師匠との別れ
私は修行を続け、師匠の技をひと通り身につけた頃、師匠の体調がおかしくなった。
師匠は日々の鍛錬により、見た目は実年齢よりも若々しく見えたが、かなりの高齢だった。
修行の最中におかしな咳をすることが多くなった。
暫くは武闘僧の技のひとつである、チャクラ〜自分の気を使い治癒力を高めるもの〜を用いて回復させていたが、それすらも効かなくなっていった。
病気の原因はわからなかった。師匠の容態は悪くなる一方だった。
やがて床に伏せたまま起きるのも不自由な状態になった。
師匠も、自分の死期を悟ったのだろう。ある日私を寝所に呼び、とこに伏せたまま静かに語った。
「ミカよ、これから言う事はお前の親についてじゃ」
「私の親の事ですか…?」
「うむ、お前の親は特殊な境遇にあった…,お前の母親の名はユウ、この世界とは別の場所から転移して来た者、転移者と呼ばれている者じゃった。」
「…テンイシャ…?」
「そう、転移者じゃ…。ジン・シュード帝国はある時、秘密の儀式を行ったのじゃ。異世界より、強き力を持つ者を魔法で召喚するというものじゃ。」
「……。」
「そこである者が召喚された…。それが帝国の勇者と呼ばれる者じゃった。」
帝国の勇者の話はミカも聞いたことがあった。それまで小国だったジン・シュード帝国は、勇者によって徐々に勢力を広げ、現在では他国と並ぶほどの大国に成長し、その軍事力は脅威だとのことである。
師匠が続ける。
「その召喚によって呼び出された者は一人では無かったのじゃ…」
「それがお母さん、なのですか…?」
「うむ、そうじゃ。原因がわからぬのじゃが、お前の母親ユウは、聖母神教会に異世界転移してしまったのじゃ。そこで聖母神教会はユウを聖母神の御子としてまつりあげるつもりじゃった…。しかし、ユウはお前を身籠ったまま召喚されたのじゃ…。」
「私を身籠ったまま…?」
「そうじゃ…御子として担ぎ上げるつもりじゃった聖母神教会は困ったのじゃ。御子が身籠っているとは都合が悪い…。それでユウを一転して悪の象徴のように扱うようになった…。」
「酷い……。」
「聖母神教会の中にも良心的な者がおってな、ユウを密かに助け出し、儂が所属していた太陽神教会に預けたのじゃ。直ぐに見つからぬように、ずっと隠しながらユウは臨月を迎えた…」
「………。」
「お前は無事に生まれたのじゃが、ユウは無理がたたったのじゃろう…その場で亡くなってしまったのじゃ…。じゃがユウはとても満足そうな顔をしておった…。まるでその顔は聖女のように美しかったのじゃ。」
私の目からポロポロと涙が流れる…。
何の罪も無い母親が何故そんな目に会うのか…。
「ミカよ、お前の名は母親から儂が直接聞いた名じゃ。そして、自分のせいで母が死んだなどと考えるで無いぞ。」
「…うっ…うう…はい…。」
「そしてお前の母親には特殊な能力があった…。儂はその能力が聖魔法だと思っておる。」
「グスっ…聖魔法…?」
「儂は見たのじゃ、お前の母親ユウが蘇生の魔法を使ったところをな…」
「誰かが生き返ったのですか…?」
「うむ、人では無かったのじゃが…太陽神教会に打ち捨てられた子猫がおってのう…儂が見つけた時には既に事切れておった。しかしユウが抱きしめて祈りを捧げた刹那、その子猫はムクリと起き上がり元気に鳴きながら外へ出て行ったのじゃ。」
「………。」
「あれは間違いなく蘇生の魔法じゃった…そしてミカよ、お前にもその才能がある可能性がある。」
「わ、私に聖魔法が…?」
「お前には幼い頃より、何かに守られておるような気がしておった…それが何かは儂にもわからん。しかし、聖母神の加護が無いとも言えぬ、いや、加護があると儂は思っておる。」
「聖母神の加護…。」
「もし、それがお前にあるのならば、誰にも見せるで無いぞ、う、グフッ、ゴホゴホ、ゴホッ。」
「し、師匠!大丈夫ですか?」
「ミカよ、儂ももう長くはあるまい…。お前の母はジン・シュード帝国の太陽神教会に眠っておる。カリヤというシスターを尋ねるが良い…少し疲れたようじゃ…眠るとしよう…。」
そう言うと師匠は眠りについた。
次の日、師匠は目を覚まし、私に自由に生きよとひとこと伝えて帰らぬ人となった。
師匠の埋葬を済ませ、その後も私はしばらく庵に住んでいた。
私はあの日師匠の言っていた「聖魔道士」について考えていた。
太陽神アルンと大地の女神テラが愛し合い、様々な神を生んだ。しかし、大地の女神テラが亡くなってしまい、太陽神アルンは悲しみにくれ、涙が流れ続け、世界が大洪水になった。
見かねた聖母神ユルミファは女神テラを生き返らせた。喜んだ太陽神アルンは泣くのをやめ、再び光を照らすようになった。
お礼に太陽神アルンは聖母神ユルミファが全ての厄災や魔法の被害を受けないことを約束した…。
これがレオニドス大陸に伝わる神話である…。
「聖魔道士」は、あらゆる魔法や状態異常を受けることがないと言われ、聖属性の魔法を使いこなす。聖属性の魔法は特に魔族やアンデッド系の魔物に有効な属性と言われている。
しかし、レオニドス大陸に現存する聖魔道士は存在していなかった…。「聖魔道士」が本当なのかもわからない、まるでおとぎ話である。
私にそんなおとぎ話のような能力があるのか、考える時間が増えていった。