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198. 不敵な笑み

 ニブルヘイムとヘルヘイム。


 その力は同列である。


 ニブルヘイムは氷の世界、ヘルヘイムは死の世界。


 それぞれ神の住まう世界のことだ。


 世界に優劣は存在しない。


 人間が神と戦うことはできないが、すでにアークは神の領域に至っている。


 神の遺物(ヴェスティージ)をもとに作り出されたアークの体は、神の魂であり神の器である。


 アークはヘルと渡り合えるだけの力を持っていた。


 ニブルヘイムとヘルヘイムの間に優劣はない。


 それなら勝敗を決めるのはなにか?


 先に相手の攻撃を受けたほうが負けるだろう。


 アークがヘルヘイムを受ければ死の世界に誘われ、ヘルがニブルヘイムを受ければ氷の世界に閉じ込められる。


 どちらも文字通り必殺技なのだ。


「ふははははははははっ! 楽しいな! 楽しいぞ! 悪くない!」


 アークは昂揚していた。


「無駄口を叩くとは呑気なものだな」


 それに対し、ヘルは冷静だった。


 ヘルはかつて、こことは異なる世界線、つまりパラレルワールドで一度敗北している。


 英雄スルトと魔女マギサの戦い。


 魔女マギサの体を使っていたヘルは、英雄スルトに負けた。


 あの戦いにおけるヘルの敗因は、スルトとの戦いの前に力を使いすぎていたことだ。


 世界を半分の人類を殺した代償に、ヘルは弱体化していた。


 完全体とは程遠い状態で、英雄スルトによって討ち取られたのだ。


 だからこそ、この世界線でヘルは、闇の手という組織を作った。


 自分の力をなるべく使わずして世界を滅ぼそうとしたのだ。


 だが、その計画も頓挫。


 アークによって計画を崩されたのだ。


 アークがいなければヘルの計画はうまくいっていたはずだった。


 事実、原作でのヘルは国を崩壊させていた。


 原作ではすべてうまく行っていたのだ。


 だが何度でもいうが、この世界にはアークがいる。


 アークという異分子によってヘルの計画が尽く潰されている。


 それでも最後の計画だけはうまくいっていた。


 戦争を起こさせ、国中を死で蔓延させ、怠惰(ウラノス)を使って大量の魔物を復活させた。


 魔物が人間を殺していき、さらに死が広がっていった。


 あとはアークさえ倒せば良い。


 そうすればこの国は完全に崩壊する。


 そして憎き神、オーディンを殺す準備が整う。


 ヘルの目的のために、ここは重要な局面であった。


「ふははははははははっ! いいぞ! もっと! もっとだ! 死ぬまで殺りあおう!」


 脳天気で遊び感覚のアークと、ユミル解放のために失敗が許されないヘル。


 両者どちらも己の欲望、目的のために動いている。


 その目的の深さと広さが異なるだけ。


 もちろん、目的が浅く狭いのはアークだ。


「――ムスペルヘイム」


 ヘルにはもう一つの神の魔法がある。


 ムスペルヘイムだ。


 ムスペルヘイムとニブルヘイム。


 炎と氷。


 相性で言えば炎が氷に勝るように思えるだろう。


 だが、繰り返しでいうが、神の領域に優劣はない。


 2つの力は同格。


 氷が炎によって溶かされるようなことはなければ、炎が氷に閉じ込められることもない。


 しかし、ヘルにはヘルヘイムとムスペルヘイムの2つの力がある。


 神の魔法が同格であれば、当然、数の多さが勝敗を決める。


 炎の世界(ムスペルヘイム)闇の世界(ヘルヘイム)の2つが合わさり、氷の世界(ニブルヘイム)を侵食していく。


 これこそがヘルがスルトの体を奪った理由。


 スルトの体を使えば、2つの神級魔法を扱えるようになる。


 マギサの体でも神級魔法である創生魔法を使えたが、戦いではあまり役に立たなかった。

 

 スルトの神級魔法は完全に戦闘用のものだ。


「――――」


 力が激しくぶつかりあう。


 アークとヘルの戦いで小細工は無用。


 力で押し切るか、押し切られるか。


 それがすべてだった。


 技術など必要ない。


 力――圧倒的な力こそが物を言う。


 アークが常日頃から「力こそ最強!」とのたまっているのが、まさか皮肉のようにアークはその暴力によって押されていた。


 復活し力を増したアークであっても、ヘルには及ばない。


 絶望的な状況だ。


 人間が勝てる相手ではない。 


 神の領域に足を踏み入れたアークでもヘルには勝てない。


「ふははははははははっ!」


 それでもアークは笑っていた。


 いつものように不敵な笑みを浮かべて――。

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