謎マナーVSタイダルウェーブ
異変が起きたらしい。
周囲を見渡せば、慌てふためき、騒動の中心から逃げ惑う生徒たち。
「何があったんですか?」
ルミナは、息を切って倒れ込んだ男子に声をかけた。
「Aクラスのエリートさん、かっこつけて上級魔法ぶっ放しやがった!」
「じょ、上級魔法なんて一年生が使えるはずないですよ」
「あんた、知らねぇのか? 名門貴族様は特別な血筋とか、一族の至宝とやらのおかげでスゲースキルたくさん持ってんだよ!」
ネームドキャラは特別扱い。破格の待遇、仕方ないね。あたしは?
「ガルバインさまぁ~。大丈夫ですかぁ~?」
取り巻きの女子たちが心配そうに声をかけていた。
上級魔法で全ての人形をなぎ倒し、高威力の魔力でAクラスの面子を昏倒させた犯人こそ、ガルバイン――ファミリーネーム何だっけ? まあ、チャラ男でいいや。
「最初は派手で盛り上がったんだけどよお。二発目はコントロールできなくてもう! ひっちゃっかめっちゃかだいっ」
的当て会場で一人、ふらふらと佇んだ青ロン毛の姿あり。
彼を中心に大きな水たまりが広がっていた。見た目通り、水属性らしい。
「様子がおかしいですわね。おそらく、MPオーバー。魔力酔いでしょう」
徐にアンジェリカが呟いた。自問自答って恥ずかしいじゃん。
「大変じゃないですか! すぐに先生に止めてもらいましょう」
「シュバルツ先生は二発目直撃して、あそこで白目むいてっぞ」
ガルバインの足元に濡れネズミが転がっている。頼りにならない大人だなあ。
目立つためなら、最初の実習で上級魔法ブッパ。モテたいヤングの原動力、怖いよね。
「ひとまず、助けた方が良いんじゃないでしょうか」
オロオロとこちらの顔色を窺った、ルミナ。
チャラ男は好みじゃないけど、彼女の攻略対象である。保健室まで手を貸そう。
あたしが一歩前に出たタイミング。
「……天使、ちゃ~ん……俺の魔法……マジパないっしょ……っ!」
目を回しながら薄い笑みを張り付けた、ガルバイン。
「……運命のキミにはとっておき……見せてあげよう、じゃん……」
ガルバインは震える腕をゆっくり持ち上げるや、カードの周りに渦巻のエフェクトが弾けた。その頭上、水の流れが全てを飲み込むかのごとく螺旋を描いていく。
刹那、相手が繰り出した魔法を看破する。
「――ッ! タイダルウェーブが来ますわ! 全員、構えなさいっ」
水属性の上級魔法<タイダルウェーブ>。
ゲームにおいて、高コスト高火力な全体攻撃。序盤で使えるなら、無双確定カード。
それ転生者特典じゃないの!? 強くてニューゲームあたしもやらせてよ!
自前のセーブデータがあれば、全カードコンプリート済みだって本当だぞぅ!
