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167. 落ちていく影

 時をほんの少しだけ戻す。

 

 ブリュンヒルデがジークフリートと対峙していた。


 ジークは干支最強。


 それに対し、ブリュンヒルデは普通の少女だ。


 剣の才能もなければ魔法の才能も一般的な貴族よりも少し上回る程度だ。


 しかし、ブリュンヒルデはジークと互角に戦えていた。


 それはヘルから賜った力にある。


 ブリュンヒルデが得た力は、”共感(シンクロ)”。


 相手との合意が取れた場合のみ使える力であるが、ブリュンヒルデにとっては十分だった。


 彼女が共感する相手はファバニールしかいない。


 ファバニールと共感(シンクロ)することで、ファバニールの力を扱うことができた。


 もちろん、すべての力を扱うことはできず、許容量の限界がある。


 だがその一部を扱えるだけでも相当な力となる。


 ナンバーズⅦ、嫉妬のブリュンヒルデ。


 第七位にふさわしいだけの力を持っていた。


 竜のような強靭な肉体と身体能力、竜の鱗のような鉄壁の防御、無限とも思える魔力量。


 さらに――、


「――竜の息吹(ドラゴン・ブレス)


 ファバニールの放つ灼熱魔法を、ブリュンヒルデは短詠唱で扱えた。


 人一人を丸々と飲み込む炎がジークに襲いかかる。


「ハァ――ッ!」


 ジークは大剣バルムンクで炎を薙ぎ払う。


 共感(シンクロ)によって竜の力を得たブリュンヒルデと、実験によって竜の一部を得たジーク。


 アークとファバニールほどの戦いではなくとも、二人の戦いも人外じみていた。


 ニーベルンゲン平原に戦い跡が刻まれていく。


 一進一退の攻防。


「昔を思い出すわ」


 ブリュンヒルデは楽しげに語る。


「こうして二人で駆け回ったわね。ねえ、ジーク?」


 ニーベルンゲン平原で相まみえる二人。


 昔の無邪気に笑い合ってる姿はなく――殺し合いをしている。


 ジークは口を開かない。


 余裕がないからではなく、口を開けば決心が揺らいでしまうから。


 過去を語ることは過去を懐かしむこと。


 それによって最後の瞬間を躊躇してしまう懸念があった。


「あの頃は楽しかったわ。何もかも全部忘れて今だけを楽しめたもの」


 ブリュンヒルデは一人で語り続ける。


 返事など求めてない。


「またこうして貴方と遊べるなんて。こんなにうれしいことはないわ」


 遊び、なんて表現するべきものではない。


 そんな生ぬるいものではない。


 本気で命を奪い合っている。


 だが、ブリュンヒルデには少しだけ余裕があった。


 二人の実力の差というより、体力の差であろう。


 昼間から戦い続けているジークと、竜の背に乗ってアーク探ししかしていなかったブリュンヒルデ。


 どちらのほうがに疲労が溜まっているかといえば、間違いなくジークフリートであろう。


 実力が拮抗しているなら、その体力の差が力の差として現れてくる。


 それに加え、ブリュンヒルデには精神的な余裕もあった。


 ファバニールがアークに負けるはずがない。


 それは確信だ。


 いずれアークが死ぬ。


 そうなればもうジークに抗う術はなく、ブリュンヒルデの勝利が確定する。


 時間はブリュンヒルデの味方のはず――。


「な、なんで……」


 ――だった。


 突如、ファバニールと結んでいた共感(シンクロ)が切れた。


 いや、正確には切れたわけではない。


 繋がりが希薄になった。


 ブリュンヒルデは狼狽した。


 ファバニールが負けるはずがない。


 しかし、こんなことは初めてだった。


 焦りによって思考が乱れた。


 と、その瞬間――。


「――――」


 ジークの大剣がブリュンヒルデの肩を斬り裂いた。


「……ぐっ」


 ブリュンヒルデは急いでジークとの距離を取る。


 致命傷には至っていない。


 痛みはあるが、まだ体は動く。


 だが、ファバニールとの繋がりが切れかかっていることで、ブリュンヒルデの耐久力は大きく落ちていた。


 何が起こったのか……。


 答えはわからない。


 だが、ブリュンヒルデができることは一つ。


「……ッ」


 逃走。


 ファバニールのもとまで逃げる。


 今のブリュンヒルデではジークに敵わない。


 彼女から共感(シンクロ)を奪ってしまえば何も残らない。


 ジークと戦えるような魔法はない。


 身体能力もそこまで高くない。


 今はまだ繋がりがあるため、ブリュンヒルデはジークから逃げることができる。


 しかし、共感(シンクロ)が切れた瞬間、ブリュンヒルデは一般人に毛が生えた程度でしかなくなる。


 それでは勝負にすらならない。


 だから逃げる。


「はあ……はあ……」


 一気に形成が逆転した。


 ブリュンヒルデの体が悲鳴を上げる。


 繋がりが薄くなっていく。


 ブリュンヒルデは誰かとの繋がりを求めた。


 繋がりがなくなってしまえば、ブリュンヒルデは一人ぼっちになってしまう。


「あ……」


 ブリュンヒルデの足に限界が近づいていた。


 それと同時に、ファバニールとの共感(シンクロ)が切れたのを感じた。


 ジークがブリュンヒルデに狙いを定め、大剣を上段に構えた。


 そして――


「――バルムンク」


 振り下ろした。


 衝撃がブリュンヒルデに襲いかかる。


 ブリュンヒルデはとっさに振り向く。


 共感(シンクロ)が切れた彼女では、避けようもなく防ぎようもない一撃。


 死を彷彿とさせる一撃がすぐ目の前に迫っていた。


――ああ……ようやくだわ。


 ブリュンヒルデは思わず、ジークに向かって手を伸ばした。


――やっと私を殺してくれるのね。ねえ、ジーク?


 衝撃がブリュンヒルデに届く、その直前――。


「――――」


 小さな何かがブリュンヒルデの前に現れた。


 そして――、


「……ッ」


 それはブリュンヒルデの代わりに衝撃を吸収し、ぽたっと目の前に落ちた。


「なんで……?」


 ブリュンヒルデは目を見開く。


「ファバニール……?」


 小さくなったファバニールが倒れ伏していた。

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