99. 愛したかった
ルサールカ。
原作では、邪悪な精霊という描写がされる。
人間のように振る舞い、人間の悪意を知った精霊。
だが、いくら人間を知ろうが精霊は人間と同じ感情になることはない。
そもそもルサールカは悪意など理解できない。
そのため、邪悪なという表現は、少し違和感がある。
ルサールカが、あらゆる人間をモノに閉じ込め自分の所有物にしたのも、悪意があったからではない。
知りたかったからだ。
ルサールカは愛を知りたかった。
だから、美しいものを閉じ込めた。
そうすれば愛を知れると思ったから。
でも、結局ルサールカは愛が何かわからない。
理解できない。
人間とは異なる生物である所以だ。
人間と同じ感情を抱くことはない。
人間の倫理観などは存在しない。
人間のように振る舞う、精霊。
精霊とはそういうものだ。
ルサールカでなくとも……。
精霊とはそういうものなのだ。
だが、精霊も殺されるというのは嫌う。
「そうね。それは困るわね。ええ、とても困るの」
殺されてしまえば、愛を知る機会がなくなってしまう。
存在を消されるのは、ルサールカにとっても不都合だった。
ルサールカの扱える魔法は一つだけだ。
彼女の研究でもある、魂の魔法。
具体的にいえば、ルサールカが扱えるのはイドの魔法――失われた魔法だ。
ルサールカの研究というのは、己の感覚を言語化したものである。
魂に重さをつけるという発想も、彼女ならではのものだ。
ルサールカには、魂というのが視えるのだ。
そしてそれを重さで捉えることもできる。
彼女からすれば、ある意味当たり前のことだった。
当たり前のことを言語化し、論文にしただけ。
「私にイドで勝てると思っているのかしら?」
何百年も生きてきた大精霊であるルサールカが、精霊使いに負けるはずがない。
それもロストは精霊使いとして未熟であり、そもそも本物の精霊使いではない。
対して、イドの扱いにおいて、ルサールカの右に出る者はいない。
そもイドとは自然の力。
精霊であるルサールカに、人間が敵うはずもない。
キランとイヤリングが発光する。
イヤリングには美しい少女の魂が閉じ込められている。
イヤリングから魔力を吸い出し、イドに変換する。
じゃらじゃらとアクセサリーを身に着けているのは、ルサールカがきらびやかなものが好きだからではない。
そんなものに興味はない。
彼女が最も美しいと思った者たち。
森の一族たちだ。
余談だが、アークがルサールカからモノを――人々を奪ったことで、ルサールカの力は半減していた。
つまり、アークの作戦は、本人の意図していないところで成功していたと言える。
だが、普段身につけているアクセサリーだけでも、ルサールカは十分な力を発揮することができる。
ナンバーズⅦ、色欲のフレイヤ――またの名をルサールカ。
序列7位以下は別格の強さを誇る。
ロストでは、明らかに力不足であった。
「勝てるとは思っていないさ。ボクだけだったね」
「お仲間がいるのかしら……?」
「いるよ。ボクの大切な人たちがね」
ルサールカは周囲を警戒する。
魔力探知で周囲を探ったが、誰もいないようだった。
「アーク・ノーヤダーマでも連れてくる気かしら」
ルサールカはのんびりと問いかける。
「アーク君は来ないさ。ここはボクに任されたんだ。
でも、アーク君はさすがだよ、やっぱり。
ボクでは到底ルサールカ。あなたには敵わないけど、あなたを倒すことはできる」
敵わないというロストは、勝利を確信したように笑みを浮かべている。
「この限定的な状況では、ボクなら……いやボクだけがあなたを圧倒できる」
「もうおしゃべりはいいかしら? 私はあの子達を探さなきゃいけないの」
ルサールカは、奪われたモノたちを見つけ出す必要があった。
こんなところでロストと話している時間が惜しい。
ルサールカは、イヤリングから魔力を吸い出そうとしたが――
「……? どうして?」
イヤリングがルサールカの命令を拒否した。
こんなことは初めてであった。
「あなたにはわからないでしょう。あなたには聞こえないでしょう」
「どういうこと?」
「拒否しているんですよ、ルサールカ。あなたを。彼女は」
そういってロストはルサールカのイヤリングを指差す。
「ふふっ。面白い冗談ね、それは。でも、たとえそれが本当だとして、それがどうしたの?」
たとえイヤリングから魔力を取り出せなくても、ルサールカは空気中のイドを扱うことができる。
それだけで十分、ロストを圧倒できる。
ルサールカが大気中のイドを扱い、精霊魔法を発動しようとした。
しかし――
「――インボルク」
ロストの魔法のほうが速かった。
ルサールカは目を見開く。
「なんで……?」
ルサールカの驚きは2つ。
1つ目。
ロストの詠唱が短かったこと。
ロストは精霊の力を借りない限り、精霊魔法を発動できない。
そして精霊の力を借りるためには、血が必要になる。
しかしこのとき、ロストは精霊の力を使わずに失われた魔法を行使した。
そして、2つ目。
魔法が想定してなかった箇所から発動したこと。
全身に散りばめられたアクセサリーから、ニョキニョキと草木が生え、ルサールカの体を拘束した。
2つの驚きによって、ルサールカは一瞬だけ思考が停止した。
そのわずかな瞬間が致命的だった。
「が……はっ……」
ルサールカの胸を一本の細い木の枝が貫いた。
イヤリングから失われた魔法が発動したのだった。
ルサールカは精霊だ。
普通の物理攻撃では死なない。
だが、精霊特有の魔核が破壊されれば、姿を保つことができず消滅してしまう。
しかし、精霊の魔法核を見極めるのは困難だ。
何百年も生きた大精霊であるルサールカが、自分の弱点をさらけ出すことはないからだ。
だがしかし、ずっとルサールカの近くにいた少女――イヤリングに封印された彼女なら、ルサールカの魔核の場所がわかる。
ルサールカはイヤリングを見る。
続いて、全身のアクセサリーたちを見る。
美しい少女や、森の一族たちの魂を封じ込めた箱だ。
彼女らがルサールカに反逆したということだ。
「ルサールカ。あなたとボクには、たった一つの決定的な差がある」
ロストが憐れみの目をルサールカに向けてきた。
「彼女らに愛されているか、いないかだよ。
あなたは愛されていなかったんだ、ルサールカ」
「私は……ただ……」
ルサールカはつぶやく。
しかし、その後の言葉が続かなかった。
イヤリングから放たれた細い枝が、ルサールカの魔核――精霊の心臓部分に到達した。
そして、虚空を見つめながら消滅していった。
◇ ◇ ◇
アニメ原作では、ルサールカの心情まで語られることはなかった。
そのため、自己中心的なキャラとして考えられていた。
好きなものを身につけるという悪趣味な精霊。
エリザベートは残虐姫だったが、ルサールカは正真正銘の悪女。
それが原作での評価だった。
だが、それには一つ誤解がある。
ルサールカは悪女ではない。
ルサールカは精霊なのだから。
悪という概念を彼女に当てはめるのは正しい表現ではない。
人間の倫理観で図ること自体が間違っている。
それが人間側からすれば、”悪”にうつるだけだ。
アークなら彼女をこう表するだろう。
それが彼女なりの正義なんだろう、と。
ではルサールカにあった正義とはなんだろうか?
彼女は何がしたかったのだろうか?
ルサールカの目的は一つだけだった。
彼女は、ルサールカは人間を知りたかったのだ。
悪意を知りたかった。
愛を知りたかった。
愛したかった。
それだけだった。
ただ、それだけのことだった。




