第五十七章 それぞれの場所で
リセイゴスの奥地は、深い森に覆われていた。
街道を外れて二日。人の気配が完全に消えて、足元に踏み固められた道すらなくなった頃、パランは足を止めた。
木々の間に、白い光が滲んでいた。
近づくにつれて、空気が変わっていく。冷たくて、澄んでいて、何か古いものの気配がある。獣の声が聞こえなくなった。風も止んだ。
開けた場所に出た。
岩が円を描くように並んでいた。その中央に、白い石の祭壇がある。苔が生えて、何百年も経っているのが分かる。でも祭壇の上だけ、不思議と苔がなかった。
パランはゆっくりと円の中に入った。
その瞬間、足元が光った。
白い光が岩から岩へと走って、円全体が輝く。パランは思わず身構えた。
『来たか』
声が聞こえた。
人の声ではなかった。深くて、重くて、でもどこか穏やかな声だ。
パランは周囲を見回した。誰もいない。
『ここを見つけられたということは、お前に資格があるということだ』
「あなたは……白虎ですか」
『そうだ』
光が集まった。白い炎のような光が形を成していく。大きな虎の輪郭が浮かび上がった。白い体に、青白い縞。目が、静かにパランを見ていた。
パランは息を呑んだ。
「試練を、受けさせてください」
『何のために強くなる』
パランは迷わなかった。
「守りたい人がいます。隣に立ちたい人がいます。力が足りなければ、守れない」
白虎はしばらく動かなかった。
『試練は三つある。力ではない。魂を試す』
「分かりました」
『始めよう』
白い光がパランを包んだ。
−−−−−−−同じ頃、ガンドランドでは。
エリカが裏庭でニンジンを抜いていた。
「ぬけない」
「こうやるんだよ」
ココルが隣でニンジンの葉を両手で掴んで、ぐっと引っ張った。ぽんと抜けた。
「おお!」
「エリカちゃんもやってみて」
エリカはニンジンの葉を握った。ぐっと引っ張る。なかなか抜けない。もう一度。ぐっ。
ぽん。
「ぬけた!」
エリカは抜いたニンジンを高く掲げた。土がついたままの、でも立派なニンジンだ。
「みて!みて!」
縁側にいたミカが笑った。
「すごいね」
「おおきい!」
ヴェロニカが縁側から眺めていた。エリカがニンジンを持って駆け寄ってくる。
「ヴェロニカさま!」
「見てたわ」
「たべる?」
「……夕食に出してもらいましょう」
エリカはにこっと笑って、またコkルの元へ戻っていった。
アーティがヴェロニカの隣に座った。
「最近よく笑うね、ヴェロニカ」
「そう?」
「うん」
ヴェロニカは答えなかった。でも視線をエリカに向けたまま、かすかに口元が緩んだ。
ミカはその様子を見ながら、トフィーに念話を送った。
『パラン、大丈夫かな』
『大丈夫だよ』トフィーは穏やかに答えた。『あの子は真っ直ぐだから』
『そうだね』
裏庭でエリカがまた叫んでいた。今度はカブが抜けたらしい。ココルと二人で飛び跳ねている。
ミカは笑った。
リセイゴスの聖地で、パランは三つ目の試練に臨んでいた。
最初の試練は孤独だった。光の中に一人で立ち、何も見えない闇の中で自分と向き合った。怖かった。でも逃げなかった。
二つ目の試練は痛みだった。過去の後悔が次々と押し寄せてきた。ミカと別れた日のこと。リセイゴスで何もできなかった日のこと。でも目を逸らさなかった。
そして三つ目。
白虎がパランの前に立っていた。
『最後の試練は戦いではない』
「では何ですか」
『お前が守りたいものを、言葉にしろ』
パランは少し驚いた。
それから、ゆっくりと口を開いた。
家族のこと。ミカのこと。エリカのこと。リセイゴスの人たちのこと。言葉にするにつれて、胸の奥が温かくなっていった。
白虎が静かに頷いた。
『よかろう』
白い光が溢れた。
パランの体に何かが流れ込んでくる。温かくて、深くて、自分の中にずっとあったものが目覚めるような感覚だ。
『お前に白虎の魂を授ける。大切に使え』
パランは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
光が静まった。
聖地は元の静けさに戻っていた。でもパランの中で何かが変わっていた。体が軽い。息が深い。白虎耳がぴんと立って、虎尾がゆっくりと揺れた。
パランは空を見上げた。
青い空が広がっていた。
「帰ろう」
一人で呟いて、歩き出した。
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