1本目 何がきっかけになるかは分からない
はぁ、ようやっと今日の授業が終わった。休み明け月曜の大学は普段より更にしんどく感じる。いつも一緒にいる連れとの挨拶もそこそこに駐車場近くの喫煙所に向かう。
1日頑張った達成感とともに吸う煙は何物にも代え難い。惜しむらくは連れに喫煙者が居ないことか、友達と吸いながら駄弁っている時間が一番楽しいのだ。
そんな事を考えているうちに目的地に到着した。早速一服しようとタバコを咥えライターを取り出そうとして気づく。ライターないんだけど。
「あれっ、どこやったっけ…」
車に置いて忘れたか落としたか、見つからなくてモタモタしていると、
「…これ、使います?」
!!!
びっくりした、先客がいたことに気づかなかった。でも丁度よかった。
「すみません、有り難く使わせてもらい…って」
先客は女の子だった。言葉が詰まったのは女の子だったからではない。その子がいつも1人でいるがとても可愛くて僕たちの間で密かに話題になっている人物だったからだ。
もしかしたら僕ら以外にも彼女にお近づきになりたいと思っている輩はいるかもしれない。
「ん?あたしの顔、なんかついてる?」
「…いや、僕らの間で話題になってる人だったから驚いただけだよ。ライターお借りしますね」
差し出されたライターに手を伸ばすと、ヒョイとスカされた。あれっ貸してくんないの。
「話題になってるってなに」
あーまぁそりゃ自分が知らないところで噂されてたら気になるよな。
「別に悪い噂じゃないよ、ただいつも1人でいる可愛い子だからお近づきになりたいねって話で」
「…そ」
喋った事ない相手にいきなり可愛いとかあんまり言わない方がいいのかもしれないが他に言い様がなかったので仕方ない。
しかしそっぽを向きながら彼女はライターを差し出してくれた。耳が少し赤くなっているように見えるのは気のせいだろうか。
「どうもどうも」
カチッカチッ、スゥー
「ありがとうね、助かったよ」
彼女はこちらに向き直り貸したライターを受け取る。
「いえいえ〜」
これは話題の彼女と接点をもつ大チャンスだろう、是非ともここで顔見知りから友達になっておきたい!
「名前聞いてもいい?多分僕と同じ学科だと思うよよく見かけるから」
「いいよ〜あたしは睦美立花、理工学部2年だよ。ついでに言うと君のことあたしも知ってる。見た目ホストっぽくて印象に残ってたんだよね」
おぉ!僕の事知っていたらしい!
ホストというのは喜んでいいのか凹んでいいのか悩むところではあるが…
「まぁいいや、僕は橘花尚哉。同じく2年、やっぱり同級だったんだ!」
「そうだね、てゆうかやたらテンション高いね。何かいいことでもあったのかい」
「そりゃ高くもなるよ、お近づきになりたいと思ってた子が同じ趣味?もってたんだからさ」
あとその口調はやめとけ、それはアロハ着たオッサンの名セリフだ。
「ここで吸ってたってことは睦美もここに車停めてんの?」
「いや、あたしは歩き通学だよ。ここ、人あんまり来ないから授業終わりにたまに吸いに来るんだ〜」
そう、ここは大学のいくつかある駐車場の一つなのだが講義棟から最も離れているエリアのためここの喫煙所に人がいることは滅多にない。だから吸ってる所をあまり見られたくないならもってこいの場所なのだろう。
「そうなんだ、じゃあ帰り乗ってく?送るよ」
「どうしよう…」
しまった、いきなり家送るよ発言はマズかったか…?だが言ってしまったことは取り消せない。
くそっ、もっと考えて喋るべきだった!僕のやらかしたか?という表情を見て害はないと思ったのか。
「じゃあお言葉に甘えようかな」
彼女は了承してくれた。
よかった…少し危なかったがドライブデート確定!しかしこれじゃあすぐお別れになってしまう、まだ全然彼女のこと知れてないのに。なんとか一緒に居られる時間を延ばせないものか…ダメ元で夜ご飯誘ってみるか?
「了解!時間もいい頃合いだし夜ご飯でも一緒に食べに行こうよ。これも何かの縁だしさ」
「ん〜奢りなら行く」
少し意地悪な顔で返してきたが、よし!
