第十九章 呪具の正体
ガンドランドに戻ったのは夕暮れ時だった。
ジルワンドの部屋に全員が集まった。テーブルの上に、村で回収した呪具を置く。黒く変色した金属片が、夕暮れの光を受けてもなお、暗い色をしていた。
ジルワンドが拡大鏡を取り出して、呪具を覗き込んだ。
眉がひそめられた。
「……この紋様」
「見たことがありますか」
「一度だけ。随分昔の文献で見た気がします」ジルワンドが拡大鏡を置いた。「少し調べさせてください。今夜中には分かるかもしれない」
カリナが腕を組んだ。
「わしも見たことがある気がするんじゃが、どこで見たか思い出せんのう」
「カリナ殿の記憶にあるなら、相当古いものですね」
「失礼じゃな、ジル坊」
「事実です」
カリナが苦笑した。
バナージュが呪具を眺めながら言った。
「邪竜の紋様に似ておる。しかし完全に同じではない。誰かが邪竜の紋様を模倣して、独自に作り上げたものじゃないか」
「模倣、というのは」ミカが聞いた。「邪竜の力を研究した誰かが作ったってこと?」
「そう考えるのが自然だ」
「邪竜の力を研究できるような組織って、どんなところですか」
部屋が少し静かになった。
ジルワンドが慎重に口を開いた。
「一つ、心当たりがなくもない」
「なんですか」
「太陽神教会です」
ミカは少し驚いた。教会といえば、師匠がかつて所属していた場所だ。
「師匠がいた教会ですか」
「ルクス殿が離れた理由を聞いていますか」
「教会が国と組んで邪法の勇者召喚に手を出したから、って」
ジルワンドが頷いた。
「その話は本当です。あの頃から教会の一部が、禁じられた術に手を出していた。その後も表向きは清廉を装いながら、裏では様々なことをやっているという噂が絶えない」
カリナが静かに言った。
「わしも同じことを考えておった。ジンジュードで調べていた時に、教会の関係者が呪具の近くにいたという証言を得ておる。確証はないがのう」
「教会が邪竜の力を使って何をしようとしてるんですか」
ミカが聞くと、誰も即座には答えなかった。
バナージュが低く言った。
「邪竜を復活させようとしておる、という可能性がある」
「復活……」
「邪竜は封じられておるが、滅びてはおらん。封印を解くには相当の邪魔力が必要だ。各地に呪具を置いて魔物を蝕み、その負の力を集めておるとしたら」
「封印を解こうとしてる」
「あくまで可能性だが」
ミカは呪具を見た。小さな金属片が、急に重いものに見えた。
「封印が解けたら、どうなるんですか」
「神話の時代に一度、テラ様が邪竜に倒されかけた。大陸が滅びかけた」バナージュが静かに言った。「同じことが起きる」
部屋が重くなった。
トフィーが念話を飛ばしてきた。
『……それは、まずいね』
「まずいどころじゃないよ」
カリナが立ち上がって、窓の外を見た。ガンドランドの夜が、灯りに照らされている。
「じゃから急がねばならんのじゃよ。呪具を置いた者を突き止めて、封印が解かれる前に止めねばならん」
「でも相手は教会かもしれない。教会って、三か国に影響力があるんじゃないですか」
「ある」ジルワンドが答えた。「ソロニスとギエルとジンジュード、三国全てに太陽神教会の支部がある。国家と結びついている部分もあり、簡単には動けない」
「それでも動かないといけない」
ミカが言うと、ジルワンドが静かにミカを見た。
「そうです。ただし、今は情報が足りない。確証のないまま動けば、かえって混乱を招く」
「何が必要ですか」
「呪具の製造場所、組織の規模と目的、そして封印の現状です」ジルワンドが指を折りながら言った。「特に封印がどこにあるかを突き止めることが急務です」
バナージュが口を開いた。
「封印の場所は、われには心当たりがある」
全員がバナージュを見た。
「クリスタルマウンテンの奥深く、聖地の核心部に近い場所に、古い封印の痕跡がある。ただしそれは表の封印だ。邪竜の封印は複数あると言われておる」
