̄後編_3 『魔女の経験のもとに』
ふと、目が覚めた。隣を見ると、アルビナス様はまだ眠られているようだ。
「どれくらい経ったんだろう…?」
懐中時計を見るにも、この神域に入ったときから針の動きは止まっていて何時かはわからない。しかも、神域の外の様子も全く変わらないから判断ができない。
「…お師匠を、探さなくちゃ。それで、聞くんだ。お師匠がしようとしていることを」
僕がそう呟けば、隣にいたアルビナス様がピクリと反応を見せる。
「アルビナス様、よく眠れましたか…?」
そう、声をかけようとした瞬間…アルビナス様が僕の体をバッと抱えて上に飛び上がった。
その次の時には、バァァァンッという大きな音が轟き床が崩れ始めた。
「えぇ?!」
「何が起こっている…?クリス、ケガはないか」
「はっはい…!!」
「チッ…
まさか、アイツ…、ここを壊す気か!!」
舌打ちをしたあとに、千里眼を使ったかと思えばそう叫ぶ。
「アイツって…?!わ、わあぁっ!」
アイツが誰かを聞こうとしたら、アルビナス様はこの城の窓に直進しそこを突き破って飛び降りる。
「アイツは、お前の師匠のことだ!!こんな事ができるのはアイツくらいだろう!
城諸共壊しおって…!!何をする気なんだ!!」
苛立ったようにそう叫ぶと、アルビナス様は詠唱をし始める。だけど、その詠唱も上手くいかないようで再度舌打ちをしながら何か考え込み始める。
僕が壊れゆく城を見ていると、突然崩壊が止まる。
まるで、何者かに制止されているように…でもその制止に反抗するようにゆっくりと崩壊し始めた。
数秒の間だっただろう、その攻防が続いたのは。それが終わったと同時にパアアアァッ!!という白と金の光が城を包み込み、その光がやんだ頃には城の崩壊はなかったかのようにもとに戻っていた。
アルビナス様もまた、同じ光景を見ていたようで何かを悟ったような顔をしていた。
そのあと、地面に着地しアルビナス様は最初の時のようにまた魔法陣を描き始めた。
「…?これは何の魔法陣なんですか?」
「うるさい、黙っていろ。妾は集中しているんだ」
「はぁい…」
古代文字が描かれているのがわかり、その古代文字をなんとか解読してみる。
すると、一部「魔女“ミユ”のもとに」というところだけが読み取ることができた。
「お師匠…のもとに?」
(これは高度な転移魔法だ。指定するのは場所じゃなく人。その人の元に、その人がいる座標のところに飛ばすってことか。
かなり古い魔法陣だし…僕は習ったことないなあ…。あ、今はそんなことじゃないや。
てことはアルビナス様はお師匠のもとに行こうとしているのか。さっきの爆発で、ここらの神力がなんだか弱くなった気がする。だから、この魔法もつかえるようになったんだ。
転移魔法って失敗すると変なところに飛ばされるからなあ…戻れなくなっても困るし、さっきまでは使えなかったのか。)
アルビナス様は魔法陣を描きおわり、僕の腕を掴んで引き込むと自身の手のひらに傷をつけそこから出た血をぽたり、ぽたりと魔法陣の中心に垂らす。
その次に、ゴソゴソと鞄から出した金髪の長い髪の毛をその中心に置く。
(…あれ…もしかしてお師匠の…なんでもってんだろう)
アルビナス様は魔法陣の中心を足で踏みつけるとたった一言
「“発動”」
と唱えた。するとぐにゃりと身体がねじ曲がる感覚がし、視界も変形していく。最初ここに来たときみたいな気持ち悪さと頭痛がしてでも、それはたった数秒だった。
その気持ち悪さや頭痛が無くなったときには、さっきとは違い全てが白白白な空間に来ていた。
すると、声が聞こえてくる。その声の方を見れば男女の神様達と座り込んでいるオスカーさん、そして…
(お師匠…!)
