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139. 出会い

 ブリュンヒルデとジーク。


 彼女らは主従の関係にあった。


 グリューン侯爵令嬢であるブリュンヒルデと、使用人の一人であるジークフリート。


 二人が出会ったのは、お互いが7歳の頃。


 城を抜け出してきたブリュンヒルデが街で偶然出会った少女、それがジークフリートだ。


 その日、ブリュンヒルデは父親から婚約相手を告げられた日だった。


 相手は子爵であり、爵位は当然グリューン侯爵よりも下。


 しかし、貧乏だったグリューン侯爵と違い、子爵は金に余裕があった。


 その相手は後にアークによって裁かれることになるハゲノー子爵だった。


 金銭的な援助を受けることが目的だ、というのは誰の目にも明らかな婚約だった。


 そしてもちろん、ブリュンヒルデはハゲノー子爵と結婚などしたくはなかった。


 7歳という年齢でそういう話が出るのは、彼ら貴族にとって何ら不思議なことではない。


 結婚というのは家と家を結ぶための契約。


 そう教えられてきたし、ブリュンヒルデ自身そのことに何ら違和感を覚えてなどいなかった。


 だが、頭でわかっていても感情が追いつかないことがある。


 ハゲノー子爵に問題があるわけではない。


 いや、ハゲノー子爵自体にも大いに問題はあるのだが、どちらかというとこれはブリュンヒルデ自身の問題であった。


 相手が誰であれ、彼女にとって結婚という契約は苦痛でしかなかった。


 どんな人物であれ、一生好きになることはない。


 そればかりか嫌悪感すら抱く。


「わかってるな。ハゲノー子爵との婚約は我が領の発展(・・・)のためには欠かせないのだ」


 当時のグリューン侯爵、つまりブリュンヒルデの父はそうのたまった。


 発展という言葉が滑稽であり、せめて存続というべきだろう。


 それはともかくとして、ブリュンヒルデにとってこの決定は地獄行きのチケットを渡されたようなものである。


 もちろん、彼女に拒否権はない。


 ブリュンヒルデは逃げるようにして屋敷を飛び出した。


 そして街で偶然ジークに出会い、助けられた。


 そもそもブリュンヒルデのような見るからにお嬢様(・・・・)な格好をした人物が護衛もつけずに街を歩いていたのだ。


 狙われるのも当然だろう。


「ぐへへへへっ。こいつは金になりまっせ」


 という、見るからに下劣な輩に捕まったのも当然の成り行きだった。


 ブリュンヒルデはスラム街に連れ込まれ、身ぐるみを剥がされようとしていた。


 そして、たまたまそこを通りかかったジークが、


「失せろ、ゴミども」


 と一喝し、下劣な輩を一掃したのだ。


 当時、ジークはスラム街で恐れられており、まだ7歳という年齢なのにどの大人よりも強かった。


 そうしてジークと出会ったブリュンヒルデは、ぐぐっと胸の奥を鷲掴みにされるような感覚を覚えた。


 後にブリュンヒルデは、それがどういう感情であったかを理解するが、当時はその感情の名前を知らなかった。


 知らないなりに、


「気をつけなよ、お嬢さん。じゃあ俺はここで」


 といったジークを無理矢理に引き止めて、


「あ、あなた! 私の使用人になりさい!」


 と命令口調でいったのだった。


 当然、ジークは首を縦には振らず、


「大丈夫か? お前」


 とブリュンヒルデの頭を疑った。


 だがしかし、ブリュンヒルデの強い説得によって半ば折れるような形でジークはブリュンヒルデのもとで働くことになった。


 スラム街よりはよっぽど恵まれた環境であるのは間違いなく、冷静に考えてみればジークが誘いを断る理由はどこにもなかったのだ。


 こうしてジークはブリュンヒルデ専属の使用人となった。


 それからというもの、ブリュンヒルデは常にジークをそばに置いた。


 ジークはまだ子供ながら兵士すらも凌駕しており、最強の護衛と言えた。


 ジークがそばにいるだけで、ブリュンヒルデはあらゆるところにいくことができた。


 この頃、領内でも魔物が少しずつ出現するようになっていたが、ジークがあっさりと倒してくれていた。


 そうして歳月が過ぎ――。


「お嬢様! お待ち下さい、お嬢様!」


 森の中で駆け回るブリュンヒルデを、執事服を着たジークが追いかける。


 よくある光景となっていた。


 この頃にはジークも、しっかりと主従関係を理解しており、乱暴な言葉を扱うことはなかった。


 ブリュンヒルデにしてみれば、少し距離が空いてしまったようで悲しい気持ちでもあったが仕方ないと割り切っていた。


 二人は主従の関係である。


 どれだけ親しかろうと、その関係を超えることはできなかった。


「待ってください。お嬢様!」


「あははっ、ジーク! 楽しいわね!」


 ちなみに、この日ブリュンヒルデが森を駆け回っていたのには理由がある。


 空から落ちてくる何かを目にしたからだ。


