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113. マギとマギサ

 魔物やキメラがバベルの塔敷地内で暴れ回っている。


 しかし、スルトにとってこの状況は想定の範囲内であった。


 これまで、スルトはアークとともに多くのことを経験してきたため、こういうことには慣れていた。


 慣れとは恐ろしいもので、バベルの塔で化け物たちが暴れようが「よくあること」だと認識していた。


 アークとともにいれば、何かしらの事件が起きる。


 それは敢えてアークが事件の起きるところに行っているからだ。


 当然、その事件を解決するのもアークである。


 スルトはそう考えていた。


 もちろん、すべて勘違いであり、アークの行動には特に意味はない。


 だが、スルトはそう思っていない。


 バベルの塔で魔物とキメラが暴れていようが、スルトは余裕をもって対処することができた。


 この一年で着実に力を付けてきた。


 炎の剣――レーヴァテインの扱いにも慣れてきた。


 さらにゴルゴン家のときにレーヴァテインの宝玉を手に入れたことで、レーヴァテインがパワーアップしていた。


「はっはー! 燃えつきろッ!」


 スルトがレーヴァテインを横薙ぎに振る。


 レーヴァテインから勢いよく炎が放出された。


「ぐあああぁぁぁ!」


 キメラが燃える。


 アークとの修行によって炎を放出することができるようになった。


 さらに宝玉の効果によって、炎の質も変化していた。


 燃え尽きない、ムスペルヘイムの炎を扱えるようになった。


 ただでさえ最強クラスの強さを誇るレーヴァテインの炎だ。


 それがさらにパワーアップし、自由自在に操れるようになったスルトは確実に力をつけていた。


 ちなみに、原作のスルトのほうがこの世界のスルトよりも強い。


 原作では、スルトはこの時点で3つのレーヴァテインの宝玉を手にしており、神級魔法が使えるようになっている。


 そしてバベルの塔の頂上に登る権利を得ていた。


 しかし、原作でのスルトは逃げることしかできなかった。


 原作では、仲間がほとんどいなかったからだ。


 だが、今のスルトは違う。


 仲間たちが大勢いる。


「化け物どもめ。消し炭にしてやろう」


 次々と化け物たちを奢っていくスルト。


 今のスルトがあるのもすべてアークが原作に介入したおかげである。


 原作では逃げることしかできなかったスルトだが、この世界では積極的に化け物たちを狩っていくのであった。


「はーっはは! 化け物どもめ、燃えつていけ!」


 若干戦闘狂みたいになっているのは、当然、アークの影響である。


 アークは主人公のキャラすらも変えてしまうほどの、原作改変力があるようだ。


◇ ◇ ◇


 スルト以外にも干支の面々やロスト、さらにはシャーリックも化け物たちに応戦していた。


 原作であれば大混乱が起きている状況だが、この世界では彼らの活躍もあり、混乱はそれほど大きなものではなかった。


 だが、ピンチであることに変わりはない。


 大量の化け物たちで溢れかえっている。


 イカロスが作り出したキメラは百体を超える。


 その一体一体がかなり強力な力を持っていた。


 そして、マギサはキメラ相手に苦戦していた。


 マギサも他の人物たち――もちろんアークを除くが――と同様に、ここ数年で成長していた。


 ただ現状を憂い、理想論だけを語る王女ではなくなっていた。


 いまこの世界で起きていることを以前よりも正しく把握していた。


 そして問題を解決するためには力が必要だということも理解していた。


 その力をつけるために第一王子と協力しあっていた。


 だが、それで彼女の本質が変わるわけではない。


 優しさ。


 それがマギサ・サクリ・オーディンの根本である。


 他者を想う気持ちであれば、マギサよりも強い者はそうはおるまい。


 原作でも最後まで他者のために動き続けてきた。


 そんなマギサは、まだ人を殺したことがない。


 必要であれば人を殺さないといけないことは理解している。


 だが、マギサは人を殺すだけの勇気がなかった。


 たとえ、それがキメラであっても。


 マギサは人間の顔をしたキメラを見て、戦うことができなくなってしまっていた。


 もとが人であるならば、たとえキメラの姿になっていようと人として認識してしまう。


 たとえ殺すことが最も救いになるとしても、殺すのを躊躇ってしまう。


 マギサにとって人殺しをすることに対しての忌避感を消えない。


 それをマギサは自身の弱さだと認識している。


 「……ッ」


 人形魔法で応戦する。


 だが、本気で殺すつもりがないせいで、大したダメージを与えることができない。


 そもそも、マギサはルインやアーク、ロストにバレットなどと比べて戦闘力はそこまで高くない。


 本気で戦ったところで勝てるかどうか怪しい。


 キメラに追い込まれていくマギサ。


「――――」


 物質操作魔法の応用、人形魔法(オート・マジック)


