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銀鞭の魔術師 〜最強魔術士かく戦えり〜  作者: ide


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第六十五章 森の向こうから



クレアマシスが来たのは、バナージュが異変を感じてから四日目の朝だった。

ミカがパランとマオの修行を見ていると、バナージュが山の方を向いた。

「来る」

「何が?」

「エルフじゃ」

それだけ言った。

しばらくして、北西の森の方から人影が現れた。白銀の髪が朝の光に透けて、小柄な体がするすると草を踏んで歩いてくる。見た目は十代の少女だが、その目だけが百年以上を生きた者の深さを持っていた。

「クレアマシス!」

ミカは思わず駆け寄った。

クレアマシスはミカを見て、少し目を細めた。

「元気そうね。領主業は板についた?」

「少しずつ。来るなら連絡してくれればよかったのに」

「急いだから」

その一言で、ミカは表情を引き締めた。クレアマシスが急ぐ時は、それなりの理由がある。

裏庭に全員が集まった。パランが木剣を下ろして、マオがクレアマシスをじっと見た。

「この人だれ?」

「マオ、失礼だよ」パランが窘めた。

「いいわ」クレアマシスはマオを見た。「初めまして。クレアマシス。ミカの魔術の師匠よ」

「ミカの先生?」マオは目を丸くした。「ちっちゃい」

「マオ!」

「見た目だけね」クレアマシスは涼しい顔で言った。「中身は違う」

マオはしばらくクレアマシスを観察してから、こくりと頷いた。

「なんか、すごいひとっぽい」

「正解」

エリカが畑から顔を出した。くうを抱えて、土だらけの手をしている。クレアマシスを見て、ぱっと顔を輝かせた。

「クレアマシス!きた!」

「エリカ、大きくなったわね」

「うん!にんじんそだててる!」

「後で見せて」

エリカは満面の笑みで頷いた。

縁側に全員が腰を下ろした。ゾラが黙って茶を持ってきた。クレアマシスはゾラに軽く頷いて、湯飲みを受け取った。

「本題に入るわ」

クレアマシスは全員を見回した。

「エルフ直轄領の調査網に引っかかったことがある。各国の上位貴族の中に、魔力の質が変質している者が複数いる。呪具によるものでも、通常の魔術によるものでもない。もっと根の深い何かよ」

「邪竜の力?」ミカが聞いた。

「そう思って調べた。封印した七か所は全て正常だった。でも」クレアマシスは少し間を置いた。「封印とは別に、大陸のどこかに邪竜の力の残滓が眠っている可能性がある。長い時間をかけて少しずつ滲み出して、器になりやすい人間に憑いている、そういう感じね」

バナージュが低く言った。

「われが感じた匂いと一致する」

「バナージュが感じたなら間違いない」クレアマシスはバナージュを見た。「いつから?」

「四日前から薄く。昨夜は少し弱まった」

「方角は」

「北西……エルフ直轄領の方角から流れてくる」

クレアマシスの目が鋭くなった。

「直轄領の中ではない。でも、その方角から来ているとしたら……」

しばらく沈黙があった。

トフィーが念話を寄越した。

『クレアマシス、ミカの魔力を調べてみて』

「何で?」

『さっきからずっと気になってて。ミカの魔力の量、前より全然違う気がする』

クレアマシスがミカを見た。何かを確かめるような目だった。

「ミカ、少し魔力を流してみて。ほんの少しでいい」

「え、何で急に」

「いいから」

ミカは銀鞭を握って、魔力をわずかに流した。

クレアマシスの目が大きくなった。

珍しい。クレアマシスがそんな顔をするのを、ミカはほとんど見たことがなかった。

「クレアマシス?」

「……ミカ、あなた自分の魔力量を把握している?」

「そんなに多くないと思うけど」

「逆よ」クレアマシスは静かに言った。「とんでもなく多い」

ミカは首を傾げた。

「そんなこと、ないんじゃ」

「バナージュ」クレアマシスはバナージュを見た。「あなた、ミカと正式に契約しているの?」

「そうじゃが」

「いつから」

「……かなり前からじゃ」バナージュは少し居心地悪そうに言った。「何か問題があるか」

「問題じゃない」クレアマシスはゆっくりと息をついた。「ただ、クリスタルドラゴンと正式契約した聖魔術師の魔力量がどうなるか、文献に記録がなかったから実感がなかっただけ」

「どういうこと?」ミカが聞いた。

「神獣と契約すると、契約者の魔力の器が広がる。バナージュはクリスタルドラゴン、神獣の中でも最上位に近い存在よ。その力と聖魔術師の力が合わさったら……」クレアマシスはミカを見た。「あなたの魔力の器は、普通の魔術師の何十倍もある。本人が気づいていないだけで、ずっとそうだった」

裏庭が静かになった。

パランが目を丸くしていた。マオが口を開けていた。

ミカは自分の手を見た。

何も変わらない。いつもと同じ手だ。銀鞭を握り慣れた、少し硬くなった手のひら。

「……全然気づかなかった」

「気づかない方が普通よ。あなたはまだその器を使いきっていない。聖炎も光拳も、まだ入り口にいる」

「入り口」

「そういうことよ」クレアマシスは静かに、でもはっきりと言った。「ミカ、あなたにはまだ先がある」

バナージュが鼻を鳴らした。

「当然じゃ。われと契約しておるのだから」

トフィーが穏やかに笑った。

『知ってた』

「知ってたの?」

『なんとなく。ずっとそんな気がしてた』

ミカはしばらく黙っていた。

膨大な魔力。自分の中にあるのに、まだ届いていない力。

怖いとは思わなかった。ただ、静かに、腹の底に落ちてくるものがあった。

「……使いこなせるかな」

「それを見つけるのが、これからよ」クレアマシスは立ち上がった。「さて、調査の続きをしましょう。バナージュが感じた方角を詳しく教えて」

「ああ」

縁側が動き始めた。

エリカが畑からまた顔を出した。

「クレアマシス、にんじんみにくる?」

「後でね」

「やくそく?」

「約束」

エリカはにこっと笑って、また畑に戻った。

春の風が、北西から吹いてきた。

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