第三十八章 帰還と再会
ガンドランドに着いたのは夜だった。
城壁の外に降りて、バナージュが人型に戻った。エリカがバナージュの着地の衝撃でよろけて、ミカにしがみついた。
「大丈夫?」
「うん」エリカが頷いた。「たのしかった」
「また乗れるよ」
「ほんと?」
「本当」
エリカがにっこりした。
城門をくぐった。夜のガンドランドは灯りに照らされて、石畳が温かく光っていた。
ゾラが周囲を見回した。
「賑やかな街だな」
「職人と商人が多いんです。夜でも活気があって」
「悪くない」
幸運の尻尾亭の扉を開けた。
ルーナがカウンターで帳簿をつけていた。顔を上げて、ミカを見て、目を細めた。
「おかえり。早かったわね」
「急ぎでしたから」
ルーナの視線がエリカに止まった。
エリカがルーナを見た。ルーナの狐耳と尻尾を見て、目を丸くした。
「みみ」
「そう、耳があるのよ」ルーナが微笑んだ。「触ってみる?」
エリカが少し迷った。それからちょこちょこルーナに近づいて、耳にそっと触れた。
「やわらかい」
「でしょう」
エリカがまた笑った。
ルーナがミカを見た。目で聞いていた。事情は?
「明日、全部話します。今夜は部屋を貸してもらえますか。人数が増えました」
「何人?」
「二人」
「用意するわ」ルーナが立ち上がった。「その子、夕飯食べた?」
ゾラが答えた。
「昼から何も食べていない」
「じゃあすぐ作るわ。座って待ってて」
ルーナが厨房に消えた。
エリカが椅子に座った。テーブルの上に手を置いて、木の感触を確かめるように撫でていた。何でも触る子だ。
二階からどたどたと足音がした。
ミカが身構えた。
ココルが飛んできた。
「ミカちゃん、おかえ……」
ココルがエリカを見た。
エリカがココルを見た。
しばらく、二人で見つめ合った。
ココルの尻尾がゆっくり動いた。
「……だれ?」
「エリカちゃん。よろしくね」
エリカがココルを見た。ルーナと同じく、耳と尻尾がある。でも今度は驚かなかった。
「ふわふわ」エリカがココルの尻尾を指さした。
ココルの尻尾がぶんぶん動いた。
「触る?」
エリカが頷いた。
ココルがエリカの隣に座った。エリカがココルの尻尾をそっと触った。コ コルがくすぐったそうにした。
それだけで、二人の距離が縮まった。
カリナがその様子を見て、静かに笑った。
「子供は早いのう」
翌朝、ジルワンドの部屋に全員が集まった。
ゾラを見て、ジルワンドが少し目を細めた。
「ゾラ殿ですか。お名前は伺っていました」
「ジルワンド殿か。ルクスから話は聞いていた」
「では改めて。よろしくお願いします」
二人が静かに頷き合った。
ジルワンドがエリカを見た。エリカはジルワンドの椅子の背もたれに興味を持っていて、木の彫刻をつついていた。
「この方が召喚された少女ですか」
「はい。エリカちゃんです」
「エリカ」ジルワンドが静かに呼んだ。
エリカが顔を上げた。
「よろしくお願いします」
エリカが少し考えた。
「よろしく」
ジルワンドが微かに笑った。普段あまり笑わない人が笑うと、周りが少し驚く。カリナが目を丸くした。
「ジル坊が笑った」
「カリナ殿、その呼び方は」
「嫌じゃ」
ジルワンドが咳払いをして、テーブルに地図を広げた。
「状況を整理します。現在、ジンジュードで勇者召喚が行われた。リセイゴスで国王が幽閉された。ソロニスではヴェロニカ殿が調査中。そしてエルフ直轄領とギエル、ジンジュード、ソロニスの封印は補強済み」
「残りの封印はないんですよね」バナージュが言った。「七か所のうち、クリスタルマウンテンを含めて全て補強した」
「では封印については一段落ということですね」
「ただし呪具が再び置かれれば話は別だ。根本を断たなければ終わらない」
ジルワンドが頷いた。
「教会の一派とリセイゴスの貴族、両方を動けなくする必要があります」ジルワンドが静かに言った。「そのためにはリセイゴスの国王を解放することが先決です。国王が動ければ、国として対処できる」
「リセイゴスにはヴェロニカさんの情報網が入っています」ミカが言った。「合流すれば動きやすくなるかもしれない」
「そうですね」ジルワンドが頷いた。「ヴェロニカ殿への連絡は取れますか」
カリナが魔術連絡用の石を取り出した。
「ヴェロニカさんから渡されておる。使ってみるか」
石を握った。少し待つと、振動が返ってきた。
ヴェロニカの声が響いた。
『カリナさん。ちょうど連絡しようとしていました』
「向こうも同じじゃったか。状況は」
『リセイゴスの情報が入りました。国王はレイウォールの王宮内、東棟に幽閉されています。警備は貴族派の兵士で固められていますが、抜け道があります』
「抜け道?」
『王宮の地下に、古い水路があります。ソーン家の記録に残っていました。そこから入れば、警備を避けられる』
カリナとジルワンドが視線を交わした。
「ヴェロニカさん、今どこにいますか」ミカが石に向かって言った。
『ソロニスとリセイゴスの国境近くです。動こうと思えばすぐ動けます』
「合流できますか」
少し間があった。
『……ええ。レイウォールで合流しましょう』
「分かりました。こちらも急ぎます」
『一つ確認させてください』ヴェロニカの声が続いた。『ゾラという方は合流できましたか』
「はい。今ここにいます」
『そうですか』少し間があった。『エリカという子は』
「無事です。今は幸運の尻尾亭にいます」
『……よかった』
その声が、いつもより少しだけ柔らかかった。
『では、レイウォールで』
石の振動が止まった。
カリナが石をしまった。
「レイウォールへ向かうぞ、嬢ちゃん」
「はい」ミカが頷いた。「エリカちゃんはどうしますか」
全員がエリカを見た。
エリカはジルワンドの地図に興味を持っていて、指で国境の線をなぞっていた。
ゾラが静かに言った。
「連れて行く。離れた場所に置いておく方が危ない。教会の一派がまだ探している」
「一緒に来てもらいますか」ミカがエリカに聞いた。「また飛べるよ」
エリカが顔を上げた。
「とぶ?」
「うん」
エリカが即座に頷いた。
「いく」
カリナが笑った。
「話が早いのう」
エリカが立ち上がって、ミカの手を握った。
小さくて、温かい手だった。
「おねえちゃん、いっしょ?」
「一緒だよ」
「ずっと?」
ミカは少し考えた。
ずっと、と約束するのは難しい。でもエリカの目が、真剣だった。六歳の子の、真剣な目だった。
「できる限り、一緒にいるよ」
エリカが頷いた。
それで十分らしかった。
手を握ったまま、エリカがまた地図を眺め始めた。
トフィーが念話を飛ばしてきた。
『レイウォール、遠いね』
「遠いね。でもバナージュがいるから大丈夫」
バナージュが静かに言った。
「任せろ」
エリカがバナージュを見上げた。
「おねえちゃん、つよい?」
「強いよ。とても」
「そっか」エリカが頷いた。「よかった」
窓の外、ガンドランドの空が青かった。
レイウォールへ。
最後の戦いが、近づいていた。




