第三十七章 集う者たち
ゾラが荷物をまとめて戻ってきた。
革の鞄一つと、腰に剣。それだけだった。長く一か所に留まることを想定していない者の荷物だ。
「少ないですね」
「必要なものだけだ」ゾラが答えた。「昔からそうだ」
エリカがゾラを見上げた。
「おじちゃん、いく?」
「ああ、行く」
「いっしょ?」
「一緒だ」
エリカがほっとした顔をした。ゾラの手をぎゅっと握った。
ゾラの顔が、少しだけ緩んだ。不器用な緩み方だった。子供の扱いに慣れていないが、嫌がっていない。そういう顔だ。
カリナがゾラを見た。
「ゾラ、教会を離れてからは何をしておったんじゃ」
「傭兵まがいのことを少し。今は情報屋だ」ゾラが静かに答えた。「ルクスと同じで、教会のやり方に嫌気が差して出た。それからはずっと一人だ」
「ルクスとは連絡を取っておったかい」
「たまに。最後に連絡が来たのは、二年ほど前だ」ゾラが少し遠くを見た。「あの時は元気そうだった」
「そうじゃったな。最後まで元気な人じゃったよ」
ゾラが頷いた。それ以上は言わなかった。
「ゾラさん」ミカが言った。「教会と別勢力が手を組んだと言っていましたが、別勢力について何か分かりますか」
「少しだけ」ゾラが椅子を引いて座った。「リセイゴスの貴族の一部だ。交易国のリセイゴスは各国との繋がりが強い。その繋がりを利用して、教会の一派と密かに協力関係を結んでいる」
「リセイゴスの貴族が国王を幽閉したのも、その流れで」
「そうだ。国王を排除して、傀儡を立てる。そうすればリセイゴスの交易網を完全に掌握できる。資金と物資の流通を押さえれば、残りの三国への影響力も増す」
カリナが腕を組んだ。
「教会の一派は封印を崩そうとしておる。リセイゴスの貴族は権力を求めておる。利害が一致したわけじゃな」
「そういうことだ」
バナージュが静かに言った。
「封印が崩れれば、権力など意味がない。リセイゴスの貴族は邪竜の復活がどういうことか、分かっていないのか」
「分かっていないか、信じていないかだ」ゾラが答えた。「邪竜の封印など、今の時代では伝説の話だ。実感が持てない者の方が多い」
「実感を持てないまま、大陸を滅ぼす手伝いをしているわけじゃな」カリナが静かに言った。「始末が悪い」
エリカが話についていけないまま、テーブルの隅で植木鉢を抱えていた。重そうにしていたので、ミカが持ってあげた。エリカがにっこりした。
「ゾラさん、勇者召喚を行った者たちは今どこにいますか」
「王宮の関係者と教会の者が混在していた。召喚直後に散り散りになった。エリカが光を弾けさせた時に、かなり吹き飛んだからな」ゾラが言った。「ただし全員ではない。今頃エリカを探しているはずだ」
「ここが見つかる可能性は」
「ある。だから今日中に動きたかった」
「では急ぎましょう」ミカが言った。「まずガンドランドに戻ってジルワンドさんに報告して、それから次の手を考えます」
ゾラが少し間を置いた。
「ガンドランドのギルドマスター、ジルワンドか」
「知っていますか」
「名前は知っている。ルクスが信頼していた人間だ」ゾラが頷いた。「分かった。ガンドランドへ行こう」
全員が立ち上がった。
エリカが植木鉢を持ったまま、立ち上がろうとした。
「エリカちゃん、その植木鉢は持っていく?」
「うん」エリカが頷いた。「つち、いる」
「持っていこう。魔法鞄に入るから」
エリカが目を丸くした。
「まほう?」
「不思議な鞄なんだよ。土も植木鉢もちゃんと入るから」
エリカが植木鉢をミカに差し出した。大事そうに、でも信頼して渡してくれた。
ミカが魔法鞄に入れると、エリカが覗き込んだ。
「すごい」
「すごいでしょ」
エリカがまた笑った。声を出さない、顔全体の笑いだ。
外に出ると、夕暮れが近かった。
バナージュが竜の姿に戻った。
エリカが目を丸くした。
大きな竜を見上げて、固まった。
怖がるかと思った。でもエリカは固まったまま、じっとバナージュを見た。
それからゆっくり近づいた。
バナージュの前足に、小さな手を当てた。
「おおきい」
「……うむ」
「あったかい」
バナージュが何も言わなかった。でも動かなかった。エリカが触るままにしていた。
ゾラがその様子を見て、静かに言った。
「この子は本当に不思議だな」
「そうですね」ミカが答えた。
アーティがエリカの隣にしゃがんだ。
「エリカ、飛べるよ。あの大きなお姉ちゃんの背中に乗れば」
エリカがアーティを見た。それからバナージュを見た。
「のれる?」
「乗れる」
エリカが少し考えた。
それから両手を上げた。
抱っこして、という仕草だ。
ミカが抱き上げると、エリカがミカの首にしがみついた。
「おねえちゃん、いっしょ」
「一緒だよ」
バナージュの背中に乗った。エリカがおそるおそる下を見て、それからぎゅっとミカにしがみついた。
「たかい」
「高いね」
「たかい、すき」
「怖くないの?」
エリカが少し考えた。
「こわい。でも、すき」
カリナが笑った。
「豪胆な子じゃのう」
ゾラがアーティと並んで飛ぶ準備をしていた。アーティのイモータルフレイムを見て、少し目を細めた。驚いているのか、それとも別の何かを感じているのか、表情からは読めなかった。
「行くぞ」バナージュが言った。
翼が羽ばたいた。
エリカが声を上げた。
「わあ」
小さな、でもはっきりした声だった。
地面が遠くなる。ジンジュードの街が小さくなる。川が光る。夕暮れの空が、橙と赤に染まっている。
エリカがミカから少し離れて、恐る恐る下を見た。
それから空を見た。
夕暮けの色に染まった空を、目を丸くして見ていた。
「きれい」
「きれいだね」
「うん」エリカが頷いた。「きれい」
トフィーが鞄から顔を出した。エリカがトフィーを見て、笑った。
トフィーが念話を飛ばしてきた。
『この子、ガンドランドに連れて行ったらココルと仲良くなりそう』
「絶対なるね」
風が吹いた。エリカの癖毛が揺れた。
エリカが両手を少しだけ広げた。風を受ける仕草だ。
「かぜ、きもちいい。とりさんもいっしょ」
エリカがアーティを見てふわりと手を振る。
ゾラが隣でアーティと飛びながら、その様子を見ていた。
その顔が、少しだけ柔らかくなっていた
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