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164. 化け物同士

 第二王女――マギサ・サクリ・オーディン。


 この戦、表向きはマギサが旗振り役である。


 第一王子ウラノスと第二王女のマギサの共同戦線。


 二人が王に対して反旗を翻す。


 王国史上最大の内乱。


 この戦で彼らの陣営の勝利するためにもマギサを失うわけにはいかなかった。


 だからマギサが城で待機を命じられるのは当然のことだった。


 しかし、マギサは城に留められて良しとする人物ではなかった。


 彼女はアークを追いかけた。


 今思えば、それもアークの手の内ではあったのだろうか?


 マギサが城に閉じ込められて満足する性質(たち)でないことは、アークも知っていたはずだ。


「いえ、これは私の願望ですね」


 アークの意図はわからない。


 それでもマギサはアークを追う。


 アークの姿は見えなくとも、ファバニールの姿は見えた。


 あの巨体なら、遠くにいても見失うことはないだろう。


 ファバニールに近づけず近づくほどに、その迫力に気圧されそうになる。


 竜ですら恐怖の対象であるのに、ファバニールはその中でも別格だった。


 足が止まりそうになる。


 だが、


「それでも私は行くと決めたのです」


 アークはあの巨大な竜と一対一で戦っている。


 マギサが行ったところで役に立つ保証はない。


 むしろ、邪魔になってしまう可能性がある。


 だが、マギサはこの戦いで何もやらないことを最も恐れた。


 それに彼女には神級魔法がある。


 その力を使えば、多少でもアークの力になれるはず――。


 どごぉぉぉん、と轟音が響き渡る。


 ファバニールの一撃が、竜の息吹(ドラゴン・ブレス)が地上に落ちてきたのだ。


 マギサは咄嗟に自身の肩を掴んだ。


 震えている。


 本能的な恐怖だ。


 体の震えが止まらない。


 アークとファバニールによる人間の領域を遥かに超えた、化け物同士の戦いが繰り広げられていた。


 この戦いに果たして自分の居場所はあるのだろうか?


 マギサは己に問いかける。


 答えは、返ってこない。


◇ ◇ ◇


 膨大な熱量――灼熱の炎が空間を支配する。


 夜にもかかわらず、眩しいばかりの炎が地上を照りつけた。


 凄まじく暴力的な熱は、文字通り人間の脳を焼くだろう。


 たかが一人の人間が対処できるものではない。


 たとえ人間が束になろうと敵う相手ではないのだ。


 言うなればそれは天災。


 人智を超えた力に、人間が抗う術は存在しない。


 だがしかし、それでも抗おうとする者がいれば、それは大英雄か大馬鹿者のどちらかであろう。


 アーク・ノーヤダーマ。


 最強種である竜の、そのまた頂点に立つファバニールと一人で戦いを挑んでいる男。


 大英雄であり、大馬鹿者であり、両方の性質を備える人物だ。


「――――」


 閃光と暴力がアークに襲いかかる。


 力任せな竜の息吹(ドラゴン・ブレス)は、技術など不要というばかりにアークへと向かっていく。


 一瞬で蒸発しかねないほどの熱量だが――、


「ふっ……」


 アークは笑いながら、その炎を真正面から受け止めた。


 刻印による、魔力制御。


 最小限に抑えた魔力で全身を氷で覆う。


 一瞬で人をも溶かす熱を、氷によって防ぐ。


 馬鹿馬鹿しいほど単純な技だが、馬鹿では到底できない高度な魔力制御が必要となる。


 この極限の戦いで、少しでもタイミングを誤れば体が燃え尽きてしまう。


 もしこの場を一端の魔法使いが見ていたなら、涙を流していたことだろう。


 アークの扱う魔法はそれほどまでに洗練されており、美しかった。


 バカの一つ覚えのように氷の、それも刻印を介した魔法を使い続けてきたアーク。


 彼の技術は人間の理を超えていた。


 そもそも刻印技術そのものが人間をやめている証だ。


 人間をやめなければたどり着かない境地。


 だからこそ、アークは今もファバニールとやりあえている。


 だからこそ、ファバニールは満身創痍なアークを仕留められずにいた。


 アークは逃げに徹していた。


 魔力を最小限に抑えつつ、致命傷を避けながら逃げる。


 小賢しいといえばそれまでだが、非難よりもむしろ賞賛が上回る。


 生物最強であるファバニールをして、ここまで仕留めきれない相手は初めてであった。


 しかし、ファバニールの優位は揺るがない。


 アークを仕留め切るのは骨が折れるが、アークに仕留められない自信があった。


 現状、アークの打ち手はない。


 逃げ回るだけで精一杯だ。


 時間の経過とともに、ファバニールは己が優位になっていくことを感じ取っていた。


 戦いは終盤に差し掛かっていた。

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