「逃げろぉ~っ!」
「これ、ヤバいやつ?」
「校庭を海にする気かっての!」
せいぜい、プールでしょ。水着持ってくればよかったなあと現実逃避すれば。
「アンジェリカ様! わたしたちも逃げましょう! 走れば、まだっ」
「判断が遅いですの。走ったところでもう間に合いません」
「ですがっ」
「令嬢よ、高貴たれ。何時如何なる時も平然たる態度で臨むべし」
諦めようのかっこつけ版。
悪役令嬢が無様に逃げ惑う姿を、アンジェリカの肉体が拒否していた。
「ルミナさんは避難して、よくってよ。さあ、お行きなさい」
「い、嫌です! 狙いは多分、わたしですよね? わたしが囮になれば、アンジェリカ様は無事に――」
「そのような規模で収まらないようでしてよ」
チャラ男の様子を窺うと、準備万端のご様子。
「ふ、ふふふ、水も滴るいい男とは俺のこと」
見上げれば、高波を引き起こせるほど水圧のエネルギーが膨れ上がっていた。
「グラウンド、ずいぶん乾いちゃってる感じ? 乾燥は美容の大敵っしょ」
バサッとロン毛を払い、キラキラ光る水滴を飛ばした。
「俺の肌のように潤いを! 髪のように艶を与えようじゃないか!」
うへー、ナルシスト気持ち悪い! こいつ、今すぐ黙らせたいッ。
そんな純粋な願いが、あたしをひどく高揚させていく。
あたし――いえ、わたくしはブランクカードを強く握りしめた。
風魔法で対抗? 無理だ。レベル1のそよ風なんて、激流に押し流されておしまい。
しかし、手札はある。手順も考えた。最後に手法を押し通せ。
あたしは白紙に魔力を込め、ウインドブレスを発動――ではなくて、まっすぐ投げた。チャラ男の胸にそれがぶつかり、小さな光を瞬かせた。
「アンジェリカ様、一体何を?」
隣で驚いているルミナ。
「ガルバインさん、今のあなたはまるで美しくなくってよ」
「俺が、美しくない……? は、はは、アハハハハ! 公爵家の令嬢は冗談が下手……それともランチ後でまどろんじゃったかい? 顔洗いなって、目覚めにはちょうどいいっしょ」
意識があやふやだけど、己の自尊心は揺るがないのは流石だよ。
「激流よ、全てを押し流せ!」
ついぞ、上級魔法が解放される。
「授業中、校庭にばしゃばしゃと過度な水まき。それは学友との人間関係を洗い流すと同義! あなた――マナー違反ですわ!」
「――ッ!?」
直前、胸元を強打したかのように息を引っ込めたガルバイン。
ここですわ! 続けて畳みかけましてよ!
「そして、あなたの水魔法で濡れたのは地面ではありません。楽しみにしていた実習を台無しにされたわたくしの心、ですの。沈痛な気持ちの淑女を前にハンカチを差し出さないのは、どれほど容姿が優れていようとも、貴公子として――マナー違反でしてよっ!」
「~~っ!? れれれれでぃふぁぁああすとぉぉおおおオオオ――っ!?」
軟派者でも一応、女性を丁重に扱う気概を持ち合わせていた。
ゆえに、思い当たる節があれば謎マナーが突き刺さる。
さらなる強い衝撃を食らい、攻略対象の一人は仰向けに倒れるのであった。
土も被るチャラ男とはこのことか。違うね。
術者が気絶し、魔法はキャンセル。タイダルウェーブは水蒸気となって雲散霧消する。免れたぜ、大洪水。
やりましたの!? それを言っちゃあフラグである。黙っとこ。
残念ハンサムの間抜け面を見下ろした、あたし。
「青春に暴走はつきものですが、節度を守ってこその学園生活。あなたの魔法の才能は本物なのですから、自惚れずに励みなさい」
用件は済んだとばかりに、あたしは踵を返した。
すると、先ほどまで傍で伸びていた人物と目が合った。
「まさか……義姉さんがフォルテの暴走を止めた、だとっ!? 僕にはできなかったのに、こんな、あり得ない! 認められるかっ」
全身濡れネズミのアシュフォードがメガネをガタガタと震わせている。
フォルテって誰よ。あっ、ガルバイン・フォルテ! 名前思い出せてすっきり。
「あまつさえ、今のは<デュエル>に間違いない」
何それ。
