第三十九章 道中の再会
翌朝、ガンドランドを出発した。
見送りはルーナとココルとジルワンドだった。
ココルがエリカの手を握った。
「また来てね」
エリカが頷いた。
「うん。また」
「お土産はお菓子がいい」
「おかし」エリカが繰り返した。言葉を覚えようとしている。
ココルがエリカを抱きしめた。エリカが少し驚いて、それからココルの尻尾をぽんぽんと叩いた。
「ふわふわ」
「また触っていいからね」
ルーナがミカに静かに言った。
「気をつけて。その子のことも、頼んだわよ」
「はい」
ジルワンドが一行を見回した。
「皆さん、無事で帰ってきてください」それからゾラに向き直った。「ゾラ殿、ルクス殿の縁の方がいてくれて心強い」
ゾラが短く頷いた。
「ジルワンド殿、一つ聞いていいか」
「なんでしょう」
「リューグという冒険者に連絡を取ったか」
ジルワンドが少し目を細めた。
「なぜそれを」
「ルクスの弟子がリューグに推薦状を書いてもらったと聞いた。ジルワンド殿ならその繋がりを使うと思った」
ジルワンドが静かに答えた。
「昨夜、魔術連絡を入れました。リセイゴスのクエストに出ていたようで、すでに返事が来ています」
ミカが驚いた。
「リューグさんがリセイゴスに」
「偶然ですが、好都合でした」ジルワンドが言った。「レイウォールに向かう途中で合流できるはずです」
カリナがくすくすと笑った。
「ジル坊、抜け目ないのう」
「カリナ殿がそういう手を打つだろうと思って、先に動いただけです」
「それを抜け目ないと言うんじゃよ」
バナージュとアーティが並んで飛んだ。
エリカがバナージュの背中で、今日は慣れた様子で座っていた。昨日より怖がっていない。風を受けて、髪が後ろに流れている。
「たかい、すき」
「慣れるの早いね」
「うん」エリカが頷いた。「たのしい」
ゾラがエリカの隣に座って、周囲を警戒していた。無口だが、エリカから目を離さない。不器用な保護者という感じだった。
「ゾラさんって、子供が好きなんですか」
ゾラが少し間を置いた。
「好きかどうかは分からん。ただ放っておけなかった」
「それが好きってことじゃないですか」
ゾラが何も言わなかった。でも否定もしなかった。
エリカがゾラを見上げた。
「おじちゃん」
「なんだ」
「あそこ、なに?」
エリカが下を指さした。大きな川が流れていた。光を受けて、銀色に輝いている。
「川だ」
「かわ」エリカが繰り返した。「きれい」
「そうだな」
ゾラが珍しく、川を眺めた。その横顔が少しだけ柔らかかった。
トフィーが念話を飛ばしてきた。
『ゾラさん、エリカちゃんに懐かれてるね』
「うん。エリカちゃんは人を選ばないね」
『選ばないんじゃなくて、みんなのいいところが見えるんだと思う』
「そういう子なんだね」
カリナが隣で風を受けながら言った。
「アポロスの祝福か。詳細は分からんが、人の心を溶かす力があるのかもしれんのう」
「祝福がそういうものなんですか」
「祝福は人によって全然違う。カリナのは不老と武器マスターじゃ。でも中には、もっと目に見えにくい祝福もある」カリナがエリカを見た。「この子の祝福が何かは、まだ分からん。でも普通の六歳の子とは明らかに違う」
エリカが風の中で目を細めて、遠くを見ていた。
何を考えているのか分からない。でも怖がっていないのは確かだ。
ソロニスとリセイゴスの国境を越えた頃、バナージュが口を開いた。
「前方に人がいる。二人だ」
「気配は」
「敵ではない。こちらに向かって手を振っている」
ミカが前を見た。
街道の上に、二人の人影があった。
一人が大きく手を振っていた。もう一人は腕を組んで立っている。
「あれは」
近づくにつれて、顔が見えてきた。
リューグが駆け寄ってきた。
