138. ジーク
ふははははっ!
賊を倒すのは気持ちの良いものだな!
陛下がなんとかいってたが、そんなの知らん!
今の国王なんて隠居した爺のようなもんだろう。
それにオレには第二王女がいる!
さらには第一王子ももはやオレの味方だ!
引退した爺なんかあいつらが黙らしてくれる!
ふははははっ。
これぞ権力!
この国でオレはもうやりたい放題だぜ!
そもそも、あんな賊と陛下は何の繋がりもないだろう!
「アーク様。この度はありがとうございます」
村人共がオレをもてなしてくれた。
ふはっ。
なかなかに良い気分だ。
豪勢な料理が振る舞われている。
まあ、オレからしたら貧相なものだがな。
この村からしたら、精一杯のもてなしだろうな!
ふははははっ。
オレのために領民が働いている姿は、いつみても最高の気分だぜ。
こいつらがせっせと働いたものをオレがたらふく食べる。
なんて最高な人生なんだ!
「本当に、本当にありがとうございました。アーク様がいらっしゃらなければ、今頃私達は……」
村長とやらが言葉をつまらせる。
「なに。気にしなくてもいい。ああいう輩の相手は慣れているからな」
「アーク様は……。やはりお噂通りですね」
噂通りに悪徳貴族ってことか?
ハハッ。
まあそうだろう!
貴様らが汗水垂らして収穫した食料を、何も気にせず食べ尽くすのだからな!
せいぜい平民で生まれた自分を恨むがいい!
村長が目に涙を浮かべている。
貴様ら平民は一生オレにこき使われ続けるのだ!
どれだけ泣きわめいても、その運命は変わらないのだよ!
そういう定めなのだよ!
ふははははっ!
ふはははははははははーっ!
やはり悪徳貴族最高だぜ!
◇ ◇ ◇
本格的な戦いが始まろうとしている中――。
アークは何も知らず飯を食っているのであった。
こんなアークに振り回されている周りは、なんという悲劇だろう。
否、これは喜劇かもしれない。
アークを中心にした喜劇が悲劇シナリオを塗り替えていっているのだから……。
シナリオは大きく変わってしまい、今後どういう結末をたどるのかは誰にもわからない。
その結末が喜劇で終わるのか、それとも悲劇で終わるのか。
それは誰にもわからない。
◇ ◇ ◇
ノーヤダーマ城の頂上。
月に照らされ、一つの影が姿を表す。
竜のジークフリート。
干支、最強。
その実力は抜きん出ており、アークを除けばガルム領で最強の人物。
干支の中で最年長。
背が小さいせいか、はたまた童顔のせいか、年齢以上に幼く見える。
小柄な体には竜の入れ墨――ではなく、本物の竜の一部が刻まれている。
竜とのキメラであるジーク。
夜に隠れるような浅黒い肌に、特徴的な琥珀の瞳。
その瞳で一点を見つめる。
彼女はノーヤダーマ城の守護を任されていた。
「……来ましたか」
夜の闇に隠れて――否、隠しきれない巨体がノーヤダーマ城に向かって飛んできていた。
それが何であるのか、彼女には容易に想像がついた。
竜だ。
単体だけで空を覆い尽くすほどの巨大な竜。
もはやそれは災厄とも呼べる存在だ。
ジークはその体に見合わないほどの大剣を軽々と掲げ、両肘を曲げながら柄を握る。
剣先を後方に向け、一点を見据えた。
魔力を大剣に込め、
「――バルムンク」
大剣を薙ぎ払うように振り回した。
魔力の塊が衝撃を纏って空を駆け抜ける。
まるで空間が上下で真っ二つに割れたかのような、見事な一撃。
「――――」
音が爆ぜる。
同時に、空に浮かぶ巨大な影が落ちていった。
ジークは大剣を鞘に収めると、影が落ちていった方に向かって一気に跳躍した。
疾風のごとく地面を駆け抜けていく。
巨体は、忽然と姿を消していた。
その代わり――
「久しぶりね、ジーク」
暗闇から小さな影が、ひとりの少女が現れた。
彼女をジークと呼ぶ相手は一人しかいない。
「……お久しぶりです」
ブリュンヒルデが月の光に照らされている。
その肩には小さな竜が乗っている。
ジークとブリュンヒルデ、そしてファバニール。
約10年ぶりとなる再開。
最後に二人が別れたときは、お世辞にも良い別れではなかった。
むしろ最悪と言っても過言ではない別れ方だった。
「元気にしていたかしら?」
「……おかげさまで」
ジークは大剣の柄を握る。
「うふふっ。随分と皮肉を言うじゃない? あなたを地獄に落としたのは、私だというのに」
「……」
「あらあら。そんなに警戒しないで。今日は何もするつもりはないわ。挨拶に来ただけだもの」
「警戒しないほうが無理というものです。
グリューン侯爵が何の連絡もなしに訪れた。それだけで十分警戒に値します」
「冷たいことを言うのね。私とあなたの仲じゃない? グリューン侯爵だなんて……悲しいわ」
ブリュンヒルデはわざとらしく、シクシクと泣いてみせる。
それが演技であることはジークの目にも明らかだ。
「ねえ。せっかくの再開なんだから昔話でもしない? 夜は長いでしょ?」
ジークは悩む。
ここでブリュンヒルデと戦うのは得策ではない。
というより勝ち目がない。
ブリュンヒルデ一人なら相手取れるが、彼女の側にはファバニールがいる。
ファバニールと戦える人間など一人しかいない。
アークだけだ。
「……わかりました」
いま攻め込まれて困るのは、ジークのほうだ。
それならば、今夜”楽しい”おしゃべりをして時間稼ぎするのが良いだろう。
それに――
「私もお嬢様とお話したかったところです」
ブリュンヒルデの目がぱーっと輝く。
「うふふっ。嬉しいわぁ。お嬢様だなんて。昔の私達に戻ったみたいじゃない?」
「ええ」
ジークは小さく頷く。
「それじゃあ、いつから話そうかしら? そうだわ。せっかくだから貴方と出会いから始めましょう!」
ブリュンヒルデは語り始める。
二人の過去を。
二人が袂を分かつきっかけとなった昔話を――。




