だよね? 後始末は主人公に任せよう。


「はい、お疲れさまでした! あとはお任せくださいっ」


 近寄ってきたルミナがビシッと敬礼。

 ここ、軍属じゃないぞ。どっちも階級社会だけどさ。


「暴走したガルバイン様を無傷で制圧するなんて、アンジェリカ様はすごいです」

「彼の貴族の誇りに訴えただけでしてよ。生徒会メンバー失格の烙印を押さずに済みました」


 アンジェリカは人事担当だった? 役職、何も任命されてないじゃん。


「わたし、やっぱりおかしいと思います」


 何が。急に憤慨してどうしたん? 話、聞こっか?


「アンジェリカ様を差し置いてわたしがAクラス在籍なんて! 絶対におかしいじゃないですか。担任と学年主任にかけあって抗議します!」


 口をぽっかり開けたあたし、それを咄嗟に扇子で隠したわたくし。


「いたずらに先生を困らせるのは感心できませんわね。第一、現状に不満など抱いてないですもの。公平なテストゆえ、平民でもあなたはAクラスへ選抜されたのでしょう」


 絶対にやめてぇ~。恥ずかしいからっ、バレちゃうから!

 入試の成績開示したら、Fクラスの点数なんだってば! ゴリゴリの権力&献金パワーッ!


 アンジェリカ、背中に冷や汗ブシャー。あつぅ~。

 ちょっとそこで寝転がってるチャラ男。水属性でしょ、打ち水してよ(気絶中)。


「なるほど、これが貴族流謙虚……っ! 勉強になります」


 目をキラキラさせた、乙女ゲーのヒロイン。

 やめて、わたくし光属性が弱点ですのよ。


 これ以上耐えられそうにない。可及的速やかに退散ですわ!

 覚えてらっしゃい! この借りは必ず晴らしましてよ!

 心中、悪役令嬢御用達の捨て台詞でお口を汚したところ。


「実習、ここまで。各班、協力して片付けを始めなさい。わたくしは教官室まで、事態の報告へ参りましてよ!」


 とうとう仕切り始めた、Cクラスの目立つ人。

 あたし、別にリーダーシップないのだが? 長いものに巻かれる一般庶民です。


「みんな号令が出たんだ。リーダーが戻ってくるまでに全部終わらせるぜ」

「アンジェリカ様のご尊顔に泥を塗る奴は、一学年にいねぇよなあ?」

「「おぅっ!」」


 校舎へ向かった途中、妙な期待が両肩へのしかかった気がする。いや、杞憂だよっ。

 結果的に大立ち回りだった。すこぶる悪目立ちしたなと思いました。


 反省はしない。過去を振り返るなど不要。失敗とは断じて認めない!

 なんせ、わたくしは破滅フラグを抱えた悪役令嬢なのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