第三十章 本音と打算
夕飯が終わった後、ルーナがさりげなく席を外した。
ココルも二階に上がった。気を遣ってくれているのが分かった。
食堂に残ったのはミカ、カリナ、バナージュ、トフィー。それとヴェロニカとアーティだ。
ヴェロニカが手袋をしたまま、テーブルの上で手を組んだ。
「では本題に入りましょう」
「どうぞ」
「ソロニスの封印の場所は、南部の古い神殿の地下です」ヴェロニカが静かに言った。「ソーン家は代々その場所を把握していました。ただし封印そのものには関与していなかった」
「今はどんな状態ですか」
「二ヶ月前から神殿周辺の魔物が増えています。黒い靄を纏った個体も確認されています」ヴェロニカの目が、少し暗くなった。「神殿に近い村の住民が、魔物の被害を受け始めています」
「領民が」
「ええ」
その一言に、感情が滲んだ。ほんの少しだけ。でも確かに滲んだ。
ミカはそれを見逃さなかった。
「教会の動きは把握していますか」
「ある程度は」ヴェロニカが答えた。「ソロニス支部は表向き慈善活動を行っている普通の支部です。しかし内部に、別の組織が寄生しています」
「寄生」
「教会の名前と権威を利用しながら、独自に動いている一派です。構成員は少ないですが、各国の教会支部に潜り込んでいる。ソロニスだけでなく、ジンジュードもギエルも同じ構造です」
カリナが静かに言った。
「それをどこまで知っているかい」
「ソロニス支部の中枢にいる人間の名前と、おおよその人数は把握しています」ヴェロニカが答えた。「ただし確証を持った証拠がない。動かすには不十分です」
「だから聖魔術師を使いたいわけじゃな」
ヴェロニカが少し間を置いた。
「そう言っては身も蓋もありませんが」
「本音と打算が絡まっておるのは分かっておる」カリナが笑った。「隠さなくていいぞ」
ヴェロニカが初めて、わずかに表情を崩した。
「……正直に申し上げます」ヴェロニカが言った。「聖魔術師に封印を補強してもらい、呪具を回収してもらう。それが一つ。そしてその過程で教会の一派を追い詰めて、ソロニスから排除する。それがもう一つ」
「ソーン家の利益のために」
「ソーン家の領民の安全のために」ヴェロニカがまっすぐ言った。「ソロニスの目として、領内の安全を守るのがソーン家の役目です。邪竜の封印が崩れれば、最初に被害を受けるのは力のない民です」
ミカはヴェロニカを見た。
打算がある。それは分かる。この人は全てを話しているわけではない。それも分かる。
でも領民のために、という言葉は本物だと思った。
「あなたはなぜ教会の一派を排除したいんですか。封印さえ守れれば、それでいいんじゃないですか」
ヴェロニカが少し目を細めた。
「鋭いですね」
「答えてもらえますか」
しばらく沈黙があった。
ヴェロニカが窓の外を見た。夜のガンドランドが、灯りに照らされている。
「ソーン家は長く、ソロニスの諜報を担ってきました」ヴェロニカが静かに言った。「情報を集めて、脅威を排除して、国と領民を守る。それがこの家の存在意義です」ヴェロニカが視線を戻した。「しかし教会の一派はソーン家の動きも監視しています。私が何をしようとしているか、筒抜けになっている可能性がある」
「監視されている側が、監視している側を排除したい」
「そういうことです」
カリナがお茶を一口飲んだ。
「つまり領民のためでもあり、ソーン家の安全のためでもある。両方が本音じゃな」
「否定しません」
バナージュが静かに口を開いた。
「一つ聞く。お前はなぜ封印を守りたい。領民の安全のため、と言ったが、邪竜が復活しなければ封印などなくても困らない。封印を守ることと領民を守ることは、直接繋がってはいない」
ヴェロニカがバナージュを見た。
「守護者は直接的ですね」
「回りくどい答えはいらない」
ヴェロニカが少し息を吐いた。
「……ソロニスの南部に、代々ソーン家が守ってきた土地があります」静かな声だった。「小さな村が幾つかある、豊かではない土地です。でもそこに住む人たちは、ソーン家を信じてくれている」
「その村が、封印の近くにある」
「神殿から一番近い村です」ヴェロニカが言った。「封印が崩れれば、あの村が最初に飲まれる」
食堂が静かになった。
アーティが静かにヴェロニカを見ていた。その目が、温かかった。
ミカはヴェロニカを見た。
打算と本音が絡み合っている。全部を信じるのは早い。でも。
「分かりました」
ミカが言うと、全員がミカを見た。
「協力します」
カリナが少し目を丸くした。
「嬢ちゃん、早くないかい」
「早いかもしれないです。でも」ミカはヴェロニカを見た。「あの村を守りたい、という言葉は本物だと思って」
ヴェロニカが少し黙った。
「根拠は?」
「勘です」
ヴェロニカが、初めてはっきりと笑った。
作った笑みではなかった。少し驚いたような、それでいて可笑しそうな、素に近い笑みだった。
「聖魔術師というのは、もっと慎重な方を想像していました」
「慎重な時もあります。でも今は直感の方が正しい気がして」
「……そうですか」
ヴェロニカが視線を落とした。
手袋をした手が、テーブルの上でわずかに動いた。
「ありがとうございます」
小さな声だった。
カリナがミカの肩を叩いた。
「嬢ちゃんがそう言うなら、わしも乗るぞ」
バナージュが静かに言った。
「ソロニスの封印を守ることはわれの目的でもある。協力する。ただし」
ヴェロニカを見た。
「隠し事が後から出てきた時は、話が変わる」
「肝に銘じます」ヴェロニカが静かに答えた。
アーティが微笑んだ。
「ヴェロニカ様、良かったですね」
「……うるさい」
ヴェロニカが小さく言った。でもその声に、棘がなかった。
トフィーが念話を飛ばしてきた。
『なんか、仲間が増えた感じがする』
「まだ仲間じゃないけどね」
『でもなりそうな感じがする』
ミカはヴェロニカを見た。
底の見えない瞳が、少しだけ、和らいでいた。
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