109. ラスボス弱し
ふははははははは!
これはさすがに迫力があるな!
魔女マギサと英雄スルトの戦い。
さすがの大迫力だ!
オーディンよ、やるではないか!
どんどんと数を増やしていく魔女マギサを英雄スルトが薙ぎ払う姿は圧巻だった。
楽しそうだな!
オレも参戦したくてわくわくしてきた!
そうして戦いがようやく終わった。
英雄スルトが魔女マギサを討った。
そして、
「――覗き見は満足か?」
スルトがオレたちのほうを向いた。
なるほど。
ようやくロードムービーが終わりで、オレたちの出番ということか。
にしても、なんでラスボスがスルトなんだ?
てっきり魔女マギサと戦うもんだと思ってたぜ。
これはあれか?
実はラスボスはスルトでしたってオチか?
まあストーリー的に見れば、魔女マギサがラスボスってのも捻りがないもんな。
オーディンも頭を捻ってストーリー考えたということか。
その努力は認めよう!
オレからすれば、ラスボスは魔女マギサでも構わなかったんだがな。
なんにせよ、ようやくオレたちの出番が来たぜ!
「……なんで?」
マギが驚いたように声をあげる。
ほほう、なるほど。
マギはこういうストーリー展開に慣れていないようだ。
ふっ、まだまだだな。
「……まずいですね」
マギがオレにだけ聞こえるような声でつぶやく。
「ヘルが記憶の中まで入り込んできました。まさか、他人の記憶にも干渉できるなんて……」
言ってることがまったくわからんけど、マギがこの展開に驚いているだけは伝わってきた。
「想定内です」
「さすがアーク様です。ここまで想定していたいのですか」
当然だろ。
ラスボスが実は他のキャラクターでしたってオチは、前世でよく見かけた。
まったくの想定内だ。
「アーク・ノーヤダーマ……。ニブルヘイムの番犬か」
「どいつもこいつもオレを番犬呼ばわりか。不敬がすぎるぞ」
VRのキャラクターであろうと、オレを番犬呼ばわりするのは許せない。
「そうか。不敬か。それは失礼した。ところで、アーク・ノーヤダーマよ。私に下る気はないか?」
「貴様に下るだと? 下らんな」
誰かの下につくつもりはない。
「特別にお主にはナンバーズゼロの地位を用意してやろう。
どうだ? 破格の待遇であろう?」
「ふははははっ。それこそ下らん。オレはナンバリングするとは、何様のつもりだ?」
オレはオンリーワンであり、ナンバーワンだ。
勝手な尺度でオレを判断するなよ?
「噛みつくな、番犬」
「檻の中の貴様に、噛みつけるわけがないだろ?」
どうせ、こいつはVRのキャラクターだ。
ここから出ることはできん。
「もういい。言葉遊びは終わりだ。私に下らんならお主に用はない」
「なら戦うしかなかろう」
ふははははっ。
ようやく、戦いだ!
ラスボスとの最終決戦だ。
――ドドッ
英雄スルトが神速の動きで迫ってきた。
なるほど。
たしかに……速い。
目で追いきれるものではないな。
だが、
「対応できる」
オレはさっきの戦いを外から観戦していた。
スルトの動きはもう把握している。
スルトの動きを目で追うことはできない。
だが、オレには魔力の流れを読み才能がある!
オレは天才だからな!
「――――」
スルトの剣がオレに向かって振り下ろされる。
しかし……遅いな。
魔女マギサと戦った影響か、スルトの動きが鈍っている。
弱らした状態のラスボスと戦わせるなんて、ゲームとしても面白さをなくしてやがる。
ストーリー構成的に、魔女マギサとスルトの戦いは必須だったのかもしれない。
だが、ゲームの面白さはストーリー構成だけではない。
敵キャラの強さもゲームを面白くする要素としては重要だ。
「怠慢だな。オーディンも随分と生ぬるいゲームをやらせるものだ」
「……ッ」
オレはスルトの後ろに位置取りする。
スルトが体を回転させながら、剣を振ってきた。
だが、遅い。
すべて躱してみせる。
もしもこいつが万全の状態なら、もう少し良い勝負ができたかもしれない。
だからこそ、残念で仕方がならない。
オレは、スルトの腹に触れる。
「氷華」
スルトの腹から華が咲く。
透明な華だ。
「クッ、ハハッ。この体では、さすがにお主を倒せぬか」
「ああ、本当の貴様でないのが残念だ。
まがい物を倒したところ意味などないのだからな」
「ならば、次は本物の私が相手しよう」
「ははっ、それは楽しみだな」
スルトはそういって腹から華を咲かせたまま倒れていった。
ふっ、ラスボスとしてはあまりにあっけない終わりだったな。
まあだが、ゲームとしては十分楽しめたぜ?
◇ ◇ ◇
原作のスルトもヘルに乗っ取られた英雄スルトと対峙することになる。
記憶の世界に乗り込んできたヘルは、ヘルの分身とも言えるものだった。
本来のヘルと比べれば、1つも2つも格が落ちる。
しかし、それでも脅威であることに変わりはなかった。
スルトはかろうじて、ヘルを打ち倒すことに成功するものの、マギが殺されてしまう。
現代に戻ってきた彼らだが、スルトはマギが動かないことに気づく。
この記憶の世界は、現実ともリンクしており、ここでの死は現実の死に直結したのだ。
スルトはまた大事な人を失ってことで慟哭する。
さらに現実に戻ったスルトには、さらなる地獄が待ち受けていることになるのだ。
どこまでも主人公を追い詰めるのが、原作の流れである。
ちなみに、オーディンへの願いには、願いと同じ分だけの犠牲を伴う。
原作でのマギは記憶を求めた。
その結果、記憶を得ることができたが存在を消されてしまう。
ヘルの登場をオーディンが狙っていたかどうかは原作では描かれていないものの、結果としてマギに不幸が降りかかるのだ。
そもそもなぜ犠牲が必要になるのか?
それはオーディンの信念に基づく。
オーディンは常に、何かを得るためには何かの犠牲を払ってきた。
たとえば知恵を身につけるために片目を犠牲にした。
たとえば魔法を得るためにグングニルの槍で体を串刺しにした。
そうして願望を叶えるために、あらゆるものを犠牲にしてきた。
そういうわけもあり、オーディンへの願いには犠牲が伴うのだ。
本来の原作であれば、しっかりと主人公たちにも絶望が降りかかることになる。
しかし、この世界にはなんといってもアークがいる。
アークは原作クラッシャーであり、既にアークの介入のせいで原作が崩壊している。
そんなアークが、またしても原作の流れをぶち壊した……だけでなく、オーディンの信念すらぶち壊したのである。
結果として、マギは死なずに現実世界に戻ることができた。
こうして原作を壊し続けるアークは、今後どこまで原作を壊していくのだろうか?
それは神すらもわからないことであった。