「複数」
「一か所が破られても、すぐには復活しないよう、幾重にも封じられておるはずだ。しかし全ての封印が破られれば」
「時間の問題だということか」
カリナが静かに言った。
「呪具がすでに四か所以上に置かれておる。封印の数と対応しておるとしたら、相当進んでおる可能性がある」
ミカは立ち上がった。
「クリスタルマウンテンに戻った方がいいですか。封印の状態を確認しに」
バナージュが頷いた。
「それが良い。われも直接確かめたい」
「ただし」カリナが言った。「その前に、もう少し準備が必要じゃ。嬢ちゃんの鞭の修行も、まだ途中じゃ」
「でも急いだ方が」
「焦りは判断を狂わせる」カリナがまっすぐミカを見た。「ルクスから何も学ばなかったかい」
ミカは口を閉じた。
師匠がよく言っていた。準備のない戦いに勝ちはない、と。
「……分かりました」
「よろしい」カリナが頷いた。「あと二週間、修行を続けな。その間にジル坊が呪具を調べて、わしが情報を集める。それから動こう」
ジルワンドが呪具を手に取った。
「では私は今夜から文献を当たります。何か分かれば朝一番に知らせます」
「頼むぞ、ジル坊」
「カリナ殿はその呼び方を本当にやめていただけませんか」
「嫌じゃ」
ジルワンドが深いため息をついた。
ミカはその様子を見ながら、テーブルの上の呪具を見た。
小さい。でもこれが、大陸の危機に繋がっている。
「トフィー」
『なあに』
「強くなれてるかな、私」
トフィーが少しの間黙った。
『なれてるよ。クリスタルマウンテンを出た時と、今のミカちゃんは全然違う』
「そうかな」
『そうだよ。あとはもう少しだけ、磨けばいい』
バナージュが静かに言った。
「ウサギの言う通りだ」
トフィーが振り返った。
『……今、ウサギって言った』
「言ったが何か問題があるか」
『さっきトフィーって呼んだのに、もうウサギに戻ったの?』
「状況次第だと言ったはずだ」
『どんな状況だったら呼んでくれるの』
「……うるさい」
カリナがまたくすくすと笑い始めた。ミカも笑った。
バナージュが窓の外を向いた。夜のガンドランドが、灯りに輝いていた。
二週間後。
修行の最終日、ミカはカリナと空き地に立っていた。
「仕上げじゃ。わしと手合わせしな」
「カリナと?」
「師匠と弟子の最後の稽古じゃ。遠慮するな」
カリナが鞭を構えた。
ミカも銀白の鞭を構えた。
カリナが動いた。
鞭が三方向から同時に来た。速い。カリナの鞭さばきは、今まで見てきた中で一番速い。
ミカは一本を避けて、一本を弾いて、一本は受けた。腕に衝撃が走った。
「痛い」
「本番はもっと痛いぞ」
カリナがまた来た。今度は鞭と同時に踏み込んでくる。間合いを詰めながら鞭を使う、カリナならではの戦い方だ。
ミカは後ろに下がらなかった。
逆に踏み込んだ。
鞭の間合いの内側に入れば、鞭は使えない。カリナが一瞬だけ鞭をしまって、徒手に切り替えた。
そこで光拳の掌底を合わせた。
カリナが受け流した。でも半歩下がった。
「ほう」
距離が開いた瞬間、ミカは銀白の鞭に聖魔術を乗せた。
光が鞭全体を包む。振り下ろすと、銀白の光の軌跡が空気に残った。
カリナが鞭で受けた。火花のような光が散った。
「よし、そこまでじゃ」
カリナが鞭を下ろした。
ミカも構えを解いた。息が上がっている。
「どうでしたか」
「及第点じゃな」カリナが笑った。「ルクスの弟子として恥ずかしくない動きじゃったよ」
「まだまだだと思いますけど」
「まだまだじゃ。でも今のお前には十分じゃ」
カリナがミカの肩を叩いた。
「さあ、クリスタルマウンテンへ行くぞ。封印を確かめに」
ミカは銀白の鞭を握り直した。
手の中にある感触が、確かだった。
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