5 怒涛のその後
一夜明けて、水神様からの賜り物をした花嫁である私、ハナを昨日の花嫁行列の要員であった人たちが迎えに来た。
兄とフウタは、迎えが来る前に自宅に帰った。
フウタのとんでもなく恐ろしいスキルも村長としては、利用価値が高い。ハナとタロウ、フウタを含めた三人で夜の間に話し合い、水神様にもどの程度までご協力いただけるのかを確認して、村の発展の方向性を決めた。
フウタが次期村長となり「花嫁」を娶るという今後の予定を、水神様からの託宣という形で儀式のために集まっていた人たちに周知されたので、私たちの計画はほぼ希望通りに実現することだろう。
兄のタロウも、芋を使った酒造りを任せよ、という水神様のお告げをいただいたことで、今後の兄の行動が楽になった。
季節もう夏になろうかと言う時期だったが、ほのかに甘い味のする芋を植えてみた。実際これを手に入れるのには苦労した。流通の停滞している今世では、何事も進めるのに時間がかかる。
しかも品種改良が進んでないので、前世で私が食べていたサツマイモほど甘くもない。あれは反則的に甘いと思うけれど。それでも過去にいた「花嫁」たちのお陰で、少しは改良されてはいるのだ。
問題は流通だけではなくて、ものがない、というところなのだけど。いきおい花嫁一族のスキルに依存してしまうのだろう。それなのにスキルは公表出来ない事情もあって、村の中でも長の一族の力が強くなってしまうのもこうした背景があってのことだった。
……私の固めるスキルの話なんだけど……
すごいわ!土を掘るのは今のところ人力なんだけど、その後……なんと!重機とセメント代わりの使えるのですよ。
固めちゃえば、コンクリート並の硬さよ。
水神様にお願いして、山の湖の支流となっている川から用水路を引いてため池を作っちゃいました。
ありがとう権力!水神様から村の長を仰せつかったフウタが、権力という強権発動して村人総出の土木工事となりました。
一村人では、流石にここまで大掛かりには出来なかったからね。水神様から山の上の水を引かせてもらえたので、生活飲料にも使える水道を作ることが可能になった。
もう山に水汲みに行かなくても、村の中心に作った井戸に行くだけで済むのだ。専門家がいないのと、工業レベルでの水道管なんてまだまだ夢物語なので、上水(井戸)と生活排水を流す下水、という区別をつけられただけ上出来だと思っている。
トイレに関しては、農業用の肥料という使い道があるので水洗トイレの実現は涙をのんで諦めた。
生活排水を浄化できるだけの技術も、今のところ無いのでね。そのうち浄化スキル持っている人が現れたら……と思わないでもないんだけど、一人のスキルに依存してしまうのは現実的じゃないしね。
だってその人が失われたら、生活自体が成り立たなくなってしまうんだもの。
前世で良く読んだネット小説の「聖女」
あれたった一人で国を支えてるって、すごすぎない?国の代表のチャレンジがすぎると思うのよね。
聖女なんて言っても、結局は人間なんだから体調が悪かったり、最悪は死んじゃったりもするわけなのに……
聖女システムは、恒久的に聖女が生まれてくるって言う前提に則った文化だよね。それもきちんと聖女の力を使ってくれるという性善説で。
私もフウタも兄もそこまでギャンブラーにはなれないので、人一人、またはスキルに依存しないように心がけた。
きれいな水と清潔とでできるだけ病気を遠ざけるようにした。下水……今のところ洗剤とか化学薬品とかを使ってない、食器や野菜の洗い物や洗濯、風呂(自然素材の石鹸は使ってる)と言ったものの排水が主なので、小石や砂を使った濾過システムを採用中。
濾過した水はため池に流れ込むようにしている。今のところ畑に撒いたりしているが、いずれは水洗トイレに流したい……
内風呂はまだ夢だけど、村人専用の公衆浴場を作った。もちろん今までも浴場はあったのだが、蒸し風呂だったのを、湯船に湯を張るタイプのものにしたのだ。
兄と私は歓喜に打ち震えている。フウタはどうも前世ヨーロッパの人だったらしくで、そこまで日本タイプの風呂に思い入れはないようだった。
ここまでで、水神様の花嫁になった夜から三年近くかかった。うちの村はフウタが長になってから着実に暮らしやすくなった。
兄の芋焼酎造りは、芋を植える段階から始まった。芋をお酒に発酵させるための麹菌が必要なのだそうだ。前世ではお金で買えたものが、今世にはない。
試行錯誤の末になんだかそれらしきものが出来上がったが、それでやっとのことでスタートラインに立った兄は、村の友人たちの手を借りて初めての芋焼酎を仕込んだ。
先日、まだ若いながらも飲める程度に熟成された焼酎を水神様にお供えしたあと、村の皆に振る舞った。アルコール度数の高いお酒に慣れていないので、薄く薄くお水で割ったんだけど、好評だったので、今年はもっと量を仕込む予定だ。
今から、市に持ち込む日が楽しみなのよね。
兄はお酒の仕込みをしてない時間は、ヤギと餌場を争う鹿を狩ったりして保存食作りなんかも研究しているようだ。
友人の中に、「秘密にしてたんだけど『腐る』スキルがあるんだ」とかいう人がいたらしい。焼酎造りとチーズ作り、発酵の欠かせない二人の目的に沿ったスキルに、兄とフウタの間で熾烈な囲い込みがあったとか無かったとか…
スキルに依存しないといったけれども、まず最初に物を作り出す、ということはとても大事なのよね。その後スキルだけに頼らないように、作り方の研究をする猶予がもらえるからね。
フウタはフウタで、ああでもないこうでもないと言いつつゴートチーズを仕込んでいた。いずれは保存期間の長いハードタイプのチーズを作るべく、乳牛も飼い始めるらしい。
私は牛のエサをどこから調達するのか頭が痛い日々だけれど、ため池作りで来年以降増えるであろうイネわらとか麦わらが使えないかと考え中。
大々的にやりたがるフウタとの舌戦を制した私の方針で、牛の購入は二頭まで。種牛は時期になったら隣村に借りに行く、と言うことで落ち着いた。
この村はまだまだ貧しくて、暮らしていくだけでいっぱいいっぱいなんだけど、水神様のお蔭で光も見えてきました。
「水神様の花嫁」のお蔭で、この村も栄えてきた、と声に出して言う人たちが増えてきたのよね。ちょっと、というかかなりこそばゆい気持ちがするんだけど、おんなじような感謝を私も水神様に持っている。
あの日、白羽の矢が立ったことで、私も兄もフウタも人生が変わりました。もう少ししたら産み月に入るであろう丸いお腹を撫でながら、私は明るい気持ちで水神様の祠を拝む。
これが「相応しいものに矢が立つ」ということであれば、この感謝の気持が水神様のお好みの味であることを祈ってる。