お師匠は何かを話しているようだが、何を話しているかはあまり聞こえない。
お師匠の横には座り込んでいるオスカー様。そしてその前には息絶え絶えの大きな神様。
どういう状況なのか全く理解が追いつかない。お師匠のいつもと変わらない余裕さが余計浮きだっているように見えた。
「クリス。行くぞ」
「…はい」
近づくにつれて、その会話の内容が聞こえてくる。
「どういうことです…?!俺はそんなこと___…!!
アダマス様が…も、俺が半神…って………!!」
そんなオスカーさんの声が聞こえてくる。
(半神…?!)
「えぇ、秘密に…。アダマス…かつての…は三千年前にすでに亡くなっているの。
三千年前からずっと、この国の…強欲な者たちの集まりよ。」
「そんな…!」
どんどん距離が縮まっていく。話の内容もより聞こえてくる。
「彼女はあの日、自身の核を人間として生まれ変わらせることにした。
だけど、彼女自身の神力に耐えられるほどの人間の器を作ることはできなかったの。だから、完全な人間ではなくて濃く神力を宿す場所だけ紙と同じような構造にした。
頭部、心臓、手、口・舌、背骨・脊髄、膝、目。これらの部位は彼女の神力を濃く、濃く宿しているわ。
実際、貴方は疲れにくい体をしているでしょう?これが理由よ」
「…それが、何だというのだ?どう生贄の代わりになる?」
「いい?彼女の神力は膨大よ。それを受け継いだ彼の体もまた膨大な神力を宿している。
その彼の体は、生贄の心を食むよりも何倍だって効果があるのではなくって?
彼の髪一本に宿っている神力は貴方達の神力の三分の一くらいかしら。」
そのお師匠の言葉に神様たちは反応する。暫く討論が続き、最終的には
「では、それを代わりに生贄制度を撤廃しよう。」
「交渉、成立ね。」
僕達がお師匠たちの直ぐ側についた時、そんなお師匠の一言で全ては終わった。
アルビナス様の方を見れば、とても落ち着いた表情で…全てを理解できたような表情をしている。
僕一人だけがわからない、お師匠の真意も、なにも。
「…あら、アルビナスにクリスじゃない。来ていたのね」
お師匠は僕たちに気づいたのか、そう声をかけてくる。お師匠はアルビナス様と目を合わせると何かを伝えるように目を細めた。
「…ミユ、契約についてだが妾が保証人になろう。」
「あら、いいの?」
「妾には神の血が混ざっておるからな。その権利くらいはあるだろう。
よって、契約内容も妾の管轄となる。双方に不利はないようにしよう。
良いか」
そうアルビナス様がお師匠と神様達の顔を見ると、どちらも頷く。
「じゃあ、私たちは帰るわね。行くわよ、クリス」
お師匠はアルビナス様の横にいた僕の腕を引くとそのまま転移魔法でその場を離れていく。
転移する時、アルビナス様の時のような頭痛はなかった。
人間界に戻れば、宿がなんだか騒がしかった。中に入ると神官と思われる人達がたくさんいるのが見えた。
「リリアナ殿、ご同行を願いたいのですが。」
「な、なぜです…?!うちの娘をなぜ連れて行くのです!!」
「そのことは娘さんが良くお分かりでしょう。」
状況を把握するに、生贄となるリリアナさんを神殿の使いである神官が連れて行こうとしているのだろう。そしてそれをリリアナさんのご両親が止めているのだろう。
そして当の本人であるリリアナさんは下をうつむきながらも、どこか決心したような表情をしていた。
「…神官様、あの…!!」
「少し待っていただけるかしら。」
リリアナさんが顔を上げて何かを言おうとしたのをお師匠が遮るようにして神官様に声をかけた。
「まだ、時間の猶予はあるはずよ。神からの告げの時間も控えていると思うけれど。」
「…今まで儀式よりまえにお告げが下ったことはありません。よって、今年もないと思われるが」
「本当に?私はもう少し待ってみたほうがいいと思うけれど。どうかしら?」
お師匠の言葉に、神官様の顔が強張る。おそらく、生贄を庇っていると思われているのだろう。
「…ですが」
神官様が反論しようとした、その時。また遮るようにして次は別の神官が慌てたようにして宿に入ってくる。
「神官長…!!たった今、お告げがありました…!!!」
「…なに…?!」
宿に入ってきた神官が何かを神官長と呼ばれた男に耳打ちする。
「…まさか、そんな…!」
そう呟くと、お師匠の方を見る。まるで、何をした?お前は何者だ、とでも言いたげに。
「あら、お告げがあったのね?ふふ、私の感が当たったようね。それで?どのようなお告げだったのかしら」
「…生贄制度を…、撤廃されるとのことです。」
「あらあら…それではリリアナを連れて行く必要はなさそうね?
