第五十六章 白虎への道
パランがカリナに声をかけたのは、夕暮れ時だった。
ルーナが夕食の準備を始めて、エリカとコkルが裏庭で遊んでいる。幸運の尻尾亭の縁側に、カリナが一人でお茶を飲んでいた。
「カリナさん、少しいいですか」
「ふむ、深刻な話かのぅ?」カリナは隣を手で示した。「座りな」
パランは縁側に腰を下ろした。しばらく、裏庭のエリカたちを眺めていた。
「どうしたんじゃ」
カリナが促すと、パランは少し間を置いてから口を開いた。
「ミカのことを見ていて、思うことがあって」
「ほう」
「俺、ミカと同じ頃に修行を始めた。ルクス師匠の元で一緒に汗を流した。なのに今のミカを見ると……全然違う場所にいる気がして」
カリナは何も言わなかった。お茶を一口飲んで、続きを待った。
「聖魔術師だから、って話じゃないんです。ミカは戦いの中で何かを掴んでいる。俺にはまだそれが見えない」
「悔しいかい?」
パランは少し考えた。
「悔しい、というより……焦ってる。このままじゃ駄目だって」
カリナはしばらく空を見上げた。夕暮れの雲が橙色に染まっている。
「パランは白虎族じゃな」
「はい」
「白虎族にはな、昔から伝わる話があるんじゃよ。リセイゴスの奥地に白虎の聖地があって、そこで試練を受けた者だけが本当の力を得られる、という話」
パランの目が変わった。
「……知ってます。でもそれは伝説で」
「伝説じゃない」カリナは静かに言った。「わしは昔、その聖地の近くを通ったことがある。確かにあった。ただ、試練を受けられる者は限られておる。白虎族の中でも、魂の強さを認められた者だけじゃ」
パランはしばらく黙った。
「俺に、受ける資格があると思いますか」
カリナはパランをじっと見た。真っ直ぐな目をした少年だ。曲がったところがない。ルクスが褒めそうな目をしている。
「わしには分からん」カリナは笑った。「でも、行かない理由もないじゃろ。試練が受けられるかどうかは、行ってみないと分からないんじゃから」
「そうですね」
「それにな」カリナはお茶を置いた。「ミカもルクスの修行だけじゃなかった。旅の中で、戦いの中で、人との出会いの中で強くなった。お前もそうじゃろ。足りないと思うなら、動けばいい」
パランは深く息をついた。
それから、顔を上げた。
「行ってきます」
「うん」カリナは頷いた。「ミカに言うてあげな。あの子、心配するから」
パランがミカに声をかけたのは、その夜だった。
全員で夕食を終えて、少しずつ部屋に引き上げていく中で、パランがミカの袖を引いた。
「少しいいか」
二人で外に出た。夜風が涼しかった。星が出ている。
「どうしたの?」
パランはミカをまっすぐ見た。
「俺、リセイゴスに帰る。白虎の聖地で試練を受けてくる」
ミカは少し目を見開いた。
「白虎の試練……?」
「さっきカリナさんと話した。背中を押してもらった」
「そっか」ミカはしばらくパランの顔を見た。「一人で?」
「ああ。一人で臨む試練らしい」
ミカは頷いた。止めようとは思わなかった。パランがそう決めたなら、それがパランの道だ。
「いつ出発する?」
「明日の朝」
「早いね」
「決めたら動きたい性格なんだ」
ミカは笑った。
「知ってる。9歳の時から変わってないね」
パランも笑った。
「お前も変わってないよ。まっすぐなところは」
「そうかな」
「そうだ」パランは空を見上げた。「ミカ、お前を見てて思った。強さって、力だけじゃないんだな。守りたいものがあるから、前に進める。俺にもそれを掴みたい」
ミカはしばらく星を見た。
師匠の声が遠くに聞こえる気がした。お前の力は、お前のものだ。誰のためでもなく、お前自身のために使え。
「パラン」
「うん」
「帰ってきたら、また手合わせしよう」
パランは少し驚いた顔をして、それから笑った。
「絶対勝つからな」
「受けて立つよ」
二人で並んで、夜空を見上げた。
翌朝、パランは早くに出発した。
エリカが見送りに来た。眠そうな目をこすりながら、パランの前に立った。
「どこいくの?」
「修行しに行く」
「つよくなる?」
「なってくる」
エリカはしばらく考えてから、パランの虎尾をそっと握った。
「いってらっしゃい」
パランは膝をついてエリカと目を合わせた。
「ありがとな、エリカ」
それからミカを見た。
「また会おう、銀鞭の魔術師」
「うん、また」
パランは立ち上がって、山道の方へ歩いていった。白い髪が朝日を受けて輝いている。虎尾がゆっくりと揺れている。
その背中が木々の間に消えるまで、ミカはずっと見送った。
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