1 ある日突然
朝起きると、家の前に人だかりができていた。
人だかりというのは、家の外に出て初めて分かったことだけど。
いや、なんか騒がしいなっと思って目が覚めたのよね。側にいた兄と二人で目を見合わせて家の外に出たら、村中の人が家の前に集まっていたわけよ。なにこれ?
「白羽の矢が立った、水神様の花嫁はハナだ!」とすごい形相で村長が叫んだので、私、ハナにもなんとなく事の成り行きが分かった次第……
「え?私が花嫁ですか?」ちょっとばかり呆けてしまったのは大目に見て欲しい。だって、花嫁とか言葉は綺麗に言ってるけど、その実態は生贄もしくは人柱なんだもん。
この村は高い山間に位置していて、急勾配にある為に水の恵みが乏しいのだ。雨季はあるのだが水は山の下方に流れていってしまい、この村の農地に撒く分はなかなかに熾烈な争いを経てようやく手に入るという状況だった。
村から数キロ近く離れた水場に毎朝飲水を汲みに行くのが、この村の子どもが受け持つ仕事だった。結構重労働なんだよね〜。
前世のテレビ番組で見た水不足の国そのまんま、というのが現世ハナである私が暮らしている村だった。
貧乏な村に流れ着いて遠巻きにされている、村の中でも事さらに貧しい夫婦の遺児で、村八分的な感じで育ったのが私、ハナと二つ年上の兄のタロウだった。
それでも小さいときにはそれなりに子ども同士のやり取りもあって、村の不文律やタブーなんかもなんとか身につけて厄介者扱いを受けつつもお年頃になったわけよ、兄も私も。
兄は狩猟の腕と整った顔立ちで、村の女の子たちから密かにロックオンされていた。私、ハナも貧しいながらもできるだけ身綺麗にしているので、村の中でも有力者である家の総領息子に鹿肉とか皮なんか貢がれてて、ちょっと良い感じになっているのよね。
それが気に入らないのが、その総領息子フウタに気があるらしい村長の娘のアミなのよね。
いつも自分がお姫様みたいにチヤホヤされることが当たり前みたいにしているワガママ娘なので、陰では男女問わずに距離を置かれている。
「私は特別だから、近寄りがたいのね」なんていう独り言をアミが呟いているのを、聞いてしまったことがある。明後日方向にポジティブが過ぎるので、私はアミには近寄らないようにしている。
だから今回私が水神様の花嫁に選ばれたっていうのにも、ちょっと作為を感じるんだけど……
「水神様の花嫁」というのは、この村を含む近距離圏内に暮らす村々での言い伝えのようなもので…
五十年に一度、山の湖に住むと言われている水神様に花嫁を献上すると村を繁栄させて下さる、という感じのよくある神様との取引みたいなおとぎ話。
山の頂上付近にある湖に、水神様がいるかどうか、そこからしてホントか嘘かわからないんだけど、この世界には居るらしいのよね、神様……
この世界っていうもの変なんだけど、私は最近まで前世暮らしてた現代日本のすっごい昔、江戸時代とかに逆行して生まれてきたんだと思ってたのよね。
前世を思い出したのは、両親が亡くなった頃。既に現世での価値観や所作とかが身についてたから、さほど現世で生きる苦労というのは、無かった。
それがどうも異世界だったらしいってことに気がついたのは、二年前に兄のタロウが、魔法を使って狩りをしていたらしいって分かったからなんだけど。
ちょっとした傷薬用の軟膏を作りたいから、薬草を山に摘みに行きたいって兄に言ったら、狩りに行く兄に同行することになって、なんとタロウったらその狩の時に矢をつがえずに弓を引いてたのよね。
「兄さんったら、矢をつがえもしないで弓引いて、粗忽も良いとこ、馬鹿じゃんw」って思ってたら、兄が弓を射た格好になった途端に空から鳥が落ちてきたんだよね。
目が飛び出るって、ホントこのことかと思ったわよ。
そのまま兄を問い詰めたら、「あれ?知らんかったか?わしのスキルは狩人なんでな〜」って呑気に返事されたもんだから、もう混乱しちゃって!
またまた詰問のはじまりよ。
なんでもこの世界では、十歳のお正月に村にある神様の祠にお供えをしてご挨拶をしたら、スキルを授かるんだって。
はぁ?私その時点でもう十四歳なんだけど?なんで私がそれを知らんのよ?と兄に詰め寄ったら……
私が十歳の冬、ちょうど両親が立て続けに病に倒れて亡くなっちゃったもんだから、そのドサクサで忘れてたらしい。
まあ兄自身も私と二つしか変わらない上に、一度に両親を亡くした身の上なんだからそこは大目に見てもいいと思うんだけど、なんで今まですっかり忘れ去ってたのよ!
まだ大人でもない兄が、狩の腕一つで妹の私まで養ってくれることに対して、子どもの身で何の役にも立たない自分を後ろめたく思ってたのに……
いや、もちろん感謝は今でもしてるんだけどね、なんというか兄ばっかりチート使ってズルいっていう気持ちも否めないのよね。
別段スキルをいただく時期もお正月限定ってわけでもないらしかったので(一年の中で一番の農閑期で暇な時期であることと、ちょっとしたお祭り感を出すためにお正月にやってたらしい)、下山したその足で薬草と兄の狩った鳥をお供えに行きました。
アミにおもねる村の人たちから、ちょっとばかり距離を置かれてたせいで、他の人がスキル使ってる姿も見たことも無ければ、10歳の儀式の話すら聞いたこと無かったのよね。
私のスキルは「固める」だった……
せっかくの異世界ファンタジー生活なのに、なんか地味ってショックだったのは二、三日のこと。
家の隙間を泥で埋めてしっかり固めたり、糊代わりにスキルで固めた質の悪い和紙を作ったりと、生活の足しになることにスキルを多用いたしました。
隙間風とはおさらばしたし、質が悪いとはいえ紙を作ったもんだから、それを町に持っていくと良いお金になるんですよね。お陰でフウタから見初められるくらいには、身繕いできるようになったのに……
フウタの嫁になって養ってもらうのもありかな、とか思ってたんだけどな。だってフウタってちょっとばかり脳筋タイプだけど、よく働くしヤギたくさん飼ってて、この村の数少ない甲斐性のある男なんだもん。
それが、ここに来て「水神様の花嫁」だなんて……
実際のところ、それが何なのかこの村に詳しく知ってる人はいないので、近い内に前回に「花嫁」を出した家の人が神事の説明にやって来ることになってるんだよね。
私、ハナは村長の家の座敷牢みたいな部屋に、白羽の矢が立ったその日から暮らしてるので、食事を運んでくる下働きの女中の噂話に付き合うことしか、することがないもんだから、ちょっとその辺に詳しくなっちゃったわよ。
「水神様の花嫁」どう考えても言葉のインパクトが「人身御供」なんだけど…… 私の現世は嫁に行く前に終わってしまいそうです。