自分から女の子をご飯に誘っているんだからそれくらい前提条件だ、しかし気になってた子といきなり夜ご飯一緒出来るなんてとんでもない幸運だ。たばコミュニケーションもなかなか侮れたものではない。
「お安いご用です!」
色々駄弁りながらお互い2本目を吸い終えた僕らは車へ向かう。
「ちゃんとシートベルトしてくれよ?こんな田舎じゃ警察に見つかることもないだろうけど点引かれるの僕なんだから」
「分かってますよ〜だ」
彼女はクールビューティーな見た目通りの平坦な口調で表情もあまり変わらないのだが、たまにこんな感じで子どもみたいに物を言う。可愛い。それなりに打ち解けたんだろう、体感的にも、もう友達と言っていいくらいだ。
「何食べたい?車だから遠くても構わないよ」
男友達なら基本ラーメン一択なのだが初めて喋った女の子といきなりそれはないだろうと思い尋ねる。
「何でもいいの?だったらラーメンがいい」
まさかのマッチ。
「お、まじで?男相手だと女子はあんまり行かないもんかと思ってたけど」
「そう?好きだからあたしは気にしてないかな」
う〜ん女の子って男に麺啜ってる所とか見られたくないみたいな事聞いた気がするんだけど、これは僕が男として見られてないということなのだろうか…あまり考えないようにしよ…
「おし!僕もラーメン好きだし決まりな、道案内してくれる?」
「あいあいさー」
結構ノリもいいのだった。
そして店へ向かっている道中
「それにしても話題の可愛い子がまさかのスモーカーさんとはなー友達に話しても信じないだろこんなの」
「幻滅した?」
「いや、僕的にはむしろ好感度あがったね!」
「そりゃどーも」
僕は割と直球の好意をぶつけるのだが軽く流される。どうも男慣れしてそうな雰囲気だ。
そうだよなーたばこ吸ってる可愛い子なんてみんなアバズレばっかだよなぁ(偏見良くない)
「逆に橘花は女癖悪そうな見た目通りの、ある意味期待を裏切らない感じだね。絶対引っかかっちゃ行けない男だって分かるよ」
「おぉい女癖悪そうってどういうこった。そんな男とご飯行く女な睦美にもブーメランになること理解した方がいいんじゃないか?」
「それもそうだね」
そもそもこいつも人のことあんまり言えないだろうに…
「睦美こそ相当男慣れしてそうな雰囲気だけどなぁ実際どうなん?おぢさんに教えてみ」
「おぢさんって…」
くすくす笑ってる。ウケたらしい、女の子を笑わせるのは中々に嬉しいものを感じる。
「さぁどうなんだろうね?」
と笑い終えた彼女は今度はからかい気味に答える。う〜んやはりどうにも手玉に取られているような気がする。
「あ、次の信号左に曲がってねそしたらすぐだってさ」
「おっけーナビご苦労さん」
店に到着しバックで1発で華麗に駐車をキメて、ちょっとスカしてみる。チラッ…
「運転ありがとね」
無反応ですか、すんごい恥ずかしい。
店に入ると同時に第一声
「らっしゃっせぇーーー!」
おぉ活気に満ち溢れとる。ラーメンの濃ゆい良い香りが食欲をそそってくる。テーブル席は空いてなかったのでカウンター席に並んで座り、お互いメニューに目を通し何を注文するか決める。
「何にするか決めた?僕は豚骨の中と炒飯のセットにしようと思うんだけど」
「じゃああたし塩にするからそっちのも分けてもらっていい?」
なにこれ、すでにカップルみたいなんだが。いいの?こんなチョロくて。いいんすか?睦美様。
「モチのロン、じゃあ注文するか、すみませーん!」
タッタッタッ
「へい!注文何にしましょう!」
「えーと僕は…」
先に僕が注文を終えると店員さんが睦美の注文を取ろうと声をかける。
「彼女さんは何にします⁉︎」
「!!!」
彼女と言われて僕は動揺してしまった。睦美の方もすこし驚いたようだったが何ともない様子で、
「…塩の中で」
「かしこまりぃ!」
そしてキャラのいい店員さんは引っ込んでいく。して…
「ねぇ橘花、さっきあたしが彼女呼びされてキョドってなかった?」
少しニヤニヤしながら聞いてきた。バレてたか。僕は少しヤケ気味に水を呷り、精一杯見栄を張る。
「ふん、それはキノセイダ」
が、彼女の微笑は続く。間違いなく手玉に取られているだろうこれは。
「そっちだって多少驚いてたくせに…」
「そんなことないよ〜」
悔しい、女経験がないからこうも負かされるのだろうか。だがそれは仕方のないことなのだ。高校は男子校だったし今の大学だって僕や彼女のいる学部は男女比が8:2くらいなのだ。なので僕はモテるモテないとかそういう問題の前に場がないのだ。
そんな言い訳じみたことを内心考えていると料理が出された。早いな、料理がすぐ届くそれだけで素晴らしい店だと僕は思ってしまう。睦美もそうだったようで、
「くるの早いね、いいとこじゃん」
とか言っている。些細なことだが価値観同じで嬉しいよ。
「そうだね、それじゃいただきまー」
「ごちになりまーす」
ズルズル、ズズズズ
美味い、炒飯の量も丁度いい。リピート確定かな、車ならそんなに時間かからないし。
3分の1ほど食べたところで
「美味しいね、そっちもちょうだい」
そうだった、交換するって言ってたな。
「ほいよ、炒飯も食べる?」
「はへふ」
