プロローグ
「マナー違反が一人歩きしてますわぁ~っ!?」
あたし――いえ、わたくしは深刻なマナー違反に直面致しましたの。
強烈な指導欲求に駆り立てられ、優雅にワルツのステップで現場へ急行していく。
サクラの花吹雪が舞う中、新入生たちが校門をくぐっていたのだけれど。
「ちょっと、平民がどうしているのよ!?」
「ここは由緒正しき貴族のみが通うことを許された魔法学園なの」
「伝統と誇りを汚すなんて無礼が過ぎますわ!」
三人の貴族子女がピーピー騒いでいた。
マナーと甲高い声量は反比例の法則でしてよ。
「す、すいません……」
顔を伏せた少女。美しい金髪が揺れ、震えたように見えた。
「そこは、申し訳ございません、でしょう?」
「ほんと、言葉遣いがなってないこと。これだから平民はッ」
「あやまんなさいよぉ~」
貴族社会の階級制度、ここに極まれり。ほんと、やなかんじぃ~。
「も、申し訳ございません……」
平民と呼ばれ子が頭を下げ、足早に立ち去ろうとしたものの。
「待ちなさいよ。ちゃんと謝罪しなさいよ、謝罪」
「確か、平民の謝罪は面白いポーズをなされるのでしょう? 地べたに頭を擦り付けて、魔法陣を描くんでしたっけ?」
「土下座が上手いほど、平民は土属性の才能に目覚めると聞いたわ」
「……っ」
平民と呼ばれた女子が胸の前で手を組むや、びくっと怖気づいていく。やがて観念したかのように、ゆっくりと膝を折って……
「お待ちなさい」
あたし――いえ、わたくしが堂々と現場へ割り込みましてよ!
……相変わらず、喋り方がブレる。お嬢様口調ってほんと疲れるじゃん。
「あ、あなたは、アンジェリカ様!?」
「ジェントレス公爵家令嬢の尊きお方っ!」
「なんてお美しい佇まいなのかしら……」
トンチンカンの羨望の眼差しを無視しつつ、あたしはくだんの人物を見つめるばかり。
「ごきげんよう」
「はい……ご、きげんよう、です」
目が合った。綺麗な瞳に宿る光がひどく弱々しく感じた。
あたしの目の前にいるのは、乙女ゲームもといこの世界のヒロイン。ルミナ・イノセンス。
「あなたが今年唯一の平民出身の新入生ね」
「身分の違いを弁えない無礼者です!」
「アンジェリカ様が直々に相手をしてくださるなんて幸運よ庶民っ」
「貴族の格を知らしめちゃってくださいませ」
外野、ちょっと黙ってて。
「何をなさるつもりだったのかしら?」
「皆様にご迷惑を」
「――笑止っ」
あたしはルミナさんの腕を掴んで、強引に立たせた。
「土に塗れた謝意を、礼儀とは呼びませんことよ」
「……っ!?」
口をパクパクさせたヒロインをしり目に、今後は三バカの方へ振り向く。
「あなたたち、貴族の家名とは名誉の重さ。権力を振りかざし、他者を貶めるなど恥ずべき行為――マナー違反ですわ!」
トンチンカンは公爵家令嬢の権威を恐れたようだ。
「「「……っ、すいませんでしたぁ~っっ!」」」
蜘蛛の子を散らすように退散していく。
そこは、申し訳ございませんじゃないのね。テンパっちゃったか。
「あ、あのっ、アンジェリカ様。わたしなんかを助けていただきありがとうございます!」
「自分を卑下するのはおよしなさい。ルミナさんは実力でこの学園に入学したのですから。平民出身ながら、光魔法に目覚めた稀有な才能……興味深いですの」
「どうしてわたしのことをそんなに……?」
あたしは微笑んで回答を避けた。
だって、ゲームの基本設定じゃん。なんて言えるか。
何度も慌てながら頭を下げ、校舎へ足を向けたルミナ。
「お待ちなさい、背筋が曲がっていますわ。自信の無さが姿勢に表れていますの。シャキッとなさい」
「はいっ」
ビシッと立ったルミナに近づき、あたしはそっと手を伸ばした。
なぜか美少女に赤面され、逆にこっちが恥ずかしい限りだ。
「リボンも曲がってますわ。スカートの丈が短い。指定の革靴はブラウンのはず。ルミナさん、新入生のマナー違反でしてよ?」
生活指導の体育教師か、あたしは。
内心、やれやれとツッコミを入れていた。
まあでも、仕方がない。
乙女ゲーム『マジカル・オブリュージュ』のヒロイン、ルミナ・イノセンスを最もイジメるべき存在こそ、わたくしアンジェリカ・ジェントレスの役目なのだから。
これからビシバシしごいて差し上げましてよ! お覚悟、よろしくて?