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49. ヴェニス

 水の都ヴェニス。


 それは見事な街並みである。


 その中でも一際美しい建物がある。


 公爵家だ。


 その中の一室、広いダイニングでルインは父親――ヴェニス公と食事をしていた。


「ルインよ。友達はできたか?」


 ヴェニス公は顔を上げてルインを見る。


 ルインはフォークを持つ手を止めた。


「いきなりなに?」


「気になるだろう。ルインは無口だからな!」


 ルインの父、ヴェニス公はルインとは打って変わり、楽天的な人物である。


 能天気と言い換えても良い。


 貿易の都市、ヴェニス領の公爵とは思えない性格だ。


 しかし、ヴェニス領は観光都市でもある。


 そういう意味で言えば、ヴェニス公はこの街にふさわしい領主とも言えるだろう。


 パーティー好きの明るい人物。


 それがヴェニス公だ。


 対して、ルインは明るくもないし無駄なことを嫌うし、パーティーも嫌いだ。


「そうだ。ルイン。今度ようやくロキ殿がうちに来てくれることになった」


「ロキ……。あの道化のような人。あのひと嫌い」


「そういうな。彼にはいつも助けられている。それに彼ほど古代遺物(アーティファクト)に詳しい人物を私は知らん」


「そんなにアレを開けたいの?」


「我らの悲願だからな。お前もそのために浄土の水(ニライカナイ)を覚えたのではないか?」


「何度も言ってるけど、違うから」


 ルインは首を横に振る。


 ニライカナイを覚えたのは、暇つぶしだ。


 悲願だと言われてもルインにはピンと来ない。


 どうでもいいと考えている。


「なあルイン。もう何百年も経つのに、我らは未だに玉手箱は開けられていない。

それを私たちの代で開ければ名誉であろう?」


「名誉なんてどうでもいい」


「はあ……」


 ヴェニス公はため息を吐く。


「まあ良い。それよりルイン。友達がいるなら今度うちに誘ったらどうだ?」


「なんで?」


「宴を開こうと思う」


「宴? なに?」


「ロキ殿いわく、玉手箱はもうじき開かれるようだ。どうだ? めでたいだろう!」


「めでたくなんてない」


 ヴェニス公はルインの言葉を無視して、延々とヴェニスの歴史を語り始めた。


 ルインは静かにため息を吐く。


 彼女にとって歴史も玉手箱もどうでも良かった。


 玉手箱がどんな秘宝であろうと、そんなものよりももっと欲しい物がある。


――欲しいものか……。


 ルインが生まれてはじめて、本気でほしいと思ったものがある。


 でも、どうやってそれを手に入れればいいのかわかっていない。


 天才と呼ばれる彼女も、一人の少女なのである。


 父親の話に終わりがないと考えたルインは、食事を早めに切り上げて部屋に戻った。


 そしてルインは考える。


 彼女はアークのことを思い浮かべた。


 休み期間中、アークに会えないのは寂しい。


「パーティーか」


 これは良い口実になるだろうと、と考えた。


 だが、さすがにアークだけを誘うといらぬ誤解を受けそうだ、とも考えた。


 基本的にストレートに物事を考えるルインだが、なぜかアークのこととなると乙女になるのであった。


 ルインは引き出しの中から便箋を取り出し、机の上のペンを持つ。


 そして、


「手紙。なんて書こうか」


 とウキウキした声で呟いた。


◇ ◇ ◇


 ふはははは!


 やはり家は良い!


 いいぞ、この快適感!


 そして優越感!


 オレよりも偉いやつがいない空間は最高だ!


 ふははは!


 オレは王座っぽい椅子に座りながら、配下共を見下ろす。


 指、干支、軍、執事、使用人、etc……。


 壮観だ!


 オレの下に、ズラッと手下共が並んでいる。


 この光景はかなり気持ちがいいな。


 オレが偉いということがひと目でわかる!


