第四十三章 出発
国王の正規兵が動き出したのを確認してから、ミカたちはレイウォールを発った。
夜明けの光が石畳に伸びて、街はまだ眠そうな顔をしていた。倉庫街の路地を抜けながら、ミカはちらりと後ろを振り返った。エリカがゾラの手をしっかり握って、小走りについてきている。
「いく?」
「うん、行くよ」
エリカはこくんと頷いた。どこへ向かうのか分かっているのかいないのか、いつも通りの顔だ。
街の東門を抜けると、リセイゴスの平野が広がった。レイウォールは交易の街だけあって、東へ伸びる街道はよく整備されている。遠くに山の稜線が見えた。
「国境付近まで、どのくらいかかる?」
ミカがパランに聞いた。
「馬があれば二日。徒歩なら三日といったところだ」
「バナージュ、頼めそう?」
「われに聞くか」
バナージュが面倒そうに鼻を鳴らした。しかし断らないのがバナージュだ。
「全員は無理だ。小さいのと、ウサギと、あとひとりくらいが限度だぞ」
「じゃあエリカとトフィーをお願い」
「われは荷物運びではないのだが」
「バナージュ、お願い」
少し間があった。
「……まあ、いい」
エリカがバナージュを見上げた。
「のる?」
「乗せてやる。有り難く思え」
エリカはにこっと笑って、両手を上に伸ばした。バナージュは盛大にため息をついてから、エリカをひょいと抱き上げた。
『仲いいね』
トフィーが楽しそうに念話を寄越した。
『うるさい』
バナージュの念話が即座に返ってくる。ミカは笑いをこらえながら街道を歩き始めた。
一行が街道に出て少し経った頃、パランがミカの隣に並んだ。
「なあ、ミカ」
「うん」
「ルクス師匠のこと、聞いてもいいか」
ミカは少しだけ足を緩めた。
「……春に、亡くなった」
「そうか」
パランは黙った。しばらく、街道を踏む足音だけが続いた。
「強かったな、師匠」
「うん」
「俺が泣きながら倒れてても、絶対に慰めなかった」
「私もそうだったよ」
「なのになんか、あの人の前だと頑張れたんだよな」
ミカは頷いた。うまく言葉にならないけれど、分かる気がした。
「師匠なりの優しさだったんじゃないかな」
パランはしばらく考えてから、静かに言った。
「ああ、そうだな」
風が街道を吹き抜けた。遠くでエリカがバナージュの背の上から何か言っている声がした。バナージュがまたため息をついているのが聞こえた。
ミカは前を向いた。
リセイゴスの山並みが、朝の光の中に浮かんでいる。
リセイゴスとジンジュードの国境に連なる山脈は、深い森に覆われていた。
街道を外れて二時間ほど歩くと、人の気配がほとんどなくなった。踏み固められた獣道が続き、木々の間から差し込む光が細くなっていく。
「この先だ」
パランが足を止めて、前方の尾根を指した。
「伝令の動きを追ったら、あの尾根の向こうに消えた。地図にも載っていない場所だ」
ヴェロニカが静かに周囲を見回した。
「気配がある。十人以上、かな」
「もっとおるかもしれんね」
カリナが目を細めた。
作戦はシンプルだった。アリーシャが先行して内部を確認し、人員の配置を把握してから全員で動く。バナージュとアーティは外から押さえ、エリカとトフィーは森の手前で待機。
「エリカ」
ミカはしゃがんでエリカと目を合わせた。
「ここで待っててね。バナージュと一緒に」
「ミカ、いく?」
「うん。すぐ戻るから」
エリカはしばらくミカの顔を見てから、こくんと頷いた。それからバナージュの方を向いて、虎尾をそっと握った。
「いっしょにまつ」
「……分かった」
バナージュが珍しく素直に答えた。
アリーシャが戻ってきたのは、それから半刻ほど経ってからだった。
「中に二十三人。幹部らしき人間が奥の部屋に三人。呪具の箱が積まれている」
「三人か」
リューグが静かに刀の柄に手をかけた。
「入り口の警備は?」
「四人。交代のタイミングは把握した」
ヴェロニカが小さく頷いた。
「では行きましょう」
潜入はうまくいっていた。
アリーシャが警備の隙を作り、カリナが音もなく制圧する。ミカたちは影のように拠点の中へ滑り込んだ。石造りの建物で、内部は思ったより広い。松明の灯りが壁を照らし、どこかから人の話し声が聞こえてくる。
奥の部屋まで、あと少し。
その時だった。
角を曲がった先に、兵士が一人いた。
目が合った。
「侵入者だ!」
声が上がった瞬間、建物の中が一気に動いた。あちこちから足音が響いてくる。
「来るよ!」
ミカは銀鞭を構えた。
廊下の奥から兵士が五人、六人と押し寄せてくる。リューグが前に出て刀を抜いた。カリナの鞭が鋭く鳴る。パランが迷いなく飛び込んでいく。
「ミカ、奥へ!」
ヴェロニカの声が飛んだ。
「幹部を抑えれば終わる。私とアーティで道を開ける」
アーティが人型から変じた。赤と金の炎が廊下を満たし、行く手を阻む兵士たちが一斉に退いた。イモータルフレイムの熱が肌に届く。
ミカはヴェロニカと共に奥へ走った。
重い扉を蹴破ると、広い部屋があった。
三人いた。
どれも教会の上位の者が着る衣をまとっている。その中央の男が、ゆっくりとこちらを向いた。年嵩で、落ち着いた目をしていた。
「来ると思っていたよ、聖魔術師」
男の手に、黒く輝く呪具があった。
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