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銀鞭の魔術師 〜最強魔術士かく戦えり〜  作者: ide


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第六十七章 襲撃



 バナージュが感じる匂いは、日を追うごとに濃くなっていった。

クレアマシスが直轄領との間を何度も往復して、ヴェロニカからも定期的に情報が届いた。少しずつ、霧の中に輪郭が浮かび上がってくるような感覚だった。

「接触した人物の足取りが掴めてきた」

ある夜、クレアマシスが地図を広げた。羊皮紙に描かれた大陸の地図に、いくつかの印がついている。

「ギエル、ジンジュード、ソロニス、リセイゴス。この順番で動いている。出発点は常にギエルの北部、レオに近い場所よ」

「レオから動いてる」パランが地図を覗き込んだ。

「ええ。そしてヴェロニカが掴んだ情報によると、その人物はギエル王宮に出入りできる立場にある」

「王宮に」

「王に近い重臣、あるいはそれに準じる立場の人間」クレアマシスは静かに続けた。「極めて優秀で、各国の王侯貴族に顔が利く。普通に動いていれば誰も疑わない人物よ」

ミカは地図を見ながら言った。

「その人が邪竜の残滓に操られてる?」

「操られている、というより」クレアマシスは少し間を置いた。「もともとその人物自身の思想がある。邪竜の力はそれを増幅して、歪めている。本人は自分が正しいと信じて動いている」

「たちが悪いね」パランが言った。

「ええ。命令に従っているだけの者より、はるかに」

マオが首を傾げた。

「混乱させたら何がいいの?」

「さあ」クレアマシスは静かに言った。「それが分からないのが一番厄介なところよ」

その夜遅く、バナージュがミカを呼んだ。

縁側に出ると、バナージュが山の方を向いて立っていた。月が出ていた。春の夜にしては、空気が冷たかった。

「どうしたの」

「明日か、明後日か」バナージュは低く言った。「来る」

「確信ある?」

「ある」

ミカは黙って空を見上げた。

星が出ていた。風がなかった。嵐の前の静けさに似ていた。

「……みんなに伝える」

「ああ」

翌朝、ミカは全員を集めた。

パランはすぐに頷いた。マオは拳を握った。クレアマシスは静かに魔力を確かめるように手を動かした。ゾラは無言でミカを見て、それからエリカに目を向けた。

エリカはくうを抱えて、じっとミカを見ていた。

「エリカ」ミカは膝をついてエリカと目線を合わせた。「戦いになるかもしれない。怖かったら隠れていていい」

エリカはしばらくミカを見ていた。

それから首を横に振った。

「かくれない」

「でも危ないよ」

「ミカがいる」エリカはくうをぎゅっと抱きしめた。「くうもいる。かくれない」

くうが金色の目でエリカを見上げた。ゆっくりと、一度だけ瞬きをした。

ゾラが静かに言った。

「俺がそばにいる」

ミカはゾラを見た。ゾラは短くそれだけ言って、それ以上何も言わなかった。

それで十分だった。

その日は普段通りに過ごした。

パランとマオが修行をして、エリカが畑の手入れをして、ミカが領主の仕事をした。ガッツ爺さんが書類を持ってきて、村の子供たちが広場で走り回っていた。

いつもの一日だった。

でも全員が、静かに備えていた。

夜になった。

村が眠りに就いた頃、バナージュが立ち上がった。

「来た」

 最初に気づいたのはトフィーだった。

『北の森、複数いる。魔力が歪んでいる』

ミカは銀鞭を手に取った。

「何人?」

『十人以上。全員、魔人化している』

パランが白虎の力を纏った。その目が金色に光る。マオが木剣を握った。クレアマシスが静かに魔術の準備を整えた。

「マオ」パランが言った。「エリカとゾラのそばを離れるな」

「分かった」マオの顔が真剣だった。「絶対守る」

村の北の入口から、影が現れた。

十二人。全員の目が濁った赤に染まっていた。魔人化の進んだ者たちだ。体格がばらばらで、装備もばらばらだった。兵士ではない。各地から集められた、操られた人間たちだ。


 −−−−−何者かのの手駒。


先頭の男がミカを見た。目に理性はなかった。

「聖魔術師を——」

ミカの髪と瞳が銀色に変わっていく。

ミカは銀鞭を振った。

聖炎が走った。先頭の男を薙いで、その魔人化した力を浄化する。男がよろめいて、膝をついた。目の濁りが薄れていく。

「全員浄化する。殺さないで」

「分かってる」パランが踏み込んだ。

白虎の力を纏ったパランの動きは速い。二人を同時に組み伏せて、地面に押さえつける。クレアマシスが魔術で三人を縛った。

残り七人が広がった。

その時、村の中から悲鳴が上がった。

別の入口から、三人が村に入り込んでいた。

エリカの畑の方角だった。

「エリカ!」

ゾラが動いていた。でも距離がある。マオが走った。間に合わない。

エリカは畑の前に立っていた。

くうを胸に抱えて、その三人と向かい合って。

怖いはずだ。震えているかもしれない。

でもエリカは動かなかった。

「……ここ、とおれない」

小さな声だった。でもはっきりしていた。

魔人化した三人がエリカに向かって動いた。

その瞬間、くうの金色の目が光った。

地面が揺れた。

エリカの足元から、岩が盛り上がった。大きな岩が三つ、魔人化した者たちの前に立ち塞がるように現れた。三人が弾き飛ばされて、地面に転がった。

エリカはくうを抱えたまま、震えながら立っていた。

「……くう」

くうがエリカの腕の中でゆっくりと瞬きをした。

マオが追いついた。転がった三人を押さえつけて、ゾラが縄で縛った。

ミカが残りの敵を聖炎で浄化し終えた時、村は静かになっていた。

全員が無事だった。領民に怪我人は出なかった。

ミカはエリカのところに駆け寄った。

「エリカ、大丈夫?」

エリカはミカを見上げた。

目に涙が溜まっていた。怖かったのだ。当然だ。六歳の子供が魔人化した大人と向かい合ったのだから。

でもエリカは泣かなかった。

「まもれた」

「うん」ミカはエリカをぎゅっと抱きしめた。「守れたよ」

エリカはミカの胸に顔を埋めた。くうがその間に挟まれて、静かにしていた。

パランが息をつきながら言った。

「全員確保。死者なし」

「ありがとう」

クレアマシスが浄化された者たちを見回した。その目が静かに、でも鋭く動いた。

「何者かが動かした手駒、ね。でも」

「でも?」

「これは探りよ。本命ではない」クレアマシスは静かに言った。「私たちの力を測るために仕掛けた」

ミカは手の中の銀鞭を見た。

「エリカのことは」

「計算外だったはずよ」クレアマシスは少し目を細めた。「それだけは確かね」

夜が明けていた。

村の広場に朝の光が差し込んできた。エリカの畑の岩が、朝日を受けて静かに光っていた。

ミカの髪と瞳は黒く戻っていく。

朝日の光に照らされて反応しているように見えた。

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