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146. 呼吸

 想いは認められない――。


 ブリュンヒルデにとって、この世界は生きにくいものだった。


 息が詰まる、なんてものじゃない。


 息ができない。


 生きていけない。


 息をするためには、空気が必要だった。


 その空気がジークだった。


 ジークがいなければブリュンヒルデは生きていけない。


 ジークは空気だ。


 淀んでいてもいけない。


 アークという不純物は不要だった。


 アークを殺す。


「だって、私のジークに貴方は必要ないもの」


 ブリュンヒルデはファバニールに乗りながらアークを探していた。


 ファバニールは目も良く、感も鋭い。


 本気で探せばすぐに見つけることができるはず――。


 なのに、なぜかまったく見つからなかった。


 ただ一つ確かなことは、ノーヤダーマ城にはいないということだ。


 あそこに戻っていれば、さすがにファバニールが気がつく。


 つまり、今もどこかに潜伏しているということだ。


 何のために潜伏しているかはわからない。


 だが潜伏理由など考える必要はなく、ただ見つけて殺すのみ。


「ああーん、もう。本当にどこにいるのかしら? はやく殺さなきゃいけないのに……」


 アークを殺せる人間がこの世界にどれだけいるのだろうか?


 ナンバーズⅡのイカロスでもアークを殺せなかった。


 おそらくアークを殺せるのはナンバーズⅠか、ヘルだけ。


「ファバニール。貴方だけが頼りなのよ」


 ブリュンヒルデはファバニールならアークを殺せると信じていた。


 なぜなら、


「竜の王に人間ごときが敵うはずないものね」


 ナンバーズⅠ、強欲のファバニール。


 最強生物の竜の中でも、頂点に立つのがファバニールだ。


 さらにブリュンヒルデは、ナンバーズⅦ――嫉妬を冠していた。


 アークを殺すには十分な戦力である。


 そもそもファバニールだけでもアークを殺すには十分すぎるほどだ。


「アークが死ねば、ジークの心も私のものよね」


 アークが死ねばジークは必ず自分を恨むだろう。


 そうなればジークの心を独り占めできる。


「うふふ。それって最高じゃない? ああ、楽しみだわ」


 しかしその後、アークの探索を続けるものの、結局彼を見つけることができなかったのである。


◇ ◇ ◇


 村を出たオレは、ノーヤダーマ城に向かって歩く。


 村を出る前に色んな物を持たされそうになったが、いらんと断っといた。


 オレは伯爵だぞ。


 必要なもんは自分で勝手に仕入れる。


「そんなこと仰らずに……どうかこれだけでも」


 そういって村長は村で一番高価な魔石を差し出してきた。


 仕方ない。


 貰ってやろうではないか!


 ふははははははははっ!


 村の最高級のものを奪い取るなんて、やはりオレは悪徳貴族だぜ!


 どうせ城に着けば魔石など腐るほどあるが、村人が必死に差し出してきた物を貰うのも悪い気分ではない。


 これだから貴族はやめられんのさ。


 村を出てから、のんびり山の中を歩く。


「……」


 にしても、平和だな。


 昔の賊共がうじゃうじゃしていた頃とは大違いだ。


 あの頃は三歩歩けば、賊と遭遇していた気がする。


 まあ賊共がいたとしても、全員氷漬けにしてやるだけだがな!


 あれはいい実験になってたな。


 楽しい思い出だ。


 最近では、さっきの村で久しぶりに賊退治したが、賊などめったに見かけんくなった。


 平和は嫌いではないが、少々面白みに欠ける。


 まあいい。


 散歩でもしながら、のんびり歩くとするか!


 別に急ぎの用事があるわけでもないしな!


 そもそも伯爵であるオレを急がせる用事などあるわけないからな!


 ふははははははっ!


 他人に縛られず好き勝手に生きていけるのは最高だな!


「ふはははは! 伯爵はやはり最高だな! 人生イージーモードだぜ!」


◇ ◇ ◇


 第一軍が迫ってきており、かつ、竜の侵攻もあるガルム領。


 かつてない危機に緊迫した雰囲気が漂っている……はずなのだが。


 一人だけ平和だとのたまうアーク。


 これが領主なのだから領民たちは救われない。


 領地で最も能天気なのがアークというのは、なんとも皮肉なことであろう。


 果たしてアークは第一軍と竜を退けることができるのか?


 神のみぞ知ることである。

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