201. 終戦
どうやらオレの体は乗っ取られたらしい。
クソがっ!
オレの一番キライなやつだ。
人の身体も、人生も、オレから何かを奪うやつは全員死んでしまえ!
だが、オレの体を奪いたいやつの気持ちも理解できる。
オレは貴族で恵まれた才能があって世界に愛されている。
そんなオレに取って代わりたい気持ちはわかる。
100人いたら1000人がオレに成り代わりたいと思うだろう。
だがな?
オレの体はオレのもんだ。
誰にも譲らん。
オレの権力も財力も強運も才能もすべてオレのもんだ。
誰にも渡さねぇ。
オレから何かを奪おうとするやつは何人たりとも許さん。
万死に値する。
オレの体を返せ、クソ野郎。
「アーク! 戻ってこい!」
スルトがオレに向かって叫んでいる。
叫ぶなよ、鬱陶しい。
戻ってこいだと?
オレに指図するなよ?
オレはオレのやりたいようにやるって決めてんだ。
「私はあなたに救われました! まだ恩を返しきれておりません。どうか私に恩返しさせてください」
カミュラがそういった。
ふんっ。
当たり前だ。
貴様はオレが死ぬまでずっとオレのそばで働かせ続ける。
そういう罰を与えた。
恩返しがなんだか知らんが、貴様には最期まで罰を与え続けてやる。
「私もアークに救われた。一人で悲しくて絶望していた私に光を、希望を、未来をくれた。アークと一緒の未来を生きたい」
ルインめ、貴様は何を言ってるんだ?
オレが貴様を救っただと?
勘違いも甚だしい。
オレは何もしていないし、そもそも貴様を救った記憶すらない。
勝手に救われたと思ってるだけだ。
「アーク様! 私は……貴方なしでは生きられない……。生きてください……負けないでください!」
王女が涙を浮かべている。
オレが負けるだと?
は?
バカも休み休みいえ。
「オレが……負けるわけ……なかろう」
くそっ、こいつら好き勝手いいやがって。
ああ、ほんとムカつく。
オレはオレだ。
誰のものでもないし、誰に強制もされないし、誰かに定義されるものでもない。
奪われるなんてもってのほかだ。
奪われる人生なんて、前世だけで十分だ。
この世界でオレは誰にも何も奪わせない。
「マギサ……オレはな、負けんぞ? 絶対に負けない。だから……オレを信じろ」
「信じる……?」
「ふははっ……。そうだ、信じろ。オレはアーク・ノーヤダーマだ。世界は……オレを見捨てない」
そう、世界がオレを愛している。
だからオレは負けない。
「くっ……なぜ、なぜお主は……私の制御化にあるはずでは――「勝手に人の口動かしてんじゃねーぞ」」
オレはオレのやりたいように生きる。
自分勝手に気ままに気楽に。
自分が良ければなんでもいい。
だからオレは最後まで自分勝手に身勝手に生きてやる。
戻ってこい?
生きてください?
恩返しさせてください?
一緒に未来を生きたい?
知るか、ボケ。
オレはオレのやりたいように生きる。
これがオレの選択。
誰にもオレを止められない。
アーク・ノーヤダーマは止められない。
さあ、ヘルよ。
貴様も道連れだ。
オレの体を奪おうとしたんだ。
オレに殺される覚悟はできてるんだろうな?
「――ニブルヘイム・ゼロ」
オレはオレに向けて最強の魔法を放った。
世界は凍りつき、オレは意識を手放した。
◇ ◇ ◇
戦いは終わった。
建国以来の最大の内戦が終わった。
第一王子・第二王女連合派の勝利で幕を閉じた。
そして闇の手が殲滅された。
国全土で発生した魔物暴走もヘルの消滅とともに収束した。
平和が訪れた。
しかし、失ったものがあまりにも大きく、手放しに勝利を喜べる状況ではなかった。
仲間をなくした者、恋人をなくした者、家族をなくした者――。
戦争が終わったがその傷跡は大きく、人々の心に喪失感を与えた。
だが、人々の心に最も喪失感を与えたのは、ひとりの人物の死だろう。
アーク・ノーヤダーマ。
この戦の中心人物であり、一番の功労者だ。
第一軍、グリューン侯爵、ロット侯爵を倒し、加えて諸悪の根源であったヘルをほぼ単独で倒した。
他にも彼の功績をあげたらきりがないだろう。
それらの功績は凄まじく、彼がいなければ国はもちろん世界が滅んでいたとさえ言われている。
一人の犠牲によって世界が救われたのなら十分であろう。
だが、アークと親しかった者たちは、そうは思わない。
アークを知るものたちはみな自分を責めた。
ひとりの英雄にすべての責任を負わせてしまい、犠牲にしてしまった。
ルインが、スルトが、カミュラが、干支が、指が、軍が、第一王子が、エリザベートが、シャーリックが、ロストが、グレーテルが、ランパードが、学園長が、学園が、塔が、ゴルゴン家が、ドルイドが、ヴェニス家が、ガルムの領民が、辺境伯が、王国軍が、騎士団が――。
多くのものたちの心に傷を作り出した。
アークはいま全身を凍らせて眠っている。
「アーク……アーク…………」
アークの側でルインが泣き崩れていた。
「アーク様。なんで私たちをおいて……違う、違います。なんで私はアーク様をひとりにさせてしまったのでしょうか……。私が頼りないばかりに……」
カミュラが後悔に顔を歪める。
「……ッ」
力不足を嘆いているのは、何もカミュラだけではない。
スルトが、歯を食いしばりながらアークの顔を見る。
アークを助けにいったはずなのに、結局、アーク一人に全てを負わせてしまった。
「私を救ってくださったのに……私はまだ何も返せておりません」
ラトゥの目からとめどなく涙がこぼれ落ちる。
干支はみな、アークによって救われた。
ティガーでさえも、アークの死に対して言葉をなくしていた。
闇の手を倒して未来を向けると思っていた。
しかし、一番一緒に隣で未来を見たいと人はもういない。
アークはもういない。
「お兄様……お兄様のために頑張ったのですよ? お兄様のために私は変わったのですよ? なのに……なんでッ!」
エリザベートはアークの冷たくなった手をぎゅっと握る。
手が冷え感覚がなくなってもなお、握り続ける。
いつもは力強く握り返してくれたのに、いまは何も返してくれない。
アークは反応しない。
「アーク様のご成長をもっと見ていたかったです」
シャーリックは涙をこらえながら言う。
「私はもう軍を率いることはできません。あなたなしでは荷が重いのです」
普段弱音を吐かず、どんなときえも表情を変えないランスロットが苦々しい顔で弱音を吐露した。
「アークよ。お前がいない世界で私はどうすれば良い?」
第一王子が嘆く。
この勝利を一番一緒に祝いたかった相手がいないことに、王子は喪失感を覚えた。
アークをよく知る者も、そうでない者もみなアークの死を嘆いた。
アークの状態は綺麗に保存されていた。
まるで彼一人本当に時が止まったかのように――。
各々が嘆き悲しみ叫び、それでもアークは戻ってこない。
失ったものはあまりに大きく、アークの功績はあまりにも大きすぎた。
みんなが泣いていた。
戦争が集結してから10日間雨が降り続けた。
それは戦争の悲しみを世界が悼んでいるようだった。
アークの死を世界が嘆いているようだった。