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98. 君にはないモノ

 ディストピア的なこの世界で、ロストの過去もありふれたものといえる。


 排他的な種族がひっそりと滅んだだけの話。


 だが、いくらありふれた話であろうと、本人からしたらそれが全てだ。


 ロストからすれば、失われたということに変わりないのだから。


 憎き相手が目の前にいる。


 ロストからすべてを奪った相手だ。


「――――」


 ロストは彼女を前に、何も言えなかった。


 彼女の表情が、あまりにも悲しそうだったから。


 女は無言でロストを見た。


 その表情をロストは知っている。


 ロストがすべてを失ったときと同じ表情だ。


「ルサールカ……」


 ルサールカ。


 それは森の一族で信仰されていた精霊だ。


 森や川に住むとされる。


 森の一族は、精霊に対し、良し悪しなどという概念を持っていない。


 精霊は精霊だ。


 実りが良ければ精霊の恵み。


 天候が悪ければ精霊の気まぐれ。


 精霊とは自然の力。


 不安や憂鬱が引き起こされるのは、ルサールカの仕業だと考えられていた。


 何か悪いことが起こったらルサールカの気まぐれ。


 でも、それは精霊が悪いのではない。


 自然とはそういうものなのだ。


 それが森の一族の考えだ。


 だが、それは森の一族の考えであり、ロストの考えは別だ。


 精霊にも悪しく存在はいる。


 その一つがルサールカだ。


「あれ? ロストくん? こんなところでどうかされたのですか?」


「……ッ」


 ルサールカがキョトンとした顔でロストを見た。


 あまりの変化に、ロストは目を丸くする。


「あなたはルサールカではないですか?」


「ルサールカ……ですか。そう呼ばれるのは懐かしいですね」


 ルサールカはあっさりと認めた。


「やはり、あなたが……。なぜ森の一族を滅ぼしたのですか?」


「滅ぼした? 私が?」


 ルサールカは首をコテンとかしげる。


「私は滅ぼしてなどおりませんよ?」


「そんな嘘だ……」


 ロストはそう言ってから、フレイヤの目を見る。


 そこで「はっ」と気づく。


 フレイヤが嘘をついているように見えない。


 そもそも精霊だ。


 人間っぽく振る舞っても人間ではない。


「そうか……やはり君は、精霊だ」


 フレイヤは悪意を知っているのかもしれない。


 でも本当の意味で理解はしていない。


 だからフレイヤには、悪意というものがない。


 精霊はどこまで言っても純粋な存在だ。


 良いとか悪いとか、そういったもので判断などしていない。


 精霊とはそういうものなのだ。


「あなたの言う通り、私は精霊よ。それで、それがどうしたのかしら?」


「いえ、それが聞ければ十分です」


 アークからすべてを奪った相手、ルサールカ。


 村を滅ぼした相手、ルサールカ。


 なにか悪いことがあっても、それはルサールカの気まぐれ。


 たとえ森の一族が滅んでも、それはルサールカの気まぐれ……。


 それが森の一族の考えだ。


 精霊とはそういうものだ。


「そんなの認められない……。認められるはずがない。だってボクは――」


 ロストは故郷が好きだった。


 村の人達が大好きだったのだ。


「――彼らを愛していたから」


 森の一族なら精霊を責めはしないだろう。


 ルサールカを責めやしないだろう。


 彼らはそういうものだと呑み込み、受け入れるだろう。


 だがロストは受け入れられなかった。


 呑み込み事など到底できなかった。


「思い出したわ。あなたは、あのときの森の一族の生き残り。一人足りないと思っていたのよ」


 ルサールカは悪びれることもなく言う。


 事実、悪いとは微塵も思っていないのだろう。


 ルサールカには悪意というものがないのだから。


「ロストくん。あなたは森の一族を愛していたの?」


「もちろん」


「私にも教えてくれませんか? 愛というものを」


「駄目だよ、ルサールカ。あなたに教えても、きっとわからない。あなたたち精霊とは、そういうものだ」


 ロストは精霊使い(ドルイド)である。


 精霊のことは誰よりも熟知している。


 そして精霊を最も憎む精霊使いだ。


 彼ほど精霊を憎み、そして精霊に好かれる者は存在しないだろう。


「ルサールカ。ボクはあなたをずっと探していた」


「それはご苦労さまね」


「ほんとに苦労したよ。でも、それも今日で終わる。ここで終わらせる」


 ロストがルサールカに右の手のひらを向ける。


 それは攻撃するという意志だ。


「そうね。それは困るわね。ええ、とても困るの」


 ルサールカはイヤリングを外した――そのときだ。


――ロスト、ごめんなさい。


 ロストの脳裏に、少女の声が届いた。


 どこか懐かしい少女の声。


 ロストの古い記憶が呼び覚まされる。


 かつて森の中の美しい村で、3年ほど共に過ごした美しい少女。


 ロストが村に導いた少女だ。


 そして森の一族を滅ぼした元凶となった少女だ。


 ルサールカを村に導いた少女――セミークだ。


 彼女が悪いわけではない。


 だが結果としてみれば、セミークが原因で村が滅びてしまった。


「そうか、君はそこにいたんだね。そんなところでずっと閉じ込められていたんだね」


 少女はルサールカのイヤリングに閉じ込められていたのだ。


「アークくんには感謝してもしきれないね。ボクをここまで導いてくれて、君と再び会えるなんて」


 運命の人の近くにいれば、いずれ目的を達せられる。


 そう予言には記されていた。


 ロストはアークを”運命の人”だと考えている。


 つまり、アークがロストを導いてくれると考えていた。


 その結果、ロストはルサールカを見つけ出しただけでなく、かつて恋した少女にも再会することができた。


 ロストはアークを信じてよかったと思うのだった。




 ……と、ロストは考えているのだが、運命の人はアークではない。


 予言に出てきた運命の人は、原作での主人公、つまりスルトのことである。


 アークを信じても何も意味がないのだが、奇跡的にロストは目的に近づいただけである。


 まったくアークのおかげではないのだが、もちろん、ロストはそれに気づかない。

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