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170. 演説

 原作で、ランスロットはスルトとともにガルム領に入った。


 そしてスルトがアークを倒す際に、ランスロットは敵に囲まれてしまう。


 味方の裏切りにあって――。


 ラウンスロットは腹心であるモルドレッドに裏切られ、敵陣のど真ん中で置き去りにされてしまう。


 そんな一幕がある。


 ランスロットを裏切ったモルドレッドは、裏切りの騎士と呼ばれていた。


 彼はランスロットの最も優秀な部下だ。


 モルドレッドという男はアーク軍の中で最優といえるだろう。


 優秀なあまり、現状を的確に把握できてしまう。


 その結果、原作ではランスロットを裏切ることが最も良いと判断したのだ。


 そして今回の第一軍との戦。


 モルドレッドは戦力では圧倒的に不利だと理解していた。


 しかし、彼は逃げなかった。


 彼は最後まで裏切らず、アークのために仲間のため、そしてガルム領のために戦い続けた。


 そしてモルドレッドはこの戦で大切な部下を失った。


 戦の直前に会話した若い新兵だ。


「帰りを待つ人がいると言っていただろう」


 モルドレッドは若い新兵が持っていたロケットを握りしめる。


 軍であれば死はつきもの。


 戦争となれば、なおさらだ。


 そしてまだ戦争は続く。


 まだ始まったばかりである。


「――諸君」


 アークがゆっくりと話し始める。


 その声は決して大きくないはずなのに、モルドレッドの耳にすんなりと入ってきた。


「悲しいものだな。失うとわかっていようとも、前進するしか道がないというのは。

これからもっと多くのものが失われるだろう。戦いとは、(いくさ)とはそういうものなのだ」


 モルドレッドは血が滲むほど強く、ロケットを握りしめる。


 第一軍との戦いは、出来すぎなくらいうまくいった。


 完勝と言って良い戦いだった。


 だがそれでも死んでしまった者たちがいる。


「何も失われないのなら、私は喜んでこの足を止めよう。

しかし現実はそうではあるまい。

歩みを止めた我々に待っているのは、奪われ食い散らかされる未来。

さて、食い殺されないためには何が必要だろうか?」


 アークが群衆を右から左へと順に流し見た。


 モルドレッドは一瞬、アークと目があったような気がした。


 気のせいかもしれない。


 だが、そう思わせるほどにアークは一人ひとりの顔をしっかりと見ながら語っていた。


 アークは続ける。


「やつらの喉仏を食い破るしかなかろう! このケルベロスの旗のように!」


 アークがガルム領の旗を指差す。


 旗には、3つの頭を持つ獰猛な獣が描かれている。


「誰もが自分の命が最も惜しい。逃げたいやつもいるだろう。

なんせ我らの敵は国だ。怖くて当然だ。

だが、逃げることをオレは許さん。

ガルム領のために戦い、そして死んでいけ!」


 アークは非情ともいえる宣言をした。


「諸君に残された道は2つにひとつ。

ここで逃げオレに殺されるか、ガルム領のためにその身を捧げるか。

前者を選べば無駄死にだ。

今ここでオレが氷漬けにしてやろう。

だが、もし後者を選ぶというなら、貴様らにはオレから一つ与えてやろう。

仲間のため、民のため、そしてガルム領のために勇敢に戦った栄誉を与えてやろう!

勇敢な戦士として語り継いでやろう!

国が変わる。

歴史が変わる。

これはそういう戦いだ!」


 アークが言葉を止めると、庭園は異様な静けさに支配される。


 誰もがアークの演説に聞き入っている。


 瞬きするのを忘れたように見入っている。


 モルドレッドもその一人だ。


「私は諸君らを知らない。

過去を知らない。

動機を知らない。

何が好きで、何が嫌いかを知らない。

何ができて、何ができないのかを知らない。

何を思い、今この場に立っているかを知らない。

しかし、一つだ。

たった一つ知っていることがある」


 アークは大きく息を吸った。


 その音がモルドレッドの耳にも入ってくるほどだ。


「諸君らがこのガルム領の勇敢な戦士であるということだ!

私は願う。諸君とともに戦える未来を!」


 アークはそう締めくくり、城の中へと消えていった。


 直後、割れんばかりの歓声が沸き起こる。


 庭園が興奮と高揚に包まれる中、モルドレッドは静かにロケットに視線を落とした。


「ここで逃げる恥知らずなどいるわけがないだろう。我らは誇り高きアーク軍なのだから」


◇ ◇ ◇


 ノーヤダーマ城での演説。


 それはアークが、ガルム伯爵が、国王に宣戦布告した瞬間であった。


 2つの勢力による戦いの火蓋が切って落とされた。


 これは歴史を変えるほどの、大きな大きな戦になる。


 その渦の中心にアークはいた。


 本人の意思とは関係なく、アークは変革の中心に立っていた。


 ちなみに原作では、ここまで大規模な争いは起きていない。


 辺境伯の反乱はあったものの、辺境伯の勢力だけでは反乱したとして国を揺るがすほどではなかった。


 また、その頃にはすでに闇の手によって国の南側がほぼ掌握されていた。


 国王や闇の手と戦えるだけの戦力は、この国には存在していなかったのだ。


 だが、この世界は違う。


 南西にはガルム領。


 東には学園とバベルの塔。


 西にはヴェニス公爵。


 北西にはゴルゴン家と精霊族。


 そして北には第一王子率いる北神騎士団と辺境伯。


 アークが多くを救ってきたため、この世界線では、国王派閥に対抗できるだけ戦力が整っていた。


 こうして原作では起こり得なかった戦争が勃発した。


 歴史にも大きな影響を与える戦だ。


 そして後にこの戦いはこう呼ばれることになる。


 ――ラグナロク、と。


 勝っても負けても歴史が変わる戦い。


 果たしてアークたちはこの戦いに勝利を収めることはできるのだろうか……。


 原作にはなかった戦が始まる――。

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