早くお帰りになったらどうかしら。
神からのお告げを民衆に発表するための手続きが待っているのでしょう?」
「っ…その通りです。では、失礼します、!」
神官長は最後まで何かを言いたげにお師匠を見ながら、宿を去っていった。それに続いて、他にもいた混乱している神官たちも続いてでていく。
神官が全員居なくなったあと、リリアナは膝から崩れ落ちた。
「ぇ…どういう、こと…?」
「リリアナ、っ…!良かった、本当に良かったわ…!!」
「そうだなっ…本当によかった、お前が連れて行かれなくて…よかった…!!」
崩れ落ちて座り込んだリリアナを彼女の両親が泣きながら抱きしめる。
お師匠はそれをいつもの余裕そうな笑みで、見つめていた。
あの後、リリアナさん達からの大げさな感謝をお師匠は受けながら、「私に言うべきではないわ」とすべて断っていた。
そしてその後あまりの疲れから僕は寝てしまい、詳しくはあんまりわかんない。
でも、朝起きてからもオスカーさんとアルビナス様はまだ帰ってきていなかった。
「お師匠、アルビナス様たちはまだなのでしょうか…?」
「すぐ帰ってくるわ」
お師匠は本を読みながらそう返す。僕は不安で胸がいっぱいだった。
あのとき、神界で聞いた話によればオスカーさんは生贄の代わりにされて、神様に捧げられてしまうことになる。
ということは、死んでしまうことと同じなのでは?そしたら、リリアナさんはオスカーさんに二度と会えなくなることになる。
(そしたら、とっても悲しむんじゃないだろうか。しかも、自分を守るためだって知ったら…尚更。)
僕がそんなふうに外を眺めていると、遠くにアルビナス様の姿が見えた気がした。
(!アルビナス様…!!!)
と
「オスカー、さん…?」
宿の一回に降りれば、リリアナさんとオスカーさんが2人で話している姿とアルビナス様とお師匠が何か喧嘩をしている姿が確認できた。
喧嘩、というよりかはアルビナス様の一方的なぐち、みたいな。
「あっ、アルビナス様…!!おかえりなさい!」
「おい、クリス!お前の師匠に言ってやれ!人使いが荒すぎると!やり方を改めろ!と!」
「え、えっと…?」
「ふふ、クリス。私の部屋で話しましょう。アルビナス、ほら貴女も。」
「ふん!本当に妾は怒っているからな!!」
お師匠の部屋で、事の顛末を…お師匠の計画を教えてもらった。
「つまり…オスカー様の全てを渡す必要はなくて、元々特に神力が多く含まれている左腕だけを渡すつもりだった、ってことですか?」
「えぇ。精神を一部でも渡すと人は壊れてしまうことを知っていたから、ならば身体の一部だけなら良いのではと思ったの。
まあもちろん、オスカーのように神力を多く含むものに限るけれど」
「そ、そうだったんですね…」
「その交渉をするのに何時間もかかるのが面倒だったからといって、妾になすりつけおって!許せん!
なにか対価を渡せ!!」
「あら、私が今まで代わりにやってきた貴女への依頼が対価よ。当たり前でしょう?いつか返してもらおうと思っていたのよ
これで半分くらいね。」
そう言えばアルビナス様は、ぐぬぬ…!!と悔しげに顔をゆがめていた。
僕はすぐにお師匠の部屋から出て、一回にいるリリアナさんと、オスカーさんの様子を見た。
リリアナさんは泣いていて、オスカーさんはいつもと同じ表情に見えた、けど
ぽろり、と零れた涙はきっと勘違いじゃないと僕は思う。