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銀鞭の魔術師 〜最強魔術士かく戦えり〜  作者: ide


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第五十一章 ジュードリアへ


ジンジュードの空は、ギエルより低く見えた。

山がちな地形のせいか、雲が近い。街道を北に向かうにつれて、空気が変わっていく。乾いた風が吹いて、遠くに岩肌の山々が連なっている。木々の色も違う。ギエルの森が柔らかい緑なら、ジンジュードの森は深くて暗い。

バナージュの背から降りたのは、ジュードリアの南門から少し離れた森の中だった。地面が落ち葉で厚く覆われていて、足音が吸い込まれるように消える。

「ここから先は目立たずに動く」

ヴェロニカが言った。アーティが人型に戻り、バナージュも翼を畳む。六人が森の木陰に集まった。ヴェロニカが荷物から地図を取り出して広げた。

「本部まではジュードリアを抜けて北に半日。山の中腹に建っている。表向きは古い巡礼地として地図にも載っているけれど、一般の参拝者は近づけないようになっている」

「警備の配置は?」

カリナが聞いた。

「門に十人、外周に二十人は常駐している。ただ夜明け前の交代直後が一番手薄になる。そこを突く」

「結界はどのあたりから始まる?」

「山の入り口から三重になっている。外側は感知系、中層は防御系、内側は……おそらく封じの結界」

「封じの結界か」

バナージュが低く唸った。

「聖魔術を封じるものじゃな」

「そう考えておいた方がいい。だから内部では聖魔術に頼りすぎない動きが必要になる」

ミカは銀鞭を握った。封じられたら、聖炎も使えなくなるかもしれない。でも銀鞭そのものは使える。カリナの鞭も、ヴェロニカの諜報の腕も、アーティのイモータルフレイムも。聖魔術だけが全てじゃない。

「結界を崩すのに専念してくれるなら、中は私たちでなんとかする」

ミカがバナージュとアーティに言うと、バナージュは鼻を鳴らした。

「われに任せろ。時間はかからん」

「私も外から押さえる」アーティが静かに言った。「結界が崩れたら合図を出す」

『私も一緒に行くよ』

トフィーが金色の耳をぴんと立てた。バナージュが面倒そうに横目で見たが、何も言わなかった。それがバナージュなりの了承だとミカは知っていた。

「では夜明け前に動く」ヴェロニカが全員を見回した。「今夜は体を休めておいて。万全の状態で臨みたい」

全員が頷いた。

日が沈むと、森はすぐに暗くなった。

焚火を小さく起こして、六人が輪になって座った。食事を済ませてからも、誰もあまり喋らなかった。風が木々を揺らす音と、焚火が爆ぜる音だけが続く。

カリナだけがのんびりとお茶を飲んでいた。

「カリナさん、緊張しないんですか」

ミカが聞くと、カリナはきょとんとした顔をした。

「緊張?なんで?」

「だって明日、教会本部に乗り込むんですよ」

「そうじゃな」カリナはお茶を一口飲んだ。「でもミカちゃんがいるじゃろ。銀鞭の魔術師が」

ミカは少し照れて、視線を焚火に落とした。

「買いかぶりすぎですよ」

「そうかの」カリナはにこにこした。「ルクスが見たら何て言うかのう」

ミカはしばらく焚火を見つめた。

師匠なら何て言うだろう。きっと何も言わない。ただ腕を組んで、少し目を細めるだけだ。それだけで十分だった、いつも。褒めない。慰めない。でもその目が、全部言っていた。

「頑張れって言ってくれると思います」

「そうじゃな」カリナは笑った。「きっと言ってくれるじゃろ」

アーティが焚火の向こうで静かに膝を抱えていた。その赤い瞳が炎を映している。ヴェロニカはその隣で地図を眺めていたが、やがてそれを畳んだ。

「ミカ」

「はい」

「明日、私の隣にいて」

いつもの底の見えない笑みではなかった。飾りのない、真っ直ぐな言葉だった。ヴェロニカがこんな顔をするようになったのは、いつからだろう。エリカの畑の土を触った日から、少しずつ変わってきた気がする。

ミカは頷いた。

「もちろんです」

バナージュが空を見上げた。星が出ていた。

「われは少し眠る。起こすな」

「誰も起こさないよ」

「念のためじゃ」

カリナがくすくす笑った。

焚火が静かに燃えていた。夜風が木々を揺らして、遠くで梟が鳴いた。ミカは銀鞭をそっと握った。聖炎の感覚が、手の奥に静かにある。

明日、終わらせる。

師匠、見ていてください。

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