ラーメンの器を交換し炒飯の皿を隣へ流す。味比べ。う〜ん僕はこっちの塩の方が好きだな。このまま塩を食べたいなぁと思い睦美にも聞いてみる。
「どうよ」
「美味しい、あたしこっちの方が好きかも」
「僕もこっちの方が好み、このままでいい?」
「もち」
こんなんただのカップルやろ。はやくこれを現実のものとしたい。だが焦っては事をし損じる。距離の詰め方を間違ってはいけない。着実に行くのだ着実に。好き好きオーラは多少出していこう、てゆーか僕には取り繕ったりキャラを演じたりするのは無理だ。だから好き好きオーラは勝手に出してしまう、というのが正しい。けどそれも程度を考えないといけない、興味のない相手からの好意は悪意と何も変わらないらしいし。
そして2人黙々と食べ、会計を済ました。
「ご馳走様」
「いえいえ」
ちゃんと礼が言えるのは美点だろうと思う。女だからと奢られるのが当たり前みたいに考える奴はダメなのだ。
「ここ美味しかった。また来たいね」
そのまた来たい、には僕とっていう前置詞が付いてくれるのだろうか。ついてたらいいなぁ。そんな僕の想いを知ってか知らずか少しウキウキした顔で、
「ラーメンのあとのたばこが1番美味しい」
そんな事を言う。だからラーメンに行きたかったのか…
「それには激しく同意するけど発想がほんとスモーカーなのな」
そうして僕らはそれぞれタバコを取り出す。
「あ、また火借りますね」
「ん」
「あざーす」
ふーっ、うめぇ、濃い物食べた後のタバコほんと美味い。ふと気になって聞いてみた。
「睦美って何吸ってんの?」
「あたしはこれ」
そういってパッケージを見せてくる。ふーん吸った事ないなぁ、と言っても僕が吸った事あるのは2種類だけだからほとんど知らないのだが。
まじまじと見ていると自分が吸っているタバコの吸い口を僕に向けてきた。
「あたしの吸ってみる?」
…いやそれさっきラーメン食べてた時の比じゃないくらいの間接キスなんですけど、何もかも未経験な僕には刺激が強すぎるんですけど…と固まっていると、
「これくらいの間接キスで興奮しないでよ」
「ち、ちげーから!ドキドキしただけであって興奮したのとは違うから!」
見透かしてくんじゃねーよ!百歩譲って見透かしても口に出してくんなよ!
だがここで退くのは男の名が廃るってもんだろう。少しもらうことにする。
「じゃあちょっと吸わせてもらうよ…スゥぅゲホッ!ゲホッ!おんもッ!どんだけキツイの吸ってんの!」
盛大にむせかえった。
「ふふっ、まだまだだね〜あたしも橘花のちょっともらうね」
言って睦美は僕のタバコを持つ方の手を持ち上げて吸う。
「ふー、確かに普段このくらいのメンソール吸ってたらあたしのはキツイかもね」
一応タールは8なのだがメンソールだとタールの高い低いはあまり感じないらしい。僕はメンソール以外のタバコを吸った事があまりないから睦美のタバコを受け付けられる喉と肺ではなかった。
「たまにはメンソールもいいね美味しい」
なんて言ってるが、僕は合わないタバコと睦美がギャップなんて言葉で済まないほど重めのものを吸っていたことにクラクラしてもう間接キスのことなんて頭から吹き飛んでいたのだった。
帰りの車にて
「ガムあるけどいる?」
外にいる時は歯を磨けないからそれに対処するため車にガムを常備しているのだ。
「もらいまーす」
ここで大学生活はどうなのか聞いてみることにした。主にテストのこと。独力では無理のあるものが多いと僕は思っているからだ。
「睦美は普段テストとかどうしてるの?過去問とかちゃんと手にいれてる?1人だとだいぶキツイんじゃない?」
睦美はため息をつくと、
「あーそれね、確かに独学じゃかなりしんどいってのが本音かな。単位もギリギリだよ」
そうだよな、やっぱり厳しいよな。
「じゃあさ、明日から授業とか一緒に受けない?僕だったら友達から過去問も貰えるから睦美にも流せるし悪くはないと思うんだけど」
睦美はジト目で僕を見てきた。
「それ別に一緒に授業受けなくてもいいんじゃない?テスト前に過去問とか流してもらうだけで済むじゃん」
「バレちった、てへっ」
どさくさに紛れて一緒に授業を受けることを提案したがダメだった。しょうがない、正直に言おう。
「ごほん、じゃあ正直に。僕は睦美ともっと話したい。まだ少ししか話してないけど、睦美と居るのはとても楽しい。睦美が1人が好きでそうしてるんならいいけどそうじゃないと思った。少なくとも僕と話してる時は楽しそうにしてくれてたように感じたから」
睦美は少しキョトンとした後、
「そんなストレートに言ってくるとは思わなかったよ…まぁ確かにあたしは好んで1人でいるわけではないけど」
「じゃあ…」
期待を込めた目でチラ見する。なぜチラ見なのかと言えば当然運転中だからだ、よそ見はいけない。
「うん、お願いする。あたしも橘花と話すの楽しいし」
安堵し息をついた僕は、そう言った彼女の、あんまり変わらない表情の中に恥ずかしそうながらも嬉しそうな顔があることに気付いてしまった。それはあかんて…反則だろ可愛すぎだろ…
僕はその表情で完全に堕ちてしまったのだった。
ここまで読んで頂いたあなたにラブ&ピース