「おお、ミカ殿! ご無事で何よりにござる!」
「リューグさん、久しぶりです」
「しかし驚いたでござるよ。ジルワンド殿から魔術連絡が来た時は、何事かと思いがしたが」リューグがミカを見て、それから一行を見回した。バナージュ、アーティ、ゾラ、エリカ。目が順番に止まった。「ずいぶん賑やかになったでござるな」
「色々ありまして」
リューグの視線がエリカで止まった。
エリカがリューグを見た。
鎖帷子の上に革の鎧、腰に刀という、見たことのない格好をしている。じっと見た。
「おにいちゃん」
リューグが固まった。
「おにいちゃん?」
「おにいちゃん、かたそう」
カリナが吹き出した。
リューグが苦笑した。
「かたそう、とは言い得て妙でござるな」
「かたい、すき?」エリカが首を傾げた。
「拙者は好きでござるよ。身を守ってくれるゆえ」
エリカが納得したように頷いた。
アリーシャがエリカをじっと見た。気配が薄いので近づいていることに気づかなかったが、いつの間にかすぐ横にいた。
「この子が召喚された子?」
「そうです。エリカちゃんです」
アリーシャがしゃがんで、エリカと目を合わせた。
「はじめまして」
エリカがアリーシャを見た。
「おねえちゃん、どこにいたの?」
「すぐそこにいたよ」
「みえなかった」
「気配を消してたから」
エリカが少し考えた。
「かくれんぼ、じょうず」
アリーシャが珍しく、少し笑った。普段ほとんど表情が変わらない人だが、エリカには笑った。
「そう、かくれんぼが得意なの」
「おしえて」
「いつか教えてあげる」
エリカが頷いた。
リューグがミカに向き直った。
「して、今回の件、ジルワンド殿からざっくりとしか聞いていないでござる。詳しく教えてもらえるでござるか」
「レイウォールに向かいながら話します。長くなりますよ」
「構わんでござる。拙者、長い話はそれほど嫌いではござらん」
一行が再び動き出した。
バナージュの背中に乗りながら、ミカはリューグに事の経緯を話した。封印のこと、教会の一派のこと、リセイゴスの国王のこと。
リューグが静かに聞いていた。
ござる口調の人だが、聞く時は真剣だ。
「……なるほど、大事になっておるでござるな」
「そうなんです」
「ジルワンド殿が拙者に連絡をくれた理由が分かったでござる」リューグが刀の柄を確かめた。「餓狼、久しぶりに使いどころがありそうでござるな」
「頼りにしてます」
「ミカ殿に推薦状を書いたのは、正解だったでござるよ」リューグが静かに言った。「あの時、この子は本物だと思ったでござる。今もそう思うでござる」
ミカは少し照れくさくなった。
「ありがとうございます」
エリカがリューグを見た。
「おにいちゃん、つよい?」
「うむ、強いでござるよ」
「そっか」エリカが頷いた。「みんな、つよい」
トフィーが念話を飛ばしてきた。
『エリカちゃん、いいこと言うね』
「うん。この子の言葉って、なんか真っすぐだね」
レイウォールまで、もう少しだ。
空がだんだんと、海の方向に傾いていく。
リセイゴスは海に面した交易国だ。潮の匂いが、かすかに風に混じり始めていた。
エリカが鼻をひくひくさせた。
「なんか、する」
「潮の匂いだよ。海が近いんだ」
「うみ」エリカが繰り返した。「みたい」
「終わったら見に行こう」
エリカが目を輝かせた。
「ほんと?」
「本当」
エリカがまた、声のない笑いをした。顔全体で笑う、あの笑い方だ。
カリナが隣で静かに言った。
「終わらせないといけないのう」
「終わらせます」ミカが答えた。
銀白の鞭を確かめた。
レイウォールへ。
もうすぐだ。
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