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64. 熱演

「すまぬ。待たせたな」


 部屋に通されるや否や、王子が謝罪を口にした。


 おうおう、王子が謝罪か。


 気分がいいな!


 でも貴様、そんなこと言うキャラには見えないんだが?


 パフォーマンスか?


 この野郎め。


 オレの王子に対する印象は「嫌なやつ」だ。


 それもオレが相当嫌いな部類の。


 トールのような話が通じないやつはまだいい。


 苦手だが嫌悪感は抱かない。


 王子の嫌いなところ、その一。


 権力持ってて、イケメンなのところだ。


 つまり、恵まれすぎてんだよ、こいつは。


 そういうやつを好きになれるはずがない。


 オレが好きなのはオレよりも身分が低くて順従なやつだ。


 王子の嫌いなところ、その二。


 話が通じないことだ。


 ぶっちゃけこいつと会話しても楽しくない。


 盛り上がらない。


 王子の嫌いなところ、その三。


 薄気味悪いところだ。


 ていうか、こいつどこか人を見下してる節があるからな。


 オレも同類だ。


 よくわかる。


 こいつは性格が悪い。


「問題ございません。それより、どのようなご要件でしょうか?」


 無駄話をする気はないぞ、と釘を刺す。


「単刀直入に言おう。私のもとに来る気はないか?」


 は?


 嫌だよ。


「……」


「沈黙か。つまりそれが答えか?」


 話は通じないが、察しは良いようだ。


 王女はなかなかに察しが悪いからな。


「申し訳ございません」


 心にもない謝罪を口にする。


 全くもって申し訳ないと思っていない。


「この国の現状をどう思う?」


 は?


 なんだよ。


「どうとは?」


「今の治世についてだ」


「それを私の口から申し上げることはできません」


「そうか。ならば私の意見を言おう」


 王子がもったいぶるように間に開ける。


 いいからさっさと言えよ。


 オレは貴様とおしゃべりする暇があるなら、ヴェニス観光をしたいんじゃ。


「この国はあと数年で滅びるだろう」


 は?


 滅びるなんてことはないだろう?


 現にオレの生活は満たされている。


 こんな満たされた状況から崩壊など考えられない。


「信じておるまいな?」


「驚いているだけです。驚きすぎて言葉が出なかっただけです。

クロノス殿下がそうおっしゃるというなら、実際に滅びるのでしょう。嘆かわしいことです」


「言葉が出ないという割には流暢に口が回るようだ」


 まじでこいつなんなの?


 オレのこと嫌いなの?


 まあオレも貴様のこと嫌いだがな!


「話が逸れたな。

この国には深い闇が存在する。それだけで厄介極まりないのに魔物も大量発生している。

次から次へと問題が起こるのだ。嘆かわしい限りである。

そうであるにも関わらず彼奴は――!」


 王子が激情を抑えるように一呼吸つく。


「いや、なんでもない。

とにかくだ。

私は手を打たねばならん。

王子として生まれたからには、その責務を全うさせなければならない。

私にはこの国を守る義務がある!」


 王子の口こそ、よく回る。


 どうでもいいことをべらべらと喋りやがる。


 それをオレに聞かせてどうしたいんだ?


 相槌でも打ってやればいいのか?


 それとも褒めてやればいいのか?


