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134. 敗走

 ロット侯爵領の中心部からノーヤダーマ城まで直線距離で約60キロメートル。


 普段、行軍に慣れていないロット侯爵軍では、早くても4-5日はかかる距離である。


 当然、途中で何度も野営することになる。


 慣れない行軍に兵士たちの疲労はかなり蓄積されていた。


 そもそも今回の作戦での兵力の1/3近くは徴兵であったり、傭兵であったりする。


 傭兵はまだしも、徴兵してきた兵はただの平民である。


 疲労がたまるのも当然である。


 そして何より、今回は敵はガルム伯爵。


 隣の領地だからこそ、彼らの耳にはアークの活躍が入ってきていた。


 いわく、子供時代に荒れ果てた伯爵領を立て直した男。


 いわく、一人で領地の盗賊を壊滅させた男。


 いわく、第一王子と第二王女を従える男。


 いわく、王に反旗を翻そうと企てている男。


 いわく、世界最高の魔法の使い手。


 いわく、神に最も近しい男。


 噂は噂でしかない。


 しかし、その噂のほとんどに真実が混ざり合っている。


 そんなアークと敵対することは、当然、彼らにとって恐怖である。


 それも平民にしか過ぎない者たちならなおさらだ。


 恐怖を抱くのも無理はない。


「杞憂だ! アークはいま学園におる!」


 ロット軍指揮官は、アークの不在を強調することで少しでも不安を和らげようと努力する。


「我らに空の王者、竜が味方しているのだ! たとえアークがいようと負けるはずがない!」


 アークの不在と竜の援軍。


 この2つは兵士にとって大きな心の支えとなっていた。


 もしもこの心の支えがなくなればどうなることか……。


 しかし、そんな彼らに凶報が届く。


 アークの帰還と竜撃破の知らせだ。


 まるでタイミングを狙ったかのように、その情報がロット軍に駆け回った。


 指揮官は偽情報だと言い張るが、その情報は指揮官が気づいた頃には軍全体に広がっていた。


 それにも理由がある。


 この部隊は、寄せ集めの部隊である。


 その寄せ集めの中に、間者が紛れ込んでいても不思議ではない。


 事実、ロット軍の中には”指”の手の者や干支が紛れ込んでいたのだ。


 情報を伝搬させていく。


 さらに彼女らは不安を煽るようにアークの恐ろしさを伝えていく。


 敵対したものには容赦なく、アークは盗賊に対して容赦なかった、と。


「なあ、この戦いやばいんじゃね?」


「ガルム伯爵に楯突くなんて、俺らはもう終わりだ……」


「竜殺しに勝てるわけがない……。勝てるはずがないのだ」


「ああ、なんろいうことだろう。我々は誰を敵に回してしまったのか」


 不安は伝染していく。


 行軍という不安定な状況ならなおさら、焦りが、不安が、悲壮感が強まる。


 それを収めるのが指揮官の役目であるが、残念ながらロット軍の指揮官は無能であった。


 ほとんどの指揮官はコネでなったようなものであり、特に総指揮官であるロット侯爵は軍を率いたことがないド素人である。


 喚き散らすことはできても、軍の規律を守らせ、統率することはできない。


 もともと組織として脆く、少し不安を煽るだけで勝手に瓦解していく。


 さらに、


「敵だー! 敵が攻めてきたぞー!」


 夜襲が彼らを追い詰めていく。


 どこからか現れた部隊が野営しているロット軍を頻繁に襲いかかる。


 見張りは立てているにも関わらず、まるで突然現れたかのように出現する部隊にロット軍は手を焼いていた。


 ちなみにその部隊は少数精鋭部隊、干支である。


 毎日のように来る夜襲。


 そのせいで睡眠もまともに取れず、疲労は募るばかり、状況は悪くなるばかりだった。


 疲労が蓄積され、本来ならば4,5日で到着する距離であるのに、なんと5日経っても1/3しか進めないでいた。


 ロット侯爵の苛立ちは募り、


「この無能どもめ! 歩くこともできないとは、貴様らは家畜以下だ!」


 と罵ることで、兵士たちの士気を下げていた。


 見事なほどの悪循環である。


 そして兵士たちの不満が溜まっていったことで、


「くそっ、もうやってられるか!」


「俺は降りるぞっ!」


 兵の一部が逃げ出したのだ。


 軍において逃亡は死罪に値する。


 当然、捕まれば見せしめのために殺される。


 だが、殺されるとわかっていても、逃げたくなるほど状況が悪化していた。


 そんな状態でも、


「来たぞー! 敵だ、襲撃だ!」


 干支からの襲撃は止まらない。


「もう終わりだー」


「ガルム伯爵に逆らってはダメだったんだ」


 さらに軍に潜入した指や干支が恐怖を煽っていく。


 まだ戦場についたわけでもないのに、軍はパニック状態に陥ってしまっていた。


 混乱を収めようとする指揮官が逃げ出した者たちを斬り伏せる。


 それがさらなる混乱を生み、収集がつかなくなる。


 ロット軍はまだ戦ってもいないのに、その数を半分まで減らしてしまったのである。


 竜の援軍もなく、士気は最悪、そして数でもアーク軍に負けている。


 さらに城攻めという難題も課されている状態だ。


 正直、どう考えても無理である。


 歴戦の軍であったとしても、少ない兵力で城を攻め落とすのはかなりの無謀である。


 兵の練度も士気も低いロット軍にとって、それは死地に赴くようなもの。


 勝つ見込みのない戦いに赴けるほど、彼らの精神力は鍛えられていない。


 だが、総指揮官であるロット侯爵の中に撤退の二文字はなかった。


 そうして迎えた6日目。


 ロット軍が街道を進んでいるときだった。


「な、なんだ!?」


「て、敵襲!!!」


 疲労困憊の彼らをアーク軍の部隊が襲いかかったのだった。


 今までの少数精鋭部隊ではない。


 モルドレッドの部隊。


 数は約2000。


 数だけでいえばロット軍のほうが断然多い。


 だが、疲労困憊な上に士気も低いロット軍だ。


 突如現れたアーク軍に慌てふためき、


「う、うわあぁぁぁ」


「逃げろおぉぉ」


「ぎゃああああ」


 ロット軍は瞬く間に崩壊していったのである。


 こうしてロット軍とアーク軍とまともに戦うことも鳴く、逃走する羽目になった。


 アークの知らないところで一つの戦いが幕を開けることもなく終焉したのだった。

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