第五十四章 夜明けの後
夜明けの光が、教会本部の石壁を照らしていた。
外に出ると、バナージュとアーティが待っていた。アーティがミカたちの顔を見て、静かに息をついた。
「終わった?」
「終わった」
バナージュが鼻を鳴らした。
「遅かったな」
「十分早かったよ」
ヴェロニカがザルフを引きずり出した。縛り上げて、意識はある。老人の目がゆっくりと開いて、夜明けの空を見上げた。
「……負けたか」
「ええ」
ヴェロニカは淡々と答えた。
「各国の王に引き渡します。あなたがしてきたことの責任を、きちんと取ってもらう」
ザルフはしばらく黙っていた。それから小さく笑った。
「聖魔術師に負けるとは、皮肉なものだ」
「皮肉じゃないよ」
ミカは静かに言った。
「あなたが守ろうとしなかった人たちが、私を育ててくれたから」
ザルフは答えなかった。ただ目を閉じた。
教会本部の残った兵士たちは、バナージュが外から押さえていた。抵抗する者はほとんどいなかった。首魁が倒れたと分かると、次々と武器を置いた。
ヴェロニカがジュードリアに連絡を入れた。リセイゴス、ギエル、ソロニス、ジンジュード、四カ国の王への使者が動き始めたのはその日の昼過ぎだった。
ザルフは各国の代表が到着するまでの間、教会本部の地下に拘束された。呪具は全て回収され、製造施設は封鎖された。
「後処理は各国に任せましょう」
ヴェロニカが言った。
「私たちがやることは終わった」
カリナが伸びをした。
「ほんとにのう。お疲れ様じゃ、みんな」
アーティがミカの隣に並んだ。
「ミカ、怪我は?」
「ない。ヴェロニカさんは?」
「私も大丈夫」
バナージュが空を見上げた。青い空が広がっていた。雲一つない。
「帰るぞ」
「そうだね」
ミカは空を見上げた。
エリカが待っている。パランも、リューグも、アリーシャも、ゾラも。ルーナとココルも。
早く帰りたかった。
幸運の尻尾亭が見えてきた瞬間、扉が勢いよく開いた。
エリカが飛び出してきた。
「ミカ!」
ミカは膝をついてエリカを受け止めた。小さな体がぶつかってくる。ぎゅっとしがみついてくる。
「ただいま」
「おかえり!」エリカがミカの顔を両手で挟んだ。「まってた!ずっとまってた!」
「ごめん、遅くなった」
「うん」エリカは頷いた。「でもかえってきた」
「うん、帰ってきた」
パランが駆け寄ってきた。
「無事か」
「無事。ザルフは捕まえた」
「そうか」パランは息をついた。「よかった」
リューグが深々と頭を下げた。
「ご無事で何よりでござる」
アリーシャが無言でミカを見た。その目が、いつもより少し柔らかかった。
ゾラがヴェロニカに近づいた。
「怪我は」
「ない」
「そうか」
それだけだった。でもゾラにしては饒舌だとミカは思った。
ルーナが扉から顔を出した。
「お帰りなさい。ご飯、たくさん作ってあるから」
「ルーナさん」
「ゆっくり食べていって。今日はゆっくりしなきゃ駄目よ」
ココルがエリカの手を引いた。
「エリカちゃん、カブ収穫しよ!」
「うん!」
エリカがぱっとミカを離れて、ココルと裏庭へ走っていった。ミカはその後ろ姿を見ながら笑った。
「早いな」
パランが笑った。
「あの子はいつもそうだ」
全員で幸運の尻尾亭に入った。温かい匂いがした。ルーナが大きな鍋を運んでくる。テーブルの上に料理が並んでいく。
バナージュが席に着いて、鍋を見て目を輝かせた。
「肉じゃな」
「バナージュさんの分は多めに用意してあるわ」
「ルーナ、話が分かるのう」
カリナがお茶を受け取りながらにこにこした。
ヴェロニカが窓際の席に座った。アーティがその隣に座る。窓の外に、エリカとココルが裏庭でカブを抜いている姿が見えた。エリカが大きなカブを両手で抱えて、嬉しそうに叫んでいる。声は聞こえないが、顔全体で笑っているのが分かった。
ヴェロニカはしばらくそれを見ていた。
アーティが小声で言った。
「いい顔してる」
「誰が」
「ヴェロニカが」
ヴェロニカは答えなかった。でも視線を窓の外に向けたまま、かすかに口元が緩んだ。
ミカはそれを見て、静かに笑った。
テーブルの向こうでエリカが戻ってきた。両手にカブを抱えて、誇らしげに胸を張っている。
「みて!おおきい!」
「本当だ、大きいね」
「わたしがそだてた!」
「知ってるよ」
エリカはカブをテーブルに置いて、ヴェロニカの隣に座り込んだ。
「ヴェロニカさまにもあげる」
「……ありがとう」
ヴェロニカはカブを受け取った。その手が、少し優しかった。
よろしければ、評価、ブックマークよろしくお願いします。




