第二十五章 軍事国家ジンジュード
ジンジュードが見えてきたのは、翌日の昼過ぎだった。
北と西を山岳地帯に囲まれた国だ。上空から見ると、その違いがはっきり分かった。ガンドランドは職人の街で、建物が密集して煙が上がっていた。エルフの里は森に溶け込んでいた。でもジンジュードは違う。
整然としていた。
街が碁盤の目のように区画されていて、大通りが真っすぐに走っている。城壁が厚くて高くて、見張り台が等間隔に並んでいる。兵舎らしい大きな建物が街の各所にあって、訓練場では兵士たちが動いているのが上から見えた。
「すごい。本当に軍事国家だ」
「じゃろ」カリナが隣で言った。「でも住んでみると悪くないぞ。治安が良くてのう。街が綺麗じゃし、物価も安い」
「カリナが長く住むのが分かる気がしてきた」
「規律がある場所の方が、長く生きると落ち着くんじゃよ」
バナージュが城壁の外の草地に降りた。人型に戻って、城壁を見上げた。
「大きい城壁だ」
「気に入ったの?」
「建築として見ると、なかなかのものだ」
カリナが先頭に立って城門に向かった。
門番が二人、槍を持って立っていた。ガンドランドの門番よりずっと真剣な顔をしている。
「カリナ・ウォーレン。ジンジュードの冒険者登録をしておる。通行証はここじゃ」
カリナが通行証を出した。門番が確認して、ミカたちを見た。
「連れの方々は」
「わしの仲間じゃ。ガンドランドの冒険者証がある」
ミカが冒険者証を出した。門番が確認して、バナージュに目を向けた。バナージュが無言で立っている。
「こちらの方は」
「わしの仲間じゃ」カリナが平然と言った。「冒険者ではないが、身元はわしが保証する」
門番が少し迷った顔をした。
カリナが静かに付け加えた。
「ガルド将軍によろしく伝えてくれ」
門番の顔が変わった。
「……お通りください」
あっさり通れた。ミカは小声でカリナに聞いた。
「ガルド将軍って誰ですか」
「ジンジュード軍の将軍じゃよ。昔からの知り合いでのう」
「カリナの知り合いって、どこにでもいますね」
「百年以上生きておれば増えるんじゃよ」
街の中は、外から見た通りに整然としていた。
大通りに馬車が走って、歩いている人々の服装がどこか揃っている。派手な色が少なくて、落ち着いた色調が多い。武器を携帯している人が多いのも、ガンドランドとは違う。
カリナが迷わず路地を曲がって、小さな宿に入った。
「ここ、知ってるんですか」
「わしが贔屓にしとる宿じゃよ。主人が信頼できる」
宿の主人は五十代くらいの男で、カリナを見て目を細めた。
「カリナさん、久しぶりで」
「久しぶりじゃのう。部屋を三つ頼む」
「すぐ用意します。連れの方も?」
「そうじゃ。よろしく頼む」
荷物を置いてから、カリナが地図を広げた。
「ガルドから事前に情報を貰っておいた。ジンジュード北部の山岳地帯に、最近魔物が異常発生しとる地域がある。街道から外れた山の中でのう、一般人は近づかないようにと通達が出ておる」
「そこに封印がある可能性が高いですね」
「そう見ておる。国境付近も似たような報告が上がっておると聞いた。どちらを先に行く?」
「北部の山岳地帯から」バナージュが答えた。「国境付近は紛争地域に近い。慎重に動く必要がある。先に山の方を片付けてからだ」
「では明日の朝、山岳地帯へ向かう」
トフィーが念話を飛ばしてきた。
『配置者を捕まえる作戦、どうするの?』
「そうだね、考えないといけない」ミカが言った。「呪具を回収するだけなら今までと同じでいいけど、配置者を捕まえるなら別の動き方が必要だよね」
カリナが頷いた。
「呪具に近づいた時に気づかれれば、向こうは逃げるか戦ってくるかじゃ。逃げられたら終わりじゃから、まず配置者がいるかどうかを確認してから動く必要がある」
「どうやって確認しますか」
「バナージュ、上空から気配を探れるか」
「できる」バナージュが答えた。「人の気配を上から読むのは難しくないが、隠密に動いている者は感知しにくい場合もある」
「トフィーの幸運はどうじゃ」
トフィーが少し考えた。
『試してみる。でも保証はできないよ』
「保証がなくても構わん。できる範囲でやってみてくれ」
カリナが地図を指した。
「まずバナージュが上から気配を探る。人の気配があれば、位置を確認してからミカが封印に近づく。わしが配置者の退路を塞ぐ。それで挟み撃ちにする」
「私が囮ですか」
「嫌かい?」
「嫌じゃないけど、少し緊張する」
「緊張するくらいがちょうどいいじゃよ」カリナがにやりとした。「無用心より百倍マシじゃ」
バナージュが静かに言った。
「お前が囮になる間、われが必ず見ておる。危なければすぐに動く」
「分かった。ありがとう」
夜、ミカは一人で宿の窓から外を見ていた。
ジンジュードの夜は、ガンドランドより静かだった。夜間の外出を控える文化があるらしく、大通りに人が少ない。でも見張りの兵士が定期的に巡回していて、それが逆に安心感をくれた。
トフィーが膝に乗ってきた。
「トフィー、幸運って自分でコントロールできるの?」
『難しいな。強く願えば少し方向づけできるけど、完全には無理』
「そういうものなんだね」
『でも大事な時に働くよ。今まで大事な時に外れたことないから』
「確かに」ミカは思い返した。「ホワイトゴールドディアの時も、指輪の時も。リューグに会えたのも幸運だったかもしれない」
『バナージュに会えたのも』
「そうだね」
しばらく黙って、夜の街を眺めた。
「明日、うまくいくかな」
『うまくいくよ』
「根拠は?」
『幸運の神獣の勘』
「また同じこと言う」
でもミカは少し笑った。
扉をノックする音がした。
「入っていいよ」
カリナが顔を出した。
「まだ起きとったか。眠れんかい」
「少し考えてました」
カリナが部屋に入って、窓の外を見た。
「ジンジュードはいつ来ても変わらんのう。この街だけ時間が止まっておるみたいじゃ」
「好きですか、ここが」
「好きじゃよ」カリナが静かに答えた。「居場所というのは、長く生きると少なくなっていくんじゃ。知っとる者が減っていく。でもここには、まだ知っとる者がおる」
ミカはその言葉の重さを、少し考えた。
百年以上生きるということは、知っている人が次々といなくなるということだ。カリナはそれをずっと繰り返してきた。
「寂しくないですか」
「寂しいよ」カリナがあっさり言った。「でも寂しいと嘆いても仕方ないからのう。新しく出会った者を大事にするしかない」
カリナがミカを見た。
「嬢ちゃんに会えたのも、そういうことじゃよ」
ミカは何も言えなかった。
代わりに頷いた。
カリナが立ち上がった。
「早く寝な。明日は早い」
「はい」
扉が閉まった。
ミカは窓の外をもう一度見てから、ベッドに横になった。
トフィーが丸まった。
天井を見ながら、ミカは目を閉じた。
明日、動く。それだけ考えた。
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