「ブランクカードに保存した魔法をただ解放するのではなく、直接相手にぶつけることで魔力のパスを繋げ――技の効果を拡大させる高等テクニックッ! 上級生でも使いこなせるのは少数だと聞き及んでいる! それが、それを義姉さんがいとも容易く実践したなんて! しかも難解な魔法まで習得していた!? レベル1の風魔法しか持ってないはずでは? こんな想定外、こんなの僕の辞書に書かれていないぞぉ~っ!」
ひどく狼狽しながら叫んでいた、義弟くん。
とりあえず、解説ありがとう。
デュエルかー。原作にそのシステム? テクニック? スキル? ないよ、全然。
まあ、地味な魔法を派手に演出する配慮なのかも。マナー魔法とか特にそれ。
「すげぇよ、Aクラスの上級魔法使いを軽くあしらいやがった!」
「流石、アンジェリカ様。真の実力者ですわぁ~」
「ジェントレス家の名は伊達じゃないってか」
「あれ、でもあの人なんでCクラスだ? おかしくね?」
そうだね、ほんとはFクラスです。コネとか少々……
「バッカ、おめー。分かんねーかな? 崇高なる使命があるに決まってるだろ、公爵家令嬢だぞ」
「た、確かに、公爵家令嬢なら……っ!」
公爵家令嬢なるワード万能すぎでしょ。それでこそ、悪役令嬢の横暴が成立する。
「あたしたちが詮索したらきっと迷惑ね。これ以上は――一学年のタブーにしましょ」
「アンジェリカさまのファンになりましたの。親衛隊を結成いたしますっ!」
噂話で盛り上がっていた、遠巻きたち。
変な方向へ加速していくものの、疲労感が押し寄せてそれどころじゃない。
「ルミナさん。彼の介抱を頼んでもよろしくて?」
アレ、あなたの攻略対象だよね? 後始末は主人公に任せよう。
「はい、お疲れさまでした! あとはお任せくださいっ」
近寄ってきたルミナがビシッと敬礼。
ここ、軍属じゃないぞ。どっちも階級社会だけどさ。
「暴走したガルバイン様を無傷で制圧するなんて、アンジェリカ様はすごいです」
「彼の貴族の誇りに訴えただけでしてよ。生徒会メンバー失格の烙印を押さずに済みました」
アンジェリカは人事担当だった? 役職、何も任命されてないじゃん。
「わたし、やっぱりおかしいと思います」
何が。急に憤慨してどうしたん? 話、聞こっか?
「アンジェリカ様を差し置いてわたしがAクラス在籍なんて! 絶対におかしいじゃないですか。担任と学年主任にかけあって抗議します!」
口をぽっかり開けたあたし、それを咄嗟に扇子で隠したわたくし。
「いたずらに先生を困らせるのは感心できませんわね。第一、現状に不満など抱いてないですもの。公平なテストゆえ、平民でもあなたはAクラスへ選抜されたのでしょう」
絶対にやめてぇ~。恥ずかしいからっ、バレちゃうから!
入試の成績開示したら、Fクラスの点数なんだってば! ゴリゴリの権力&献金パワーッ!
アンジェリカ、背中に冷や汗ブシャー。あつぅ~。
ちょっとそこで寝転がってるチャラ男。水属性でしょ、打ち水してよ(気絶中)。
「なるほど、これが貴族流謙虚……っ! 勉強になります」
目をキラキラさせた、乙女ゲーのヒロイン。
やめて、わたくし光属性が弱点ですのよ。
これ以上耐えられそうにない。可及的速やかに退散ですわ!
覚えてらっしゃい! この借りは必ず晴らしましてよ!
心中、悪役令嬢御用達の捨て台詞でお口を汚したところ。
「実習、ここまで。各班、協力して片付けを始めなさい。わたくしは教官室まで、事態の報告へ参りましてよ!」
とうとう仕切り始めた、Cクラスの目立つ人。
あたし、別にリーダーシップないのだが? 長いものに巻かれる一般庶民です。
「みんな号令が出たんだ。リーダーが戻ってくるまでに全部終わらせるぜ」
「アンジェリカ様のご尊顔に泥を塗る奴は、一学年にいねぇよなあ?」
「「おぅっ!」」
校舎へ向かった途中、妙な期待が両肩へのしかかった気がする。いや、杞憂だよっ。
結果的に大立ち回りだった。すこぶる悪目立ちしたなと思いました。
反省はしない。過去を振り返るなど不要。失敗とは断じて認めない!
なんせ、わたくしは破滅フラグを抱えた悪役令嬢なのだから。