191. 死のダンス
突如湧いた闇の手が古城にいた人々に襲いかかる。
相手が人間であろうとそうでなかろうと、敵であろうと味方であろうと構わずに襲いかかる。
それに触れた人間が次々と飲み込まれていく。
闇に引きずられていく。
あれに飲み込まれたら戻れない。
ルインはひと目で理解した。
そして闇の手の集団が闇の手と名乗っている理由を理解した。
闇の手というのは、ヘルの力そのもの。
上からも下からもあらゆるところから闇の手が迫ってくる。
禍々しさを帯びた黒い手が城を蹂躙していく。
「――――」
ルインは少しでも距離を開けようと必死で逃げた。
ルインだけではない。
マギサや合流した干支のメンバーとともに闇の手から逃げる。
あれはもはや災厄であり、天災だ。
「水の刃――!」
水の刃がルインに向かって伸びてきた闇の手を断ち切る。
一応、闇の手に対し魔法は効くようだ。
しかし無限に湧いてくる闇の手に、いくら魔法をあててもきりがない。
そもそもルインはヘルとの戦いでかなり消耗していた。
限界が近づいている。
だが捕まったら最後。
いくつく先は、死。
死の世界に誘われる。
「アーク……」
ルインは思わずアークの名前を呼んだ。
アークがいればいつも安心だった。
アークならどんな状況でもなんとかしてくれた。
アークがヘルを倒してくれることを願った。
しかし、
「……ッ」
ルインの心を占めていたのは、最悪の可能性。
アークが強いのは理解している。
今まで何度もルインたちを救ってくれた。
しかし、アークにも限界がある。
アークが死の神を倒す姿を想像できなかった。
アークが死ぬ可能性を考えてしまっていた。
嫌な想像を振り払うように首をふったが、胸のざわつきを抑えることはできなかった。
◇ ◇ ◇
ふははははははははっ!
ヘルのやつめ。
オレを探すためむやみやたらに魔法を使ってやがるな!
だが甘い!
甘すぎてゲロ吐きそうだ。
オレは激アマが好きじゃないんだよ。
ケーキ食べるならブラックコーヒーも一緒だろ?
オレには最強の直感がある!
あんなのろまな手に捕まるはずがない!
ふはははははっ!
だがしかし、あの手が厄介なことに変わりないな。
闇の手の数がどんどんと増えてきやがる。
まあ、どうせ数に限界があるだろうし、遠くに逃げれば問題ない……。
「いやダメだな」
今日のオレはどこかおかしい。
逃げ腰になっている。
逃げることが目的になっている。
違う、そうじゃない。
最終的に勝たなきゃ意味がない。
このまま逃げ続けても勝てる未来が思い浮かばない。
逃げるのは好きだし、勝てばなんでもいいが、勝たずに逃げるのはダメだ。
勝たなきゃいけない。
何を恐れている?
怖いのか?
あのヘルに負けるとでも思っているのか?
いや、そんなはずはない!
なんたってオレはガルム伯爵だ!
世界はオレを愛してるんだ!
ならばオレがやることは一つ!
ヘルを正面からぶっ殺してやる!
「仲間を守るために姿を現したか。さすがは英雄」
ん?
こいつは何を言ってるんだ?
まったく理解できないんだが……。
「英雄だ? 間違えんな。オレはオレの好きなように動いてるだけだ」
虫酸が走る。
英雄なんて誰かのために頑張るやつの代名詞だ。
生前、オレはそういうのに憧れていた。
だから英雄っぽいことをやろうとして不正を告発した。
その結果、クソみたいな最期を迎えた。
あんな最期を迎えるなら、英雄なんか目指すもんじゃない。
「オレは好き勝手やって貴様をぶっ殺す」
ヘルに休む暇を与えなければ良い。
数を撃ちまくればいずれ相手が疲れる。
オレはいままで何度も、この戦い方で勝ってきた。
それなら今日だって勝てるはずだ!
オレなら大丈夫。
オレならやれる。
なんたってオレはガルム伯爵だ。
負けるはずがない!
相手が疲労して動けなくなるまでぶっ放し続ける!
ふははははは!
オレに不可能はないのだ!
「――――」
いつもよりも大きく、いつもよりも多く、いつもよりも固く、いつもよりも鋭く――。
今日はなぜか調子が良い。
魔力に際限がないように感じる。
どこまでだってやれるように感じる。
「……ッ」
氷塊がヘルにあたった。
やつの肩をごっそり削った。
血が飛び散る。
オレはニヤッと笑みを浮かべる。
「ほお? 期待以上だぞ、アーク」
ヘルの体が肩が一瞬で再生した。
ふんっ、体が再生するからってなんだ?
問題なかろう。
体が再生するなら粉々になるまで氷塊をぶっ放し続ければいいんだろ?
シャル、ウィー、ダンス?
「さあ、ダンスの時間だ。最高のダンスで踊り明かそうじゃないか?」
朝までとは言わず、魔力が尽きるまで踊ってやろう!
死と隣合わせの最高にスリルなダンスをな!