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117. 塔の上のラプンツェル

 ラプンツェルは、かつてバベルの塔で研究員をしていた。


 研究に没頭する毎日。


 基本的に一人でいることが多いものの、たまにイカロスや学園長と議論していた。


 イカロスとは、話があった。


 研究分野が違うものの、研究に対する姿勢は近しいものがあった。


 逆に学園長とは馬が合わなかった。


 学園長は「誰もが平等に学べる機会を作りたい。それこそが魔法の発展につながる」と言っていた。


 しかし、ラプンツェルはそんな学園長の考えに否定的な立場だった。


「誰かに魔法の発展を願うのは弱者の発想だ。自らの研究で魔法を発展させる。それしかないのだよ」


 そしてイカロスもラプンツェルの考えと同じだった。


「真に魔法の発展を願うなら、己の研究に没頭し、圧倒的な研究成果を残すのみです」


 厳密にいえば、ラプンツェルとイカロスの考えも違っていた。


 そもそもイカロスは魔法の発展など願っていない。


 イカロスにとって大事なことは自らの研究を進めることであり、その結果として魔法が発展していくだけだと考えていた。


 それに対し、ラプンツェルは魔法の発展を願って研究を進めていた。


 学園長は「教育に携わりたい」といって塔を去っていった。


 ラプンツェルにとって、学園長がいなくなったことは大した問題ではなかった。


 普段話すメンバーが一人減っただけであり、研究に支障はなかった。


 そしてそれから数年後、ラプンツェルはついに研究を完成させた。


 当時、ラプンツェルが研究していた分野は”魔法の原点”についてである。


 アース神族とヴァン神族、それぞれの魔法があるが、ラプンツェルが研究をしていたのはアース神族の魔法について、つまり現代で使われている魔法についてである。


 魔法の原点といえば、オーディン神である。


 そしてオーディン神がバベルの塔を作り、人間に知恵を与えたことで人間が魔法を扱えるようになった。


 そのため、ラプンツェルの研究はバベルの塔がメインとなった。


 バベルの塔の仕組を暴くことが魔法の原点を解明することに繋がると考えた。


 当時、最も人気がある研究分野は魂の研究であった。


 そしてその分野では、イカロスが最先端をいっていた。


 最も人気のある分野で最も研究成果を残していたイカロスは、最年少で教授に上り詰め、次期塔長として期待されていた。


 それに対し、ラプンツェルの研究は、お世辞にも人気があるものとは言えなかった。


 だが、結果としてラプンツェルのほうが高い評価を受けることとなる。


 バベルの塔の研究をしてきた結果、オーディン神が創り出した魔法――グングニルを完成させたのだ。


 ラプンツェルは、神級魔法を世界で初めて創り出したとされ、学会で高い評価を受けた。


 正確には、ラプンツェルはオーディン神が創り出した魔法システムを解明したのであり、神級魔法を創り出したわけではない。


 しかし、神級魔法を完成させたのはラプンツェルの功績であるのに変わりはなく、ラプンツェルは一躍時の人となった。


 さらにこの研究の結果、ラプンツェルは100階に登る権利を得られた。


 つまり、バベルの塔でトップに立ったのだった。


 ラプンツェルは塔に登る前に、子供を生むことにした。


 相手はイカロスだ。


 イカロスに好意を持っていたわけではない。


 強いて言うなら、新しい生命に興味があったというだけのもの。


 もしかしたら、子供でも持てば少しは人間らしくなれるかもしれないとも考えた。


 しかし、生まれた子どもたちを見ても、何の感情も抱かなかった。


 ラプンツェルは、生まれた子供たちをイカロスに預けた。


 そして彼女はバベルの塔に登った。


 バベルの塔の99階で、ラプンツェルはオーディンに会った。


 オーディンから望みを聞かれたラプンツェルは、「すべての知識が欲しい」と願った。


 オーディンは、すべての知識を得られるよう世界を見渡す目をラプンツェルに授ける、と言った。


 しかし、一つだけ条件があった。


 バベルの塔の管理者になることである。


 バベルの塔は、管理者がいなければ機能しない。


 といっても、管理者としての義務は特になかった。


 ただ、100階にいるだけで良いと言われた。


 ラプンツェルは管理者をやることを承諾し、100階に登った。


 そしてそこで、ラプンツェルはとある少女と出会った。


 塔の管理者を名乗る少女だ。


 ここで生まれ落ち、この場所を管理し続けるのが少女の目的だった。


 少女は、100階(このへや)から出たことがないと言った。


 管理者がいなくなってしまうと、バベルの塔が機能しなくなってしまうからだ。


 少女が100階から出るためには、管理権限を他の人に移譲する必要があった。


 ラプンツェルは少女から管理権限を譲り受けた。


 この部屋に閉じ込められてしまうのはネックだったが、すべてを見通せる目は一研究者として魅力的であった、


 それにいざとなれば、少女に管理権限を渡せば出られるようになる。


 そう考えていたのだが、少女が戻ってくることはなかった。


 少女が薄情だったから、というわけではない。


 少女が記憶をなくしたからだ。


 少女はバベルの塔で生まれ、そこでしか生活をしていなかった。


 管理権限を移譲し、この部屋から出た場合、管理者として過ごした記憶はすべて抹消される。


 オーディンいわく「何かを得るためには代償が必要になる」というものだ。


 少女は記憶をなくし、100階に戻ってくることができなくなった。


 そうしてラプンツェルはこの部屋――バベルの塔の牢獄での生活を余儀なくされた。


 100階は神の領域であり、飲まず食わずでも生きていけた。


 世界のあらゆる情報にもアクセスできる。


 ラプンツェルの知的好奇心を満たすには十分な環境が取り揃えられていた。


 しかし、


「ここでの研究はすべて無意味なのよね」


 ラプンツェルは空虚な気持ちになった。


 いくらここで研究をしたとして、この場から去れば記憶も消されてしまう。


 そうなると、研究もすべて無意味になってしまう。


 それこそ時間の浪費だった。


 そもそも時間の概念すらあやふやなこの空間では、浪費という言葉は似つかわしくないが、それでも時間を浪費していると感じてしまう。


 ラプンツェルは空虚な気持ちのまま過ごしていた。


 そして気がつけば、自然と娘たちを探すようになっていた。


 そこで、娘たちがイカロスによってキメラにされるのを見てしまった。


「……ッ」


 彼女はどうしようもないほどの怒りを覚えた。


 ラプンツェルは、自分でもそんな感情になるとは思わなかった。


 娘たちの命など、なんとも思っていないと考えていた。


 だが、いざキメラにされる瞬間を見ると、抑えきれない怒りが湧いてきた。


 ラプンツェルは、自分が想像以上に人間味があることに気づいた。


 そして子どもたちをイカロスに預けたことを後悔した。


 だがいくら後悔しても、もう遅かった。


 ラプンツェルは、100階から出ることはできない。


 100階にたどり着く者がいない限り、ラプンツェルは外と交流を取ることができなかった。


 そして、候補となる人物はイカロスしかいなかった。


 そのイカロスもなかなか100階にたどり着けず、気がつけばラプンツェルは10年以上の間、バベルの塔に囚われることとなった。


 惟一救いがあったとすれば、娘たちがアークに助けられたことであろう。


 そして娘たちが成長する姿を、塔の上から見守ることができた。


 ラプンツェルはアークを見たときに直感した。


――彼なら、ここにたどり着くかもしれない。

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