第五十八章 エリカと地母神
クレアマシスから詳しい返事が来たのは、パランが旅立って数日後のことだった。
カリナが水晶球から戻ってきて、テーブルに座った全員を見回した。
「クレアマシスが言うには、テラの祝福を持つ者はいつか必ずテラの教会に呼ばれるそうじゃ。その時が来たかどうかは、本人が一番よく分かるらしい」
全員の視線がエリカに向いた。
エリカは首を傾げた。
「よばれる?」
「うん。なんか、ソロニスに行きたいなって思うことない?」
エリカはしばらく考えた。それから、こくんと頷いた。
「……いきたい」
「どうして?」
「わからない。でも、いきたい」
カリナとミカが目を合わせた。
「行きましょう」
ヴェロニカが静かに言った。
「テラの教会はソロニスにある。私の領地からも近い。案内できます」
「ヴェロニカさんも一緒に来てくれますか?」
「もちろん」ヴェロニカはエリカを見た。「エリカが行くなら」
エリカがヴェロニカを見上げてにこっと笑った。
「いっしょ?」
「一緒よ」
ゾラが静かに立ち上がった。
「俺も行く」
誰も止めなかった。ゾラがエリカのそばを離れたことは、旅を始めてから一度もなかった。
バナージュが鼻を鳴らした。
「われも行く。荷物運びではなく、念のためじゃ」
「分かってるよ」
こうして翌朝、全員でソロニスへ向けて出発した。
ソロニスの大地は、季節が変わり始めていた。
広大な農地が続いて、遠くまで畑が広がっている。麦の穂が風に揺れて、黄金色の波のようだ。エリカはバナージュの背の上から、その景色を目を輝かせながら眺めていた。
「おおきいはたけ」
「ソロニスは農業の国じゃからな」とカリナが言った。「大陸中の食べ物を作っておる」
「ぜんぶはたけ?」
「ほとんどそうじゃな」
エリカはしばらく景色を見ていた。それからぽつりと言った。
「きもちいい」
「うん?」
「ここ、きもちいい」
ヴェロニカが馬の上からエリカを見た。
「土地の気配を感じているのかもしれないわ。テラの祝福があるから」
エリカはよく分からない様子だったが、また景色に目を戻した。その顔が、いつもより穏やかだった。
テラの教会は、ソロニス南部の丘の上にあった。
古い石造りの建物で、壁に蔦が絡まっている。でも荒れた感じはしない。手入れが行き届いて、庭には花が咲いていた。教会というより、大きな農家に近い雰囲気だ。
門の前に立つと、中から老いた神官が出てきた。白い衣をまとった、穏やかな顔の女性だ。
「お待ちしておりました」
「待って……いたんですか?」
ミカが聞くと、神官は笑った。
「テラ様から、お客様が来ると聞いておりまして」
全員が顔を見合わせた。
神官はエリカを見て、静かに頭を下げた。
「よくいらっしゃいました。どうぞ中へ」
エリカは少し緊張した顔をしながら、それでも神官の後についていった。
教会の中は静かで、薄暗く、土の匂いがした。祭壇の前に花が飾られていて、蝋燭の灯りが揺れている。
神官がエリカを祭壇の前に連れて行った。
「テラ様にご挨拶を」
エリカは祭壇を見上げた。それから、ちょこんと座り込んで、両手を合わせた。
「……てらさま、えりかです。きました」
部屋が静かになった。
蝋燭の炎が、風もないのに揺れた。
それから、声が聞こえた。
「はいはーい!」
全員が固まった。
明るくて、軽くて、神様らしさが欠片もない声だった。
光が集まって、形を成した。二十代くらいの女性の姿だ。茶色の髪を無造作に結んで、農作業でもしていたのかという格好をしている。にこにこと笑いながら、エリカを見下ろしていた。
「やっと来たね、エリカ。待ってたよ」
エリカは目を丸くした。
「てらさま?」
「そうそう。テラだよ」
テラはエリカの前にしゃがんだ。エリカと目線を合わせて、ひょいと手を振った。
「元気そうで何より。畑、うまくいってる?」
「うん!カブとにんじんとれた!」
「さすが。私の祝福があればね」テラはにこにこした。「土と仲良くなれるでしょ」
エリカは頷いた。
「つちって、あったかい」
「でしょ」テラは嬉しそうに言った。「私もそれが好きなんだよね」
ミカはその様子を呆然と見ていた。カリナが隣で「あらまあ」と呟いた。バナージュが珍しく言葉を失っていた。
テラがちらりとミカたちを見た。
「あ、みんなもいるんだね。どうもー…あら、アポロスとユミルファちゃんの子もいるのね」
「ど、どうも」
ミカが思わず返した。
テラはまたエリカに向き直った。
「エリカ、一つ教えておきたいことがあってね」
「うん」
「君には私の祝福と、アポロスの祝福、両方あるでしょ」
エリカは首を傾げた。
「ふたつ?」
「そう。でもね、私の方が先にあったんだよ。生まれる前から、ずっと」
エリカはしばらく考えた。
「うまれるまえから?」
「うん。だから土が好きでしょ。畑が好きでしょ。土の匂いが好きでしょ」
エリカはこくこくと頷いた。
「すき」
「でしょ」テラは笑った。「それ、私からのプレゼントだよ。大切にしてね」
エリカはしばらくテラを見ていた。それから、ぱっと笑顔になった。
「ありがとう、てらさま」
「どういたしまして」
テラは立ち上がって、伸びをした。それからミカたちをぐるりと見回した。
「この子のこと、よろしくね。いい子でしょ、エリカ」
「はい」とミカは答えた。「すごくいい子です」
「でしょ」テラは満足そうに頷いた。「じゃ、私はこのへんで。畑の様子も見に行かないといけないし」
「え、もう?」
カリナが思わず声を上げた。テラは振り返ってにこっと笑った。
「また来てねー。エリカ、畑続けるんだよ」
「うん!」
光がふわりと散った。
テラが消えた。
教会の中に静寂が戻った。蝋燭の炎が、また静かに揺れていた。
しばらく誰も喋らなかった。
バナージュが低く言った。
「……思ったより、軽い神じゃったな」
「そうじゃねえ」カリナが笑った。「でも温かい神様じゃったよ」
エリカは祭壇をじっと見ていた。それから振り返って、ミカを見た。
「ミカ」
「うん」
「わたし、てらさまからプレゼントもらってたんだって」
「そうだね」
「しらなかった」
「私も知らなかったよ。でも、エリカが土好きなの、ずっと素敵だと思ってたよ」
エリカはにこっと笑った。
「うん。つちすき」
ゾラがエリカの頭にそっと手を置いた。無言だったが、その手が全てを言っていた。
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