第六十一章 それぞれの道へ
別れの朝は、穏やかに来た。
ガンドランドの空が青く晴れて、幸運の尻尾亭の前に全員が集まった。荷物を持って、それぞれの行き先を持って。
最初に声を上げたのはリューグだった。
「拙者はジルワンドどのに報告してから、また冒険者として動くでござる」
「また依頼があれば来てください」
「もちろんでござる」リューグは笑った。「銀鞭の魔術師の仲間というのは、なかなか箔がつくでござるからな」
アリーシャがリューグの隣で静かに頷いた。
「また会う」
それだけだったが、アリーシャにしては饒舌だとミカは思った。
パランがミカの前に立った。
「俺はレイウォールに戻る。近衛の仕事がある」
「うん」
「でもミカの領地、近いからな。顔出すよ」
「待ってる」
パランは少し照れたように笑って、それからエリカを見た。
「エリカ、達者でな」
「うん!またくうみせる!」
「ああ、楽しみにしてる」
ゾラがミカに近づいた。
「俺は……しばらくガンドランドにいる」
「ガンドランドに?」
「エリカが落ち着くまでは、近くにいたい」
ミカはゾラを見た。無口で不器用で、でもずっとエリカのそばにいた人だ。
「ゾラさん、ありがとうございます」
ゾラは短く頷いた。それだけだったが、その目が柔らかかった。
ヴェロニカがミカの前に立った。
「私はソロニスに戻る。領地のこともあるし、まだやることがある」
「はい」
「ミカ」ヴェロニカは静かに言った。「あなたと旅ができてよかった」
ミカは少し驚いた。ヴェロニカがそんなことを言うとは思っていなかった。
「私もです」
「また呼ぶかもしれないわ」
「いつでも」
ヴェロニカはかすかに笑った。それからエリカを見た。
エリカがヴェロニカに駆け寄って、ぎゅっと抱きついた。
ヴェロニカは一瞬だけ固まった。それからゆっくりと、エリカの背中に手を回した。
「またくる?」
「……ええ、また来る」
「やくそく?」
「約束」
エリカはヴェロニカから離れて、にこっと笑った。ヴェロニカの目が、いつもより少し潤んで見えたのはミカの気のせいだろうか。
アーティがミカに近づいた。
「またね、銀鞭の魔術師」
「またね、アーティ」
「聖炎、大切に使って」
「うん」
アーティはヴェロニカの隣に戻った。二人が馬に乗って、南へ向かって歩き出す。アーティが振り返って、小さく手を振った。
その背中が見えなくなるまで、エリカは手を振り続けた。
カリナがミカの隣に立った。
「わしはジンジュードに少し寄ってから、ジンジュードリアに戻るかの。カリナとしての仕事もあるからね」
「カリナさん」
「うん?」
「ルクスの話、ありがとうございました。いつも」
カリナはミカを見た。それからにこにこと笑った。
「ルクスが見たら、泣くじゃろうねえ」
「泣かないと思います」
「泣くよ。絶対泣く」カリナはミカの頭をぽんと撫でた。「りっぱになったのう、ミカちゃん」
ミカは少し目が熱くなった。
バナージュが大きく伸びをした。
「われはクリスタルマウンテンに帰る。留守にしすぎた」
「バナージュ、ありがとう」
「礼はいらん」バナージュはミカを見た。「ミカ」
「うん」
「お前は、なかなかやるな」
それだけだった。でもバナージュにしては最大級の言葉だとミカは知っていた。
「ありがとう、バナージュ」
バナージュは鼻を鳴らして、翼を広げた。トフィーがその隣に並んだ。
『ミカ、私もしばらくはクリスタルマウンテンに戻るね』
「うん、また会いに行く」
『待ってるよ』
トフィーが金色の毛並みを輝かせながら、バナージュの背に飛び乗った。
「ウサギ、勝手に乗るな」
「いいでしょ、減るものじゃないし」
「減る。われの威厳が減る」
二人……一頭と一羽が言い合いながら空へ上がっていく。その姿が遠ざかっていくのを、ミカはずっと見ていた。
最後に残ったのは、ミカとエリカとゾラだった。
ルーナが扉から顔を出した。
「ミカちゃん、もう行くの?」
「はい。領地に向かいます」
「そう」ルーナは少し寂しそうに笑った。「またいつでも来てね。エリカちゃんの畑、ちゃんと水やりしておくから」
「ありがとうございます、ルーナさん」
エリカが裏庭を見た。カブとニンジンとトマトが育っている畑が、朝日を受けて輝いていた。
「かえってくる?」
「うん、また帰ってくるよ」
エリカはくうを胸に抱いた。くうがエリカを見上げて、ゆっくりと瞬きをした。
三人で街道に出た。
リセイゴスへ向かう道だ。パランの家族が住む村、これからミカの領地になる場所へ。
ミカは歩きながら、空を見上げた。
青い空が広がっていた。
師匠の庵があったクリスタルマウンテンの方向に、遠く白い山の頂が見えた。
ルクス師匠。
見ていてくれましたか。
銀鞭を握った。聖炎の感覚が、手の奥に静かにある。
まだ終わっていないことがある。地下の深いところで、何かが動いている。でも今は。
「ミカ、はやく!」
エリカが先を歩きながら振り返った。くうを抱えて、満面の笑みで。
「うん、今行く」
ミカは前を向いた。
銀白の光が、朝日の中に溶けていった。
―――第一部 完―――
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