 歳の割に聡明であったブリュンヒルデだが、子供ながらの好奇心も持っている。


「ねえジーク! 見てよ、ジーク! こんなものがあったわよ」


 そういってブリュンヒルデが拾い上げたのは、1メートルはあるほどの大きな卵。


 両手を抱えて物珍しそうに卵を見つけるブリュンヒルデ。


「お嬢様おやめください。危険です!」


 何度もいうが、この頃領内では魔物が頻繁に発生していた。


 魔物の発生メカニズムを知らないジークが、それが魔物の卵からもしれないという警戒心を抱くのは当然だった。


「大げさね。何があるっていうの?」


「卵を取り返しに魔物が襲ってくるかも知れません。それほどの大きさの卵なら大型の魔物でしょう」


「なーに、そんなことか?」


 ブリュンヒルデは顎に人差し指を当て、首をコテンと傾ける。


「それなら大丈夫よ。だって、ジークが守ってくれるんでしょう? ねえ、ジーク」


「はい……もちろんですが。それとこれとは――」


 ブリュンヒルデはニコッと笑う。


「ほらね。やっぱり大丈夫でしょう?」


 今までも何度かブリュンヒルデは魔物と遭遇し、その度にジークが助けられてきた。


 あの、最初の出会いを思い出すかのように、彼女は自らを危険に晒すようになっていた。


 だがもちろん、そうそう危険は起こらない。


 それはジークがあまりにも強すぎだからだ。


 誰もジーク相手に下手な真似を働こうとは考えないし、魔物もジークなら一瞬で倒せてしまう。


 またブリュンヒルデも、本当に危ない真似をするほど愚かではなかった。


 せいぜい、階段をわざと踏み外して助けれもらうような、そんな些細な危険を犯す程度だった。


「大丈夫ではありません。万が一、お嬢様の身に何かあれば――」


 と、ジークが説教を始めようとしたときだ。


――ピキッ


 突如、卵に小さな亀裂が入った。


「わっ、わっ、ジーク!?」


 ブリュンヒルデは驚きのあまり、卵を手放してしまった。


 その衝撃によって、


――ぱりっ


 と卵に大きな亀裂が走る。


 そして、


「くぅん」


 卵から小さな竜が姿を現れたのだった。


「え? え? なにこれ……」


 ブリュンヒルデは驚く。


 それもそのはずで、竜など生まれてこの方一度も目にしたことがなかったのだ。


 竜とは恐ろしいモノ。


 そういう認識が彼女にはある。


 だが、


「きゃー、可愛い!」


 ブリュンヒルデは高揚した。


 目の前の竜がブリュンヒルデの知る怖い竜とはかけ離れており、可愛らしく見えた。


 彼女は生まれたばかりの竜を撫でる。


「お嬢様! お嬢様! 竜ですよ! 危険です、離れてください!」


 ジークは万が一のことがないか気が気ではなかった。


「大丈夫よ、ジーク。心配性なんだから」


 幼い竜はブリュンヒルデに懐いているようだった。


 初めて見るのがブリュンヒルデだったからなのか、竜はまるで幼子が母親を相手するかのように、ブリュンヒルデの胸の中に顔を埋めていた。


 ブリュンヒルデはひとしきり幼い竜と戯れたあと、ジークに向かって言った。


「ねえ、ジーク。この子うちで育ててもいいかしら?」


「それは……」


 不安そうな顔で問うてくるブリュンヒルデに、ジークは言葉を詰まらせた。


 だが、


「ダメです。お嬢様」


 ジークはきっぱりと断る。


 竜を育てるなど前代未聞。


 この地域では、過去にニーズヘッグと呼ばれる竜が現れ、街を破壊された過去がある。


 竜に対して良い印象は持たれていない。


 竜を育てるなど言語道断であった。


「そう、ね。そうよね……」


 がっくりと肩を落とすブリュンヒルデ。


 ジークは申し訳無さを覚えるが、こればかりは認められない。


「じゃあ、たまにここにきて世話をするのは駄目かしら? ねえ、ジーク?」


 もう一度、言葉をつまらせるジーク。


 結論は変わらない。


 ダメです、とそう言おうとしたジークだが、竜が睨むようにジークを見ていた。


 生まれたての竜が人間の言葉を理解しているとは思えない。


 だが、この幼い竜は二人のやり取りを本能で理解しているように思えた。


 もしもここで竜とブリュンヒルデを引き離せばどうなるか?


 ジークにはそちらのほうが危険が大きいと感じた。


 ならば、ここで竜を殺すべきか?


 竜とはいえまだ生まれたばかりだ。


 殺そうと思えば殺せる。


 だが、そうすることでブリュンヒルデとの関係が壊れてしまう。


 ブリュンヒルデは悩んだ挙げ句、


「それなら……まあ構いませんが。くれぐれも深入りはしないでくださいね」


 と言うことしかできなかった。


 ブリュンヒルデはぱあ―っと目を輝かせた。


「ジーク、ありがとう! 大好きよ!」


 これがブリュンヒルデと、後にファバニールと命名される竜との出会いだった。

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