 なら褒めてやろう。


「ご立派なお考えです」


 ほんと、立派だよ。


 王女様も同じようなことを言っていた。


 この国のためとか、本当に立派だと思うよ。


 オレには真似できないし、真似したくもない。


 国よりも自分が満たされていることのほうが何百倍も重要だ。


 そもそもだ。


 国のためとか言うやつは、大体が満たされてるやつだ。


 自分が満たされているから国のためとかほざける。


 一度社会から捨てられる経験をしてみれば良い。


 そうすれば国のために頑張ろうなどという考えは浮かばなくなるはずだ。


 と、まあ本音をいえばそんなことはどうでもいい。


 本気で国のためを思うならお好きにどうぞって感じだ。


 オレはやらないがな。


 だが、なぜかこの目の前のやつの言葉と、王女の言葉は違うように感じる。


 同じように国のためとほざいでいるが、何かが違う。


「アーク殿。力を貸してはくれないか? 私のためでなくとも良い。この国のため、民のために貴殿が必要だ」


 熱演だ。


 その演技を祝って主演男優賞をあげよう。


「クロノス殿。申し訳ございません。私はあなたの力にはなれようもありません」


「やはり第二王女か?」


 あ、そうか。


 そうだな。


 その手があったわ。


 そういえばオレは王女の力になると言っていたっけな。


 これは使えるぞ。


「私は彼女の力になると誓いました。誓を破っては貴族の名が廃れるでしょう?」


 嘘だ。


 ただ、こいつに力を貸したくないだけだ。


 オレのマギサに対する忠誠心なんて皆無だ。


 まったくない。


 まあ王女が泣いて懇願するなら、ミジンコくらいの力なら貸してやろうと思っているがな。


「そうか……ならば仕方あるまい」


 一瞬だけ、ほんの一瞬、こいつはオレを見下した表情を浮かべたようにみえた。


 ああ、やっぱりこいつは性格が悪い。


 そもそも、力を貸してほしいとか言いながら、どうせオレをこき使うことしか考えていないのだろう。


 わかるんだよ、そういうのは。


 貴様の思考など読めている。


 だからオレは貴様に力を貸さないのだ。


 王女は真摯だ。


 あのバカ真面目でお人好しで阿呆な王女と、こいつは決定的に違う。


 あいつは本気で誰かのためを思っている。


 こいつは、自分のためしか考えていない。


 どっちが良いとか悪いとかそういう話じゃない。


 だが、間違いなく言える。


 オレはこいつの力にはならない。


 でも、マギサになら少しだけ力を貸してやってもいいと思っている。


「では失礼いたします」


 部屋から出る。


 すると、マギサと出くわした。


 マギサはオレを避けるように顔を反らした。


「王女殿下」


 マギサの肩がびくっと揺れる。


「……はい。なんでしょう?」


 恐る恐ると言った感じでマギサがオレを見てきた。


 なにを恐れているのかはわからん。


「あなたの夢はなんですか?」


「え?」


 聞いてみた。


 大した意味はない質問だ。


 ただ少し気になるだけだ。


 でも聞く必要があった。


「もう一度聞かせてください。あなたはこの国をどうしていきたいのですか?」


「私は……それでも私は平等な世の中を作りたいです。

たとえそれが理想論だとしても。その理想に向かって私は走りたいです」


 なるほど。


 やはり王女はとんでもない阿呆だ。


 だが、王子よりは断然良い。


 アホでもバカでも、オレを見下す王子よりは百億倍マシだ。


 こいつには言っておかないといけないことがある。


「私はあなたの手を握ると決めました」


「……ッ!?」


 王女が目を見開く。


 オレは続ける。


「逃げないでください。

私からも、この国からも。そしてあなたの掲げた理想からも。それがあなたに力を貸す条件です」


 マギサを隠れ蓑にしよう。


 王子のもとで働くなど死んでもゴメンだからな。


 だからマギサ、逃げるなよ?


 貴様が逃げたら、オレは王子の誘いを断れなくなるからな。


◇ ◇ ◇


――しまったな。


 クロノスはアークがいなくなった部屋で一人呟いた。


 焦りがあったのは言うまでもない。


 それはクロノスらしくない焦りだった。


 本当ならもっと時間をかけて話を持っていくべきだった。


「ああ。やはり欲しいな」


 アーク・ノーヤダーマ。


 あのノーヤダーマ家から生まれた、奇跡のような存在。


 民を想う優しい領主。


 たった数年で領地を立て直した傑物。


 剣聖と同等、あるいはそれ以上の戦闘力を持つ実力者。


 駒としては最強だった。


 その最強の駒が王女の手にある。


 許せなかった。


 自分ではなく不出来な妹のもとにあるのが許せなかった。


「奪えると思ったんだがな」


 昨夜、クロノスはマギサと会話をしていた。


 アークを奪うと宣言をした。


 それができるという自信もあった。


 クロノスはアークを”甘い男”として見ていた。


 優しい人間なのであろう。


 多くの者を救うその心は人間としては立派である。


 しかし、冷徹さがない。


 山賊を殲滅する過激な男として知られているが、それはあくまでも相手が賊であるからだ。


 根は優しい。


 そういう者には、”国のため、民のために”とでも言えば、心を動かせると考えていた。


 クロノスは民も国もどうでも良いと思っている。


 他者に良い顔することもあるが、それは都合が良いからだ。


 今回もアークに対して良い顔を演じて見せた。


 しかし、クロノスが想像した以上にアークはマギサを信頼しているようだった。


「信頼か……」


 クロノスは鼻で笑った。


 誰かを信頼する気持ちなど持っていない。


 クロノスにとっての他人とは、使えるか使えないか、あるいは敵かそれ以外かだ。


 そして敵は一人。


 父であり、王であるウラノス・サクリ・オーディン。


 クロノスにとって最も憎き、そして殺したい相手である。

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