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017 蠱毒

 何を思ったのか。


 いや、何も思ってなかった。そのお母さんみたいな言葉に僕は思わず口を開けてしまった。


 血なまぐさい、ドロっとした物体が舌で踊る。初めて人を殺めたときや、死を経験した時とは違って、今回は気分が悪かった。


 強烈な吐き気がする。


 でも吐いてしまったら、01(ゼロワン)の想いを踏みにじる気がして、噛まずして飲み込んでしまった。


 「いい子……安心して、沢山あるわよ。」


 それがきっかけだった。


 食事の有難みを知ってしまった僕は、彼女の腕を揺さぶるように噛みはじめた。気分は最悪だけど、腹に背は変えられない……


 「外で、私がここ数日で集めた人達が終焉(ジ・エンド)を待っているわ。彼女達を見つけてあげて。」


 「……」


 「あとエルフ村にも行ってね。エルフに好かれた人間は、エルフにしか解らない特殊な加護を受けるの。それがあれば行き来できるわ。」


 「……」


 痛みを我慢しつつ涙を流しつつも僕の頭を撫でながら喋ってくれている。


 暖かい声だ。


 とても鮮明に聴こえる。でも、返事をしたくても身体が言うことを聞かない。野蛮な犬みたく、ただただその腕の肉を顎と首を駆使して剥いで喰っている。


 「約束だよ、迎えに来てね……貴方が人で在れなくなったとしても、肉体を捨てようとも、世界で私だけは愛し続ける……」


 「うん……」


 これには何故か返事ができた。それから、声は聴こえなくなった。息も、心拍も感じなくなった。


 それでも僕は、ただ食し続けた。


 意識が鮮明としてきたが、身体の主導権はまだない。気がつくと、01(ゼロワン)のお腹を裂いて、これでもかっと殺めた黒服らをも喰らっていた。


 もう一度言う。


 気分は最悪だ。


 でも不思議と、冷静だった。皆の血が僕の中を循環するのが分かる。何故か、心地いいんだ。


 ここで実況者は動く。


 「共喰い……人から最も遠い行い。有るまじき行為だァ!直ちに息の根を止めろ!」


 すると黒服らは再び中へとワープさせられる。しかし、このタイミングでどうやらルールはクリアされ、トーマの能力は戻る。


 戻ったと同時に、それは暴走した。一瞬にして粉々と化してみせた。


 「一体どうなっているにのだ!?」


 共喰いにより摂取した暗黒物質(ダークマター)と、能力が戻ったことによる自身の暗黒物質(ダークマター)が衝突をはじめたのだ。


 言わば能力と能力の喰らい合いである。


 蠱毒……籠に異なる種類の虫を一緒にし、そこでそれらは互いを喰らい、やがて最後に生き延びたものはより逸脱した強さを持ち合わせると謳われている。


 「うわぁぁぁあ!!」


 内側から未知の何かが爆ぜるその感覚は名状し難いものである。


 トーマがもがき苦しむこと数分が経過して、落ち着く。


 剥がれていた爪は何故か黒く再生し、髪は全て真っ黒に生え染まった。


 感じる。


 僕の血管の中を巡る命を感じる。温もりを感じる。ツンと刺されるような痛みはあれど、いた気持ちよくて嫌いじゃない。



 「この白い部屋にも、飽きたな。」


 トーマは左腕を天高く掲げ、周囲はとてつもないエネルギーで満たされだす。


 蠱毒を経て複雑化したそれは、壁や肉体、髪の毛等の元素記号を魔法陣みたく浮かばせる程だった。


 「おい、何をしている!?さっさとエルフの遺体を回収しろ!《《熾天使》》の能力が消し飛ぶぞ!」


 恐らく能力の根源である暗黒物質(ダークマター)さえ採れれば、天の扉(ヘブンズ・ゲート)の条件は確保できる。そのため、生死は問われず、この茶番全てはその仮定での娯楽の為に過ぎない。


 「試していますが、アクセスできません!エネルギーが膨大すぎて、入り込む余地がありません……!?」


 その紫色のエネルギーの光は、実況者のいる所まで到達していた。


 「まさか、嘘だろう。そんな事が有り得る訳なかろう……街1つ離れているんだぞ!?」


 数キロメートルだった範囲が数百キロメートル程伸びているのだ。


  「これを見ている愚か者達よ。宙から落ちてくるのは天使等と可愛いものではない。天使だと騙って人を利用する悪魔そのものである。フッ……(やつがれ)か?その悪魔の悪夢さ……絶対終焉(アブソルート・フィナーレ)…………」


 気持ちよく捨て台詞を視聴者に向けた後、指パッチンをし、その高く掲げた腕を振り下ろした。


 「これは悪夢だ……」


 紫光の中で、実況者やその愉快なスタッフ達は皆、死を悟っていた。


 やがて光は消え、フランスに位置するパリは、大きなクレーターとエッフェル塔だけを残し、焼け野原となってしまった。


 そこに人影は1つとして見当たらない。しかし、共喰いによる蠱毒をクリアしたその《《氷帝》》の最終奥義は、分解するや否やの対象が可能な程に膨れ上がっていることを証明する事態である。


 この世を意図せず去ってしまった親族の為に涙を流しながら犯人を恨む者が居る中で、再びの神の光に喜びを感じる人は確かに紛れていた。


 そしてこの事件を経て、残ったエッフェル塔を捜査した際に機密ファイルが発掘された。闇の組織だと裏付ける無数の証拠が表舞台に出広まり、『オベリスク』と縁のあるヒーロー協会への疑いの声も、ブラジルでの事件もあり、より目立つようになった。


 これにより、ヒーローとは何かという議題が繰り返し討論されるようになり、ヒーロー社会やヒーローへの信頼が揺れ動くこととなる。

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