114. 人肉
マギサがもう一人のマギサ――マギと出会いを果たしていた頃。
羊のシャーフはロストとともに行動していた。
シャーフは干支の中では、比較的戦闘力が低く下から数えたほうが早い。
具体的には、下から三番目である。
一番低いのは申であり、次に低いのはネズミである。
申に関しては、戦闘力ゼロといっても過言ではなく、ネズミも単純な戦闘ではそこまで高くない。
だが、その二人に関していえば、戦闘力以外の面で変えの効かない存在だった。
つまり、例外を除けばシャーフが最も弱いこととなる。
しかし、決してシャーフは弱くない。
他が異常なほど強いのだ。
たとえば、このバベルの塔にも来ているティガー。
ティガーは頭のほうはあんまりだが、強さだけなら干支の中でもトップ3に入る。
他にもトップ3といえば、犬のフントがいる。
バレットの援護があったとはいえ、トールとまともにやりあえたのは、フントの実力があってのものだ。
亥のエヴァは、フントやティガーに比べたら少し戦闘力が劣るものの、上位に入る実力者だ。
そもそもエヴァはほとんどのことを卒なくこなすことができる。
ティガーやフントのように戦いしか能がないモノたちよりも、よっぽど優秀である。
一番の新参者であるバレットは狙撃手であり、フィールドによっては干支上位陣にも届きうる強さを持っている。
ちなみに干支の中で最強といえば、やはり竜だ。
竜は別格の強さを誇る。
干支は化け物揃いのため、シャーフは干支の中では少し弱く見えてしまう。
しかし敵が多い場合において、シャーフの魔法は役立つ。
シャーフの魔法は催眠だ。
その名の通り、相手を眠らす魔法だ。
そう言うと大した魔法ではないように感じるが、戦闘中の興奮した相手でも眠らすことができるため非常に強力な魔法と言えた。
だが、シャーフよりも格上の相手には通用しない。
そもそも、シャーフの魔法の本質は眠らすことではない。
彼女の魔法は”消す”魔法である。
たとえば、フレイヤからモノを奪ってくるときもシャーフは”消す”魔法を使って運び出した。
消すことができるのは何も物だけではない。
記憶を消すこともできる。
この力で敵対する組織の記憶を何度も消してきた。
そして、消す魔法を応用して意識を奪うこともできる。
相手を無力化するのに、うってつけの魔法であった。
シャーフはバベルの塔で暴れている化け物たちを次々と眠らしていく。
そしてシャーフでも眠らすことができない魔物やキメラをロストが処理していた。
「数が多いね」
ロストのつぶやきにシャーフはため息混じりに頷く。
「はあ。このままじゃあいくら戦っても埒が明かないよ」
イカロスが作り出した実験体の数は相当なものであり、それに加えて魔物たちも大量にいる。
終わりなく悪夢のように、延々と化け物たちが押し寄せてくる。
「でも、大丈夫。アーク様がいるからね」
シャーフは力強く、そう呟いた。
◇ ◇ ◇
原作のシャーフは他の干支の例にもれず、悲惨な最期を迎える。
悲惨な目にあったのは、むしろ他の人物かもしれない。
羊と馬の姉妹は、原作では、イカロスによって何度も体をいじくり回される。
その結果、二人は死亡してしまう。
そして主人公スルトがバベルの塔に訪れたときに悲劇が起こる。
イカロスによる長年の実験の結果、二人の姿は人間というよりも、もはや動物に近い状態になっていた。
問題は死後だ。
原作では、イカロスが主人公スルトたちに料理を振る舞う場面がある。
今までの旅の疲れをねぎらって料理を出すのだ。
しかし、そこで出された料理が問題であった。
「珍しい羊と馬の肉を手に入れられましてね」
そういってイカロスはなんとシャーフとプフェーアトの肉体を焼いて、肉料理として主人公たちに食べさせたのだ。
主人公たちは美味しい、美味しいと言って二人の肉を食べてしまう。
その後、もとは人間だったと知らされた主人公たちが吐いてしまうというのが原作の流れだ。
鬱展開ではなく、もはやグロ展開。
キメラとはいえ、人肉だ。
あまりのグロ描写にアニメの放送が止められたくらいだ。
これがシャーフ、プフェーアト姉妹の原作ストーリーである。
もちろん、この世界でそのようなことは起こらない。
なぜならアークがすでに運命を大きく変えたからだ。
シャーフもプフェーアトもキメラを討伐する側にいる。
こうしてアークはまたしても、無自覚に原作を変え、シャーフとプフェーアトを救っていたのであった。