 術者の命令に忠実に動いてくれる人形。


 自身が作り出した魔法の産物。


「――パリンッ」


 キメラの爪によって人形が砕け散る。


 所詮、人形は物だ。


 だからといって人形が壊れていくことに心が傷まないわけでもない。


 人形の兵隊たちが一つまた一つと壊されていく。


 それでもキメラ相手に本気を出せないのは、もはやマギサの性だろう。


 心のどこかでマギサは考えていた。


 もしかしたら救えるのではないか? と。


 アークならもしかして……と。


 だが、そんなことは無理だろうことも理解している。


 キメラは既に街を襲うだけの化け物となっている。


 もはや人間の心は残っていないだろう。


 それなら人思いに殺してやるのが一番良い。


「ごめんなさい。名前も知らない誰かさん」


 マギサはそう呟いたあと、魔力を操作する。


人形創生魔法オート・マジック・クリエイション――いでよ、ソードマン」


 この短時間で一から人形を作り出すのは、さすがのマギサでも無理だ。


 しかし、すでにストックした人形を呼び出すことなら可能である。


 ソードマンはマギサが作り出した最強の戦士だ。


 50センチにも満たない体であるものの、大人が身体強化を使ったとき以上の身体能力を誇る。


 マギサが丹精込めて作った、剣を携えた人形だ。


 本来、彼女は戦闘用の人形など作りたくはなかった。


 戦闘する人形よりも友達の人形が欲しいからだ。


 しかし、マギサを味方してくれている者たちのことを考えると、戦う覚悟を決めなければいけなかった。


 仲間に助けられてばかりではいけなかった。


 マギサは強くなる必要があった。


 そういう経緯もあって作りだしたソードマンだが、ソードマンの顔はとある人物に似ている。


 アーク・ノーヤダーマだ。


 これはマギサの願望の表れでもある。


 マギサの魔法はイメージに依存する。


 彼女のイメージの中で、強い人というのはアークになる。


 頼りがいのある人というのもアークになる。


 守ってくれる人というのもアークになる。


 だから自然とソードマンはアークに似た容姿になっていた。


 ちなみに原作ではソードマンはスルトに似ていた。


 これはマギサのイメージが大きく影響を受けることを意味している。


 ちなみに、アークは剣を扱えない。


 剣の才能などないし、本人も剣を扱う気などなかった。


 だが、アークが剣を使えるか使えないかはこの際あまり関係ない。


 これはあくまでもマギサのイメージである。


 実際のアークが剣を使えなくとも、剣を扱える姿を想像できれば問題ない。


 そしてマギサは「アークなら剣を扱える」と信じている。


 その信じる心が重要であった。


 トンッと軽い音でソードマンがキメラに向かって飛んでいく。


「――――」


 小さく可愛らしい見た目とは裏腹に、とてつもないスピードだ。


 そして、ソードマンがキメラに斬りかかろうとした、そのときだ。


「――ぐしゃり」


 何かが潰れる音がマギサの耳に入った。


 キメラ(・・・・)が潰れる音だ。


 それはマギサが予想した音ではなかった。


 ソードマンの力では、キメラを押しつぶすことなどできない。


 そもそも、ソードマンはキメラに斬りかかっていた。


 ソードマンの攻撃でキメラが潰れるはずがない。


 では、なにが起きたのか?


 それはマギサの目には明らかだった。


「――黒ゴーレム」


 かつて、学園の演習でマギサを苦しめた黒ゴーレム。


 それと同じ黒ゴーレムがキメラを押しつぶしたのだ。


「……」


 のっぺりとした顔の黒ゴーレムが無言でマギサを見つめる。


 そして、2メートルを超える黒ゴーレムの肩には、一人の少女が乗っかっていた。


「はじめまして。マギサ・サクリ・オーディン」


 少女がふわりっと黒ゴーレムの肩から地面に着地する


「……っ。あなたは……」


 マギサは目を見開く。


 なぜなら、そこにいたのは自分と全く同じ容姿をした少女だったからだ。


「私は、マギサ・サクリ・オーディンと申します」


 マギサ・サクリ・オーディンと名のる少女は、ちょこんとスカートをつまみながら、優雅に自己紹介をするのであった。

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