「ご苦労。ところで、オレがいない間の領地はどうだった?」


 こいつら、どうせオレがいなかったら適当に遊んでいたのだろう。


 ランパードとかランスロットとか干支とかが事細かに説明してくる。


 ふむふむ、なるほど。


 まあそれなりには仕事したのだろう。


 なんかランパードが人手不足とか言っていたが、そんなの知らん。


 貴様らの問題だろう?


 それにオレがいるときはもっと扱き使ってやるからな!


 わーはっは!


 覚悟しとけよ?


「貴様らに追加で仕事を命じる」


 人手不足の上で、さらなる命令を下すなんて……やはりオレは悪徳領主だぜ。


「はっ!」


 こいつら声が揃ってやがるな。


 さては、練習でもしたか?


「水の都ヴェニスを調べろ」


「ヴェニスですか?」


 カミュラが尋ねてくる。


「そうだ。オレは水の都ヴェニスに行く」


「……!?」


 誰かが息を飲む音が聞こえた。


 なにを驚く必要がある?


 オレみたいな高貴な者は美しい街が似合う。


 オレにこそヴェニスが似合うだろう?


 ヴェニスについて下々に調べさせて、その情報をもとにオレはヴェニスを満喫する。


 貴族は最高だぜ。


 自分で調べなくても情報が揃うからな!


 ふははは!


「目的は……まあ言うまでもなかろう」


 観光に決まっている。


 それ以外にありえないだろう。


 ルインに招待されており、ヴェニスでは、最高級の宿で最高級のおもてなしがされるらしい。


 ふはははは!


 貴族のコネは最高だぜ!


「さてカミュラ」


「はっ!」


「貴様はヴェニスの最近の状況を調べろ」


「かしこまりました」


 流行りって大事だからな。


 とくに流行ってる店とか食べ物とかは事前に調べておく必要がある。


「ラトゥ」


「はっ!」


「貴様は公爵領について調べろ。……そうだな。歴史とかを詳しく教えてくれ」


「歴史……でしょうか?」


「街を知るにはやはり歴史が一番だからな。あそこには何かある」


 前世でも、オレは観光前にはその街の歴史を調べていたものだ。


 そうすることで、より観光が楽しくなる。


 それにああいう観光都市には、必ずと言っていいほど何かしらの面白い歴史がある。


「かしこまりました」


 ラトゥが頭を下げる。


 ふははは!


 こういう人材の無駄遣い、最高だぜ!


 部下がクソ忙しい中で、たかが旅行のために調べさせるとは……なんて贅沢なんだ。


 これぞ貴族の特権だ!


「ランスロット!」


「はっ!」


「領地の引き締めを頼む」


 こいつには引き続き警備を頼もう。


 観光から帰ってきたら家を泥棒で荒らされていた、なんてことになったら気分が最悪だからな。


「もちろんです」


「それと、外からやって来る賊共(やから)には、遠慮せんでいいぞ? 丁重におもてなしをしてやれ」


 外敵が来たら、容赦はせんでいい。


 ぶっ潰してやれ。


「かしこりました」


 ランスロットが恭しく頭を下げる。


 うむ。


 やはりランスロットは良い。


 信用できるな。


 雰囲気からして、歴戦の兵士という感じがする。


 実際、兵士の中でも人気があるらしいしな。


 こいつがいれば安心だ。


「ランパード」


「はっ」


「引き続き領地を頼む」


 ランパードのおかげでオレは何もやらずに領地が発展している。


 つまり、不労所得をガッポガッポ稼いでいるというわけだ!


 ふははは!


「あのアーク様。一つよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「先程も少し触れましたが、現在ガルム領は人手不足でして」


「それで?」


「何か良い案をいただけないかと存じます」


「はっ、そんなの簡単だ。働けるやつを集めればいいだけだろう」


 24時間働かせますか?


 ガルム領総労働時代!


 わーはっはー!


 少しでも働けるやつは全員働かせろ!


 よし、これで完璧に問題が解決したな。


「では皆のもの。楽しい休暇(バケーション)を過ごそうではないか!」


 他のやつらには死ぬほど働かせて、オレだけ優雅に休暇を楽しむ!


 やはり貴族は最高だな!

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