決意
サクト・ウーバと呼ばれる果物を貰った私とトフィーは、庵に帰ると、サクト・ウーバと一緒に軽い食事を済ませて、その日は早々と寝てしまった。
寝台の上で聖母神ユミルファの言っていた、「水晶の砦」のことを考えていた。
「ねぇ、トフィー…水晶の砦って知ってる?」
『水晶の砦…ですか?うーん…水晶山の入口にある、聖地を守っている場所、その程度でしたら知っておりますが』
トフィーは、私のお腹の上で金色の体を丸くしていた。
「その場所に聖銀があるらしいのよね」
『ミカ様は、場所をご存知なのですか?』
「とても危険な場所なの。それに私…いくら聖魔道士になれるとはいえ、魔法が全然使えないから、どうしたらいいのかわからないわ」
『魔法ですか…それでしたら、魔法が得意な方に教えてもらうのはどうでしょう?』
「魔法が得意な人?…例えばどんな?」
『そうですね…エルフ族なんかは、魔法がうまく、魔力が高いと聞きます』
「エルフか…あ、そう言えば師匠がたまにエルフの人と昔どうだったとか話していたな」
『もしそんな方がいらっしゃるのでしたら、尋ねてみるのもいいのではないでしょうか?』
「そっか、わかった。ありがとうトフィー」
私はそう言って、トフィーの頭を右手で撫でる。トフィーは気持ち良さそうに私の手に擦り寄ってきた。
翌日、目が覚めるといつものように身支度を整え、朝食の準備を始める。トフィーは私の左肩の上にいた。
「師匠が言ってたエルフの人、何て言ってたかな…くる、くら…そう!クレアマシスって言ってたっけ…」
『クレアマシス!?』
「どうしたのトフィー?私なんか変なこと言った?」
『…ミカ様、クレアマシスと言えば大陸に名が響いている方しか思い当たりません…。大賢者クレアマシス、エルフの王で魔道の叡智を極めた者と言われております』
「えっ!?そんなすごい人なの?師匠は親しい友達みたいな感じで話してたけど…」
『ミカ様のお師匠様は、すごい方だったのですね。光拳の名は伊達ではありませんね、うーん…』
「そっか、でもエルフって国を持ってたっけ?」
『国家ではなく、エルフの統治領があります。エルフ領はギ・エルキン公国とリサイゴス王国の国境付近、ここかずーっと東に行った場所にあります。』
「そうなんだ、トフィーが色々知っているおかげで助かるよ。フフッ…」
『私はただ長生きしてるだけです』
「えっ…因みに何年くらい生きてるの…?」
「えっと…350年と少しですね、神獣としてはまだまだ若い方です」
私は驚いて料理を盛ろうとしたお皿を落としそうになった。
「っさ、さんびゃくごじゅうねん!?…私なんか偉そうなこと言っててごめんなさい!」
『ミカ様、それは気にする必要ありません!私は神獣としてやっと成人になったくらいしか生きていないのです。ですからミカ様と何も変わりません」
「時間が違うってこと…なのかな?」
『簡単に言えばそういうことだと思います。それに私がミカ様の従魔になりたかったのです…私は確かに幸運をもたらす神獣です。ですが、弱い魔物にさえ簡単に倒されてしまう存在…。あの日私が治療を受けた時、私はミカ様の生体エネルギーを受け取りました。それが私には本当に心地良かったのです、今までに感じたことの無いほどに…ですから、私はミカ様の下僕として生きていくことは、とてもありがたいことなのです。』
「わかったわ、トフィー!ありがとう、そして改めてよろしくね」
『いえいえこちらこそよろしくお願い致します!』
私は改めて朝食を作り、テーブルに並べる。山菜と干し肉のスープにパン、そしてサクト・ウーバの残り、トフィーには山菜とサクト・ウーバを皿に盛って差し出す。
私は朝食を取りながらトフィーに声をかけた。
「ねえトフィー、私は今のままの生活でもいいのだけど、お母さんが私を生かしてくれた…そして師匠も私を実の子供のように育ててくれたと思う…。だから今のままではいけない気がするんだ。何ていうかもっと成長しなければいけない気がする」
『私はミカ様が選ぶ道は必ず意味があるような気がします。それが聖母神様の導きなのかもしれませんが、ミカ様ならどんなことでも道を開く気が致します』
「ありがとうトフィー、聖母神様も私を見ていると言ってた。私はまだまだやらなければならないことがあるんだと思う。だとしたらやるだけやってみる。それがお母さんが私を残してくれた、そして、師匠が厳しく指導してくれたことの意味なんじゃないかと思う。よし、決めた!私は山を降りる」
『私はいつもミカ様のおそばにいます!』
「本当にありがとう、トフィー!じゃあご飯を食べて旅立つ準備をしよう!」
そう言って私はトフィーの頭を撫でる。トフィーも喜んでいるのか、いつもよりも美味しそうに食べているように見えた。
朝食が終わると、私は庵の掃除をはじめる。家具や生活品は最低限しかないので、そのままにしておくことに決めた。
少しだけ保管していた狩りで手に入れた素材も売り、旅の支度金を作ることにする。まあ、あまり期待は出来ないけど。
掃除が終わり、私は庵に一礼する。そして師匠と亡き母に祈りの言葉を捧げた。
「よし、じゃあ行こうかトフィー!」
『はい!ミカ様』
私は庵に背を向け歩き出す。何故か振